ママの車で蓮くんを迎えに行き、なんか妙に荷物多いのでビビってる私です。
「なんでそんなに荷物あるの?」
「メイク道具だよ」
あっさりと蓮くんが答えたけど、私は思いっきり顔を覆ってしまった。
そっかー! あいちゃんが呼ばれてるってそういうことかー!
アイドルは、男子といえどもお化粧するんですねー!
「蓮くん、自前のメイク道具持ってるの!? メイクなんてできんの!?」
「ちなみにおまえはできないんだろ? 俺は一応できる! 動画見て凄え研究してるし」
うわ、謎のマウントを取られましたわ。しかもこっちのことも見抜かれてるよ。
「男子のメイク動画!?」
「あるぞ! 俳優がやってるチャンネルとかで。アイテムは特別男性用とかなくても、やるのとやらないのとでは変わるからな」
「あー、あるある、男子のメイク動画。私も『ぼくたち広場』とかで見たわ」
「やっぱり果穂さんは知ってたか……そうです、『ぼく広』で見ました」
私を置いてけぼりにした会話が続く。「ようくん可愛いわよねー。女装の天才」とか「あれくらい売れたい」とか。
ママと蓮くんふたりでしゃべってるように見えるけど、話題の方向性は若干ずれてる。
察するに、「ぼく広」ってのは2.5次元の舞台にも出てる俳優さんたちが複数でやってるバラエティチャンネルみたいなものらしい。途中で聞いた名前が聞き覚えあるかなと思ったんだけど、多分ママの4推しくらいの人だったかな。
蓮くん、研究してるんだなあ。
私から与えられたトレーニング課題をこなし、ママから課されたレッスンもこなし、俳優になる夢を叶えるためにアイドル活動もやり……あれ? メイクどこで必要なの?
「メイクって、メイクさんがやってくれるんじゃないの? 舞台とかだと」
「甘いな、自分でやるケースも多いんだ。まして今回みたいな全部こっち持ち出しの企画だと、そこまで予算回せないこともあるし。だから、メイク技術は身につけておくに越したことはないんだよ」
「ほー」
「おまえだって前、コラボ配信でメイク……ああ、アイリがメイクもしてくれたのか」
「あれ見てたの? そうそう、あいちゃんがやってくれたから。今日あいちゃんも来るよ。衣装デザインあいちゃんだし、メイクも一通り任せられるからママが呼んだみたいなんだけど」
「そーなのー。私自分の顔にはメイクできるけど、人にメイクしたことなくって。
愛莉ちゃんだったら人にメイクするのはそこら辺の大人より慣れてるから。一応ライブ出演用のメイク道具は持ってきたんだけどね。
ステージ上と自然光だと光の加減も変わるし……ダンジョンのアレを自然光って呼んでいいのかは謎だけど、見た感じでは自然光っぽいのよね」
ママもいろいろ考えておるなあー。
あれ? もしかして、私が一番何も考えてないんじゃない!?
「……私が一番何も考えてない気がしてきました。なぁぜなぁぜ?」
「実際ユズが一番何も考えてないんじゃない? 今回は企画に関してはほとんど私がやってるし、蓮くんもMV作るってなってから、告知鬼のように打ってるわよね」
「気づいてくれてる人がいた!」
おっと! 私それも気づいてなかった! てか、蓮くんのX‘sアカウントをそもそもフォローしてなかったことに今気づきました!
言い訳をひとつさせていただくと、私普段X‘sあんまりやってないんだよね!
「えーと、いろいろすみません」
「いや、別に。ゆ~かに元々プロデューサー的なことは期待してないし、俺が知らない冒険者としての知識を教わったり、特訓メニュー考えてくれたりしただけでも十分だよ」
私がぺこんと頭を下げたら、蓮くんが……珍しく優しい!?
「蓮くんが優しい! どうしよう、予定外ボス湧きとかのフラグ!?」
「おっまえさー! この付き合いももうすぐ終わりだなーと思っていろいろ寛容になってる俺に対して酷すぎじゃね!?」
「あっ、そういうことかー。じゃあ、この付き合いももうすぐ終わるから、私は全力で歌とダンス頑張るね!」
「そうそう、ユズは考えることにはあんまり向いてないもんね。SE-REN(仮)のアイドル方面でのプロデュースはママに任せておきなさい。ユズと蓮くんは、MVを完成させることに今は全力を尽くせばいいわ。
ふたりだけで全部できるとか、そういうことは思わない方がいいのよ。周りにスキルがあって任せられる人間がいたらどんどん引きずり込みなさい。愛莉ちゃんだって、自分が衣装デザインしてメイクも担当して、SE-REN(仮)のMVが話題になったらメリットがあるから引き受けてくれてるのよ」
「アイリって、そういうタイプなのか……」
「うん、白猫被ってて利に聡い、視聴者さんには可愛く見せてるけど素はおっさん的な」
そういえば蓮くんはあいちゃんとまだ直接会ったことはなかったんだよね。動画見ただけならあの本性はわかるまい。
私とかれんちゃんと彩花ちゃんとあいりちゃん、同じ中学から友達同士で北峰に進学した4人の中で、一番凶暴なのはあいちゃんだよ。足が長いからってすぐ蹴り入れてくるし、スケッチブックで殴ってくるし。
多分、周りの私たちが割と強いから、「このくらいやっても平気」って思ってるんだろうけどね。
そして、そのあいちゃんですが――。
「なんで【初心者の服】着てるの?」
サザンビーチダンジョンの駐車場で、出口のところに芋ジャーの人が立ってると思ったらあいちゃんだった!
しかも、いつもと全然違う! すっぴんなのは仕方ないとしても髪の毛は低めツインテだし、眼鏡も掛けてるし!
「いや、だって、仮にもダンジョン最下層まで走破するんでしょ? これ以外着てくるわけなくない? ダンジョンで戦ってるときとか絶対撮影拒否だよ、私は。
むしろゆーちゃんママどうするの?」
「私はトレーニングウェアに着替えてから行くわよ。ユズと蓮くんも最初の衣装に着替えて、それから走って行く予定。そうしないとステータス補正が全員に付けられないからね」
あ、ママも着替えるのか。そりゃそうか。
あいちゃんすっぴんだと顔出しNGなんだよね……。
モデルやってるしやっぱり芋ジャー姿は見せられないか。
いやー、大変だな、顔で売ってる人たちは!