第101話 合宿へ出発だ

 朝散歩でヤマトとたっぷり遊んで、合宿に出発する前にヤマトをぎゅうぎゅう抱きしめて、「ヤマトぉー、2泊3日出かけてくるね、私のこと忘れないでね」って言ったら、わかってるのかわかってないのかベロンベロンに舐められました。

 もう一回顔洗わなきゃ。犬は多分忘れないよね。


 サツキたち猫兄弟は、拾ったばかりの頃に私の小学校の修学旅行があって、帰ってきたらカンタにやんのかステップされたんだよね……。一番ビビりだからかもしれないけど、1泊で忘れられたのはショックだった。


 荷物はそれなりにあるけど、基本的に合宿中はジャージだ。ダンジョンに潜るときは初心者の服ね。

 パジャマとかお菓子とか諸々の荷物は、全部アイテムバッグに入れていく。

 ママに「えー、買い物に使えないー、置いてって」と言われたけど、私がいないときまでエコバッグ代わりにしないで欲しい!


 下はジャージ、上はTシャツという格好で学校に着くと、路線バスでお馴染み相模中サガチユウの観光バス2台が来ていた。そして校庭には冒険者科の1年生の他に、2・3年生もたくさん。


 ちらっと聞いた話なんだけど、テイマーの人はテイムが済んじゃえばあんまりこういう強化合宿系のことには参加しないらしい。冒険者になるのでない限り、それ以上のLV上げもいらないし。

 でも腕に余程自信がある戦闘専攻以外は、参加率が高いのだとか。特にクラフトはLV上げが大事だから、クラスの人と組んでダンジョンに潜れる高校のうちに上げまくろうとするらしい。


「おはよう、ゆずっち。今日から2泊3日、おはようからおやすみまで一緒だねー。これはもう実質新婚旅行なのでは?」

「中学の時にも同じ事を言われたのを、今思い出した」


 出会い頭に抱きついてくる彩花ちゃんを受け止めつつ、あーはいはいって感じに流す。彩花ちゃんはパーティー決めの時に私と同じくA指定をされちゃったから、同じパーティーになれなかったんだよね。

 それで大荒れしてさあ……やっぱりあの時ガチ勝負受けなきゃよかったって半泣きになってたから、往復のバスで隣に座ることを約束してやっと機嫌直ったんだよ。


 女子同士のベタベタを見慣れてるうちのクラスに元々いた連中はともかく、蓮と聖弥くんがドン引きしてたな……。

 部屋割りも、女子は10人しかいないから5人ずつで、私とあいちゃん、かれんちゃん、彩花ちゃんに寧々ちゃんで5人。本当に「おはようからおやすみまで、ダンジョン以外は一緒」なのだ。

 あいちゃんと寧々ちゃんなんて、ダンジョンでも一緒だよ。ある意味凄いね。


「あ、ゆ~かだ」

「SE-RENがいる!? えっ? うちの生徒だったっけ?」


 上級生の中で、SE-RENに気づいて声を上げてる人がいる。今までは縦割りで行動することがなかったから、気づかれなかったんだなあ。


「よし、行こう」

「うん」

「お?」


 私が一言言うと、聖弥くんは察したらしくてすぐに上級生のところに向かい始める。意図が汲めていない蓮の手を引っ張ると、足をもつれさせながら蓮は付いてきた。


「せんぱーい、おはようございまーす。配信見てくれたんですか? ありがとうございます!」

「見てるよー。ヤマトは一緒じゃないの?」


 私と同じく、長めの髪をポニーテールにした3年生だ。わーって胸の前で手を振ると同じ事を返してくれてノリがいいな。


「私はテイマーだから連れて行っていいかって聞いたんですけど、連れて行くと実習にならなくなるって言われて泣く泣くおいてきました」

「そうなんだー! 生ヤマト見てみたかったなー。うちも柴犬飼っててさー。可愛いよねー、うちのはもっと渋い性格してるんだけど」

「彩花ちゃん! 席チェンジ!! 私この先輩ともっと話したい!」

「ゆずっちぃー!? どういうこと!?」


 彩花ちゃんが凄い勢いですっ飛んで来た。そして、私に後ろから抱きついて先輩に向かって威嚇してる。なんだい君は、野生動物か。


「あ、そうそう。SE-RENのふたりです。この前転校してきました。入学してからうちのクラスふたりやめちゃってて欠員があったので」

「よろしくお願いしまーす。できればSNSとかにはバラさないでください。そのうちバレると思うけど」


 聖弥くんがにこやかにお辞儀した。蓮もつられて頭を下げる。

 うん、今はクラスだけで行動してるけど、この後文化祭とか体育祭とかあったら、否応なしにバレるんだよ。でもそれまでは少し平穏にしてたいって思ってる。


「あっ! 腹黒王子だ!」

「フレンドリーファイアー蓮もいるぞ!」


 他の上級生にもふたりのことがバッチリ知られてしまい、ちょっとした人だかりができる。てか、呼び方ァ!


「フレンドリーファイアー蓮……」

「腹黒王子……そう呼ばれてるんだ」


 一歩間違えば少年漫画のタイトルみたいなあだ名を付けられてしまった蓮はがっくりと落ち込み、正しいことを言われた聖弥くんはそれはそれで落ち込んでいる。


「フレンドリーファイアーは言い訳しようもないけど、聖弥くんは何事もなければただの王子ですよ。企みがちなだけで」

「ただの王子ってだけで既におかしいんだよ」


 誰かがぼそっと呟いたことに、周囲で笑いが起こる。うん、なんか見てると、上級生も仲がよさそう。


「私、五十嵐いがらし美鈴みれい。クラフト専攻の3年だよ。夏休み明けは体育祭とかもあるから、仲良くしようね。冒険者科チームで優勝取るぞ!」

「おー! 五十嵐先輩、じゃあまた後で! 犬の話聞かせてください」


 バスでおしゃべりできないのはちょっと残念だけど、合宿中はいろいろ会う機会もあるだろうし。

 ちょうど先生が集合の号令を掛けたので、私たちは1年生の集団に戻る。


「やっぱさー、縦の繋がり大事じゃん? 先に釘を刺しておけば蓮と聖弥くんのこともある程度かばって貰えるし」

「体育祭縦割りは分かるけど、冒険者科有利すぎじゃないのかな」


 聖弥くんが気になるところはそこか。確かに、文化祭はともかく――文化祭もクラフトが本気出したら凄いことになりそうだけど――体育祭は冒険者科がぶっちぎり有利だよね。どうなってるんだろう。


 そんなことを考えてるうちに、点呼が終わってバスへの乗車が始まった。

 他の人は修学旅行で使うような大きいバッグ持ってきてるのに、私はアイテムバッグひとつだったので先生が微妙な顔をして「まあ……いいか。違反じゃないし」と呟いていた。


 バスに乗って早々、周りが静かになっていく。最初は喋ってたけど、彩花ちゃんも私の肩に頭を載っけて寝てしまった。

 みんな、普段からいろいろやってるから、疲れてるんだよねえ。

 休めるときには休む。眠れるときには寝る。これ、冒険者の常識。


 ……あ、私も眠くなってきた。車の揺れって眠くなるよね……。