「肩反らして胸張って、アップ、アップ! 次ダウン! メリハリ付けて! ヒップホップの基本の動きとステップしか入ってないわよ、しっかり! そう、ダウンの時に左肩グッと下げる! さっきよりよくなってきたわよー! ユズ、蓮くんの後ろでこっそり高難易度ステップ入れるのやめなさい! 蓮くんが可哀想に見えるでしょ!」
「可哀想に見えるのか、俺……」
一通り踊り終えた後、蓮くんは崩れ落ちた。
蓮くんのダンスを録画した物を見てチェックするママ。表情が、ガチです。この分析モードに入ったママは止められません。
「うーん、またステップの入りで足間違えてるのよね。これは徹底的に練習して体で憶えるしかないわね。蓮くんは利き足が右なのね、踏み込むときに右から入る癖が付いちゃってるのよね、多分」
ああ、膝を抱えて落ち込んでるアイドルが一名……。
「ここの足の入りは何回か気を付けて練習すれば、まあすぐに直ると思う。その後はMVでアップになってるシーン……」
うわ、すっごい真面目な顔で何回もそこのところ再生してる!
怖い、こっちまで怖くなるよー! ――と思ってたら、ママは突然ふにゃふにゃとデレた顔になった。
「なんでこんなにここだけ上手いの? 何この手つき! 視線の動かし方も! 最高タイミングの瞬き! うっはー、ご飯3杯行けるわ! 優! え、これどういうこと? この瞬きちゃんと計算してやったの? 自分にカメラ向いてアップになってるって自覚あるのよね?
蓮くん! あなた15歳でしょ!? その色気はどこで身につけたの!? まさか既に女を転がしまくってるの!? ちょっとおばさん10年後のあなたが心配かつ激烈楽しみよ!! 前にも言ったけど推せる! 今日から課金する! ユズのお金使ってファンクラブ作ろ? 0001は私のものだからね!?」
うおぅ! 突然のマシンガントーク来た! ママは一体何を見たの!? 私踊ってたから蓮くんの顔までは見てないんだけど。
「あのね、蓮くん、ママは若俳沼の住人だから……」
「色気出てますか!? やったー!! 特訓の成果が出たー!」
今まで膝を抱えてたのに、天高く拳を突き上げるセクシーがどこかへ飛んでいった15歳。
どういうことなのかな。色気って特訓出来るの?
「今ウケてるものの配信とか見まくって、セクシーって言われたりウケたりしてる人の目つきや手の滑らかさを真似できるように研究して特訓したんですよ! 斜め下に向けたアンニュイな目つきとか、薄い笑いとか、唇に置いた指の動かし方とか!」
「偉いっ! 努力を惜しまない姿勢、それを自分のものにする素質、本当にすっごい推せるわ! ユズには色気は一切期待出来ない分、対比が出て凄くいい物になるわよ!!」
ママの鼻息超荒ーい……。それで、私に色気は一切期待出来ない、とは。これでもJK配信者として一応ウケてるんですけども。
まあ、見てる人の半分以上がセクシーな服装より芋ジャージを求めてるのは間違いないんだけど。
「アップの部分、私何すればいい?」
SE-RENのMVではそれぞれのアップシーンがあったんだけど、蓮くんは
でもねえ、私が笑うと「にぱっ!」になっちゃうんだよね。激しくMVのイメージが損なわれると思われる。
「ユズも真顔の方がいいわね。あんたの笑顔は『にぱっ』だから。曲調と合わないのよねー」
うう、ママにも同じこと言われた。振りだけ一緒で真顔か……それで行けるのかな。
「これ聖弥くんパートのアップね。ちょっと真似してみて」
ママが動画を見せてくるので、聖弥さんの動きだけ頭に入れる。
笑顔で画面の向こうに手を差し伸べるようなシーンだけど、これを私が真顔でやると……。
「音出すわよー」
聖弥さんのアップシーンのちょっと前から動画を流して、ママが私を映し始める。
真顔で、と意識しながら、ちょっと目に力を入れてキリッとレンズを見据える。そして、聖弥さんの動きを完全に真似してカメラに向かって手を差し伸べた。
「蓮くん、これをどう思う?」
ママは録画したものを私に見せずに蓮くんに見せてた。なんで!
