第108話 乙女の怒り(物理)

「確認です。囲んでボコれ。離れすぎない。以上!」


 ダンジョン1層で私たちは最後の確認をした。装備の点検、ウォーミングアップ、そして戦闘のやり方ね。


 須藤くんはショートソードそのまま。寧々ちゃんは刀。

 大体の人は真剣を持つと「思ったより重い」って驚くんだけど、寧々ちゃんは驚かなかった。これ、さては持ったことがあるな。家にあることは確定だし。


 なんかね、日本刀はあんなに細くてすらっとしてるように見えて、打刀だと重さも1キロくらいしかないくせに、重いんだよね。多分重心の関係なんだろうけど。

 学校で扱う刀は、現代工業的に生産した数打物。強度も切れ味も必要としないからね。


 その上、剣道から移行した人も割とそのまま使えるような、反りの少ないものだ。私が突きを学校の授業でよく使うのもそのせい。


「寧々ちゃんちの刀ってどんなの?」


 太刀と打刀では戦い方が変わるからさ……打刀でも形状で少し変わるし。それが心配になって寧々ちゃんにそれとなく尋ねてみると、うちのママが羨ましがりそうな答えが返ってきた。


「うちはね、何振りかあるの。お父さんが使ってるのは打刀で、確か江戸時代のだって言ってたよ。それと脇差と、打刀もう一振りと、小太刀。あと薙刀もあるけど」

「小太刀! へえー!」


 小太刀ってのは、脇差と同じくらいの長さだけど、形が太刀と同じもの。長さが短いけど湾曲してる。遭遇率は低いね。


「使うなら打刀かなあ。学校のと形も近いし練習しやすいし」

「寧々ちゃん現実的ィ……」

「うん。武器にロマン感じてないから。美術品として見るときはまた別だけど」


 うんうんと頷くあいちゃんと須藤くん。クラフトなのに武器にロマン感じてないの!? びっくりだよ! 金沢さんなんか武器好きが高じて武器クラフトしてるみたいな人なのに!


 とりあえず私たちは4層を目指すことにした。装備がちゃんとしてれば3層までのモンスはソロでも狩れるから、数が多くなる4層の方が効率いいとの判断ね。

 まして私や聖弥くんというそれなりにLV上がってる人もいるから、寧々ちゃんと須藤くんがいても余裕で進める――と思ったんだけども。


 なんか、進みが悪いんだよね。

 進路上の敵だけ倒すようにしてるんだけど、妙に進まないの。


「ちょっと、いい加減にしてよ、由井聖弥!」


 さらっと注意しておこうかなと思ってたら、先にあいちゃんがブチ切れた。


「えっ?」


 ゴブリンの攻撃を盾で防ぎ、危なげなくバスタードソードで倒した聖弥くんが、怒られたことに困惑している。


 なんかねえ、私は聖弥くんの勇者ステータスの謎がちょっとだけ解けた気がしたよ。

 何に対しても真面目に丁寧すぎるんだわ、この人。


 今いるモンスターなんて、私や聖弥くん、そしてあいちゃんから見たらザコモンスなんだわ。防御なんてしないで攻撃力だけで殴って勝てる相手。

 それを聖弥くんは、いちいち向こうの攻撃を盾で受け止めてから殴ってるんだよね。そりゃあ、進みも遅くなるしあいちゃんもブチ切れる。


「そんなでかい盾をここら辺のモンスに使う必要ない! 勢いよく接近されたらそのままお腹ブッ刺せばいいでしょ! だいたい、この人数で死角なんて出ないの!」


 ……あいちゃんの言う通りなんだよなあ。聖弥くんの盾、このダンジョンの敵相手では死んでるんだよ。プリトウェンだったらステータス補正の方に意味があるから持っててもいいんだけど。


 まさかの勇者聖弥くん、足手まとい……。

 多分、単純に経験が足りないだけだと思うんだけどね。


「そうなんだ? 学校の実習だから、いつも通りに習熟度を上げるべきかなと思ったんだけど」

「聖弥くん、盾の練習のつもりだったのかー」


 それなら納得だ。カイトシールドとタワーシールドという形状の違いこそあれ、でっかい盾+片手半剣の組み合わせは取り扱いが難しい。

 私は聖弥くんがなんでいちいちモンスの相手してるかの理由がわかって納得したんだけど、あいちゃんの怒りポイントはそこじゃなかった。


「ふっざけんな! ダンジョンなんだよ! 初級ダンジョンでも死人出るの! 習熟度上げとかぬるいこと言ってたら周りも危険にさらすかもしれないんだから!」


 パァン! と痛そうな音が響き渡る。

 ショートソード放り出したあいちゃんが、聖弥くんの頬に思いっきり平手打ちをかましたー!!


「あいちゃん! その人アイドルだから顔はやめてあげて!?」

「ゆーちゃんもぬるい! ダンジョンのモンスはアイドルだからなんて忖度してくれない! こいつ、ゆーちゃんに守られすぎててダンジョンに対する危機感が薄すぎる!」

「うぐっ……確かに守りすぎかもしれないけど……でも聖弥くんシーサーペントに大怪我負わされて入院してたこともあるし」

「むしろそんな経験があるくせに、なんでそんなに悠長にしてられんの!? 意味わかんない!」


 平手打ちされた頬を押さえて聖弥くんはポカンとしていて、寧々ちゃんと須藤くんは「まあまあ」「落ち着いて、ここで死ぬわけじゃないから」とあいちゃんをなだめている。


 いやまさか、4層に行く前に仲間内で修羅場になるとは……。

 しかし、今回はあいちゃんが圧倒的に正しいんだよなアアアアアア。