第110話 さすやな

 セミナーハウスの食堂へ向かいながら、私は午前中に起きたことを反省してた。

 原因は聖弥くんではあるけども、パーティーリーダーなのに行動確認をしっかりしなかった私のミスだ……。


 聖弥くんとダンジョン行ったのは大涌谷だけだけども、普段が腹黒いくらいしっかりしてるから、油断してた。

 冒険者歴が私たちより浅く、専門教育も受け始めてから間もない。知識も心構えも足りない、それに気づけなかった。ついつい、他のクラスメイトを基準にしちゃってるんだよね。

 蓮はビビりだから、割と心構えは過剰な方だ。それも悪く働いた。


「はー、午後はちゃんと口に出して全部確認取らないとねー」

「ヨシ! って?」


 手を洗って合流してきたかれんちゃんが、フラグにしか思えないセリフとポーズをとる。それはやめて……。


「なんかあったの?」

「まあちょっとねー」


 今は詳しく説明する気になれない……と若干しょんぼりしつつ食堂に入ったら、中から歓声が聞こえてきた。


「やったー、牛丼だー!」

「これはラッキー」

「去年は3日目だったもんね」


 牛丼? そんなに先輩たちが沸くほど美味しいんだろうか。

 テーブルにはザルに入った生卵が置いてあって、「掛けたい奴は好きに掛けろ」という事らしい。

 列に並んでトレイの上に牛丼とサラダを受け取って、朝と同じテーブルに着く。


 全員揃ってから「いただきます」なんだけど、「牛丼だぞー! 早くしろー!」って声まで掛かって、速やかに列が形成されて、どんどん席に着いていく。なんだこれは。


「噂の牛丼……」

「先輩がこんなに気合い入れるほど美味しいのか」

「うまそー」


 丼の白いご飯の上に乗ってるのは、ちょっとお店のより色が濃いめの煮込んだ牛肉とタマネギだ。汁は少なめ……に感じるけど。


「1年生ー! アレルギーない奴は絶対卵も掛けろよ!」


 そんな注意まで飛んでくる。……凄すぎない? 先輩の牛丼への気合い。

 さすがに私たちもざわついてたら、先生たちが凄いスピードで滑り込んできて、3年生の担任の先生が声を張り上げた。


「冷める前に食べるぞー! いただきます!」

「いただきます!!」


 うわっ、2年生と3年生、声がぴったり揃ってる! 昨日の夕食でも今朝の朝食でもこんなことなかったのに!


 卵掛けろと言われたから、ザルから卵をひとつ取って、牛丼の真ん中をちょっとへこませてそこに卵を割り入れる。小鉢みたいなものはなかったので、丼の中で直接卵を崩してお肉と絡めてから、ご飯も一緒に口に――ファッ!?


「おいしー!?」

「美味しい!!」

「なにこれー」

「んまー!? なにこれ、今まで食べた中で一番美味しい!」


 私の周りからも次々に上がる驚きの声!


 味が濃いめなんだけど、甘みが強いわけではなく、くどくなくてペロッといけちゃう! しかも、かなり煮込んでるらしいお肉がご飯と同じくらいの固さで、噛むとお肉が溶けていく。

 牛丼って言うか、これはもはやすき焼き丼!? みたいな味だよ。


「美味しっ! やばー、お替わりあるかな? 早いもん勝ち?」


 お肉に厳しいあいちゃんまでもがそわそわする牛丼! チェーン店のとは全然味が違う。

 隣のテーブルの中森くんなんか、丼で顔が隠れる勢いでかっ込んでるよ。


 これが、セミナーハウス名物の牛丼か。美味しい、美味しいよー!


「牛丼に卵掛けて食べるの初めてなんだけど、美味しいねー」


 寧々ちゃんも卵掛け牛丼にハマったみたいで、いつもとは全然違うスピードで食べてる。


「ハイハイ、お替わりあるよー! ひとり1回、大盛り、並、小盛りって指定してねー!」


 調理のおばさんが声を張り上げたので、1年生は歓声を上げた。既に上級生の中では1杯目を食べ終わってお替わりに行く人すらいる。早いよ!



 結局――大盛りでお替わりしてしまった……。というか、クラス全員お替わりしてた。とんでもねえ。


「牛丼偉大……悩みが吹っ飛んだ」


 お腹いっぱいすぎると動きが鈍るとか、そんなこと言ってられるかー! って味だったよ。もう、一口ごとに幸せなんだもん。肉と生卵のハーモニーは正義だね。

 夏休みの間にパパとママも連れてきたいな。絶対ママに食べて貰って再現して欲しい。あー、でも毎日じゃないんだよね。先輩たちも去年は3日目だったって言ってるし。


「牛丼って何日に1回出るんですか?」


 うちとかれんちゃんの班が皿洗い当番だったので、食堂のおばさんに訊いてみた。訊かずにいられないよ!


「お昼はカレーと牛丼が交互なんだよ。美味しかったでしょー。カレーより牛丼の方が圧倒的に人気があってね」

「すっごい美味しかったです! うちの母にも食べさせたいと思って! じゃあ、2泊すれば確実に食べられるんですね」


 やったぜーとウッキウキになってたら、丼を洗いながらかれんちゃんが半目になって呟いた。


「確か一般だと1泊4500円だよね……」

「お昼足すと5000円だよ」

「宿泊施設としては安いかもしれないけど、周りに観光するような場所何もないのに」


 口々に水を差すクラスメイトたち! そんな! さっきあんなに盛り上がりながら一緒に牛丼食べたじゃない!?


「さすやな……」


 虚無顔で柴田さんがぼそっと言った。

 そんな「さすが柳川」を略されても……。