「……よく言えば凜々しいというか。画面の向こうに親の敵でもいるみたいな」
「ユズ、そういうこと! 顔が力みすぎ。手の動きは良かったわ」
「ちょっと、私にも見せてよ! どうだったのか自分で確認しないと直しようがない」
ママの横から無理矢理覗き込んだら、確かにそこに映ってたのはガン飛ばしてる私でした。あちゃー!
「いや、でも、おまえ普段割とカメラの向こうに対して愛想がいいから、ギャップはあっていい気もする。多分」
「あーっ! ママに褒められたからって上から目線でフォローしなくてもいいですー!
ここさ、バックを暗転させるでしょ? だったら私はアクション入れた方が差別化出来るんじゃない?」
「そうね、ユズの売りはどっちかというと陰のない笑顔よね。じゃあここはアップじゃなくて引きでアクション入れましょ。何やりたい?」
「太刀抜刀!」
「Magical Huesで太刀抜刀……おまえは何がしたいんだ」
「いや、だから、ここはお互い売りにしてる物をアピールした方がいいんじゃない? 蓮くんは練習してきたセクシーを披露すればいいじゃん。私は身体能力が売りだから、ハンドスプリングとかバク転入れればいいじゃん? それと太刀抜刀と回し蹴り」
「ハンド……? なんて?」
「ハンドスプリング、前方倒立回転。見てて」
私は部屋の端まで下がって、軽く勢いを付けて全身を伸ばしたままで倒立回転をして見せた。これはね、綺麗に見せられてる自信あるんだ。すっごい練習したから。
「どう?」
「わけわからん」
蓮くんの顔を見たら、スペキャ顔だったわ……。自分に理解出来ない物を見ましたっていうのがよく現れてるなあ。
「ていうか、売りが身体能力? 確かにスタミナとか凄えって思ってたけど、ゆ~かはコケるのが売りだと思ってた……」
「あっ! もう手伝わない! SE-REN(仮)は解散します!」
「すみませんゆ~か様! あとちょっと手伝ってください!!」
くっ! 蓮くん滑らかな土下座を習得しおって!
「んもー! ヤマトのリード外してからはコケてないもん!」
「そういえばそうか……その身体能力はステータスの恩恵なのか?」
「違うよー。小さい頃からやりたいって言った物は片っ端からやらせて貰えたからだね。一部は『やれ』って言われた物もあるけど。
えーと、赤ちゃんの時から水泳で、幼稚園からトランポリンとヒップホップダンスでしょ、それ続けながら小学校入ったら新体操。あとバレエ……はちょっとでやめちゃったけど、ボルダリングも楽しそうだからたまにやったし、走り方教室にも行ったし、小学校はソフトボールクラブで中学は体操部。回し蹴りはママから教わったのと、学校の素手格闘で」
「……もういいや、とりあえず常人の生き方をしてないことだけはわかった。どうあがいても俺が辿り着ける境地じゃない」
蓮くんが表情の抜け落ちた顔でスン……となって呟いた。
あ、なんか悟りを開いたみたいな感じになってるな。
「高校に入るときに全部やめたけど、アクロバティックなことは得意だよ!」
「果穂さん……柳川家の教育方針って一体?」
そこでなんでママの方に聞くのかなあ!
「柳川家の教育方針は、『健康第一、体力があればなんとかなる!』よ。水泳はできないと命に関わるから真っ先にやらせたでしょ? ついでに体力も付くしね。後は好きなことはやらせる方向で、本人のスタミナと興味が続く限りは片っ端からやらせたわ。意外に全部長続きしたのよねー。バレエ以外は」
「うん、バレエ以外は」
バレエはね、あいちゃんがやってたからやってみたんだけど、新体操とはまた違う動きの滑らかさとか芸術性が私には合わなかったんだよね……。