ミモモを自室のベッドに寝かせ、ももこは外出の準備をした。
蔓延してしまった病気が自分のせいだと聞かされ、そしてそれをどうにかできると言われたのだ。
迷うことはない。
邪神教のみんなを救うため、ももこは屋敷の外に出ることを決意したのだ。
ももこは普段着として、転生初日に貰った邪神Tシャツを着ていた。
可愛いピンク色のドレスなども用意されていたが、生活する上ではTシャツが過ごしやすかったのだ。
しかし大僧正から欲しい服はないかとしつこく聞かれ、自分の好みを伝えて用意してもらっていた服があった。
ももこは邪神Tシャツを脱ぎ、その服に袖を通していた。
「アレス……後ろを向いていなさい。殴られたいのかしら?」
「……ん……あ? ああ!? い、いや、すまないっ! ボーっとしていたっ! そ、そうか、これが魅了の力なのか……」
「へぇ……魅了されたの……?」
「あ、あかんよ二人とも? 喧嘩はやめてやぁ?」
「ももこ……あなた本当に邪神なの? まぁ、私としてはそのほうがやり易いんだけどさ……」
丈の短い薄桃色のワンピースは、肩部分が大きくあいた長袖のもので、子供っぽすぎず、それでもやはり可愛い服である。
下は動きやすく半ズボンで、紺色のハイソックスを履いている。
この世界にはスニーカーは存在しない。
靴は革製で、可愛らしく蔓の模様が刺繍されている。
そしてももこがどうしても欲しいと珍しくおねだりしたのが、肩から下げるポーチであった。
本当はハートやリボンが付いたものが良かったのだが、これも革製で靴とおそろいの蔓の模様が刺繍されていた。
ももこの趣味ではなかったがこれも可愛らしいもので、試着した際、息を呑んだ大僧正の呼吸がそのまましばらく停止してしまったほどであった。
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「あ……あんな……出て行く前に……ヒラメちゃんのところ……行ってもええかな?」
「ヒラメ……? 誰のことよ?」
「ももこ、申し訳ないが寄り道はできないぞ?」
「ううん、このお屋敷の二階におるから……ミモモおばあちゃんが、ヒラメちゃんも病気になってしもてるって言うとったし……ウチ心配で……」
アレスとサーシャは先程のももことミモモの会話を思い出した。
「ああ……大僧正のことか。邪神教のトップの……」
「あれでしょう、アレスと熱いキスをしたおじさんじゃないの?」
「いやだから、さっきのもそのキスも全部ももこの能力のせいで──」
ももこはアレスの言葉を聞いて、少し心が痛んでしまった。
もちろん意図して能力を使ったわけではないが、全て自分のせいでこうなってしまったことを思い出してしまったのだ。
「どうしたのよ、ももこ。心配なんでしょう? さっさと行きましょう」
「サーシャ、随分優しいじゃないか。……ははぁん。君もももこの魅了にかかり始めてるんだな?」
「うるさいわね! 二階って言ったらこのすぐ下じゃない! それでももこの気が済むのならと思っただけよ!」
「ははは、人のことが言えないな!」
じゃれ合いながら歩き出した二人の後ろを、ももこは暗い気持ちで追いかけたのだった。
「ヒラメちゃん!」
「ももこ様……あぶ……あぶぅ」
二階にある大僧正の執務室では、数人の白装束と大僧正が倒れていた。
ミモモの言う通り、大僧正も白装束達も、ももこ様病が第四段階になっており赤子のようになっていた。
「やっぱりアレスとキスしたおじさんじゃない。もう一回してみたら?」
「サーシャは相変わらず根に持つやつだな!」
「ヒラメちゃん……ごめん……ほんまごめんなぁ……」
ももこは涙を零しながら、大僧正の胸に顔をうずめた。
自分がしてしまったとんでもないことへの罪悪感と、謝罪の気持ちでいっぱいだった。
そしてアレスから自分のせいであると聞いてから決意したことがある。
優しい皆を苦しめてしまうくらいなら、もう二度とこの屋敷には帰らないと決めたのだ。
ももこは正気に戻らない大僧正に、大声で泣きながら甘えた。
この世界に来て初めて優しくしてくれたのは大僧正である。
ももこはミモモを本当のおばあちゃんだと思っていたし、大僧正を本当のおじいちゃんだと思っていたのだ。
そんなももこの様子を見て、アレスとサーシャは軽口を叩いてしまったことを後悔していた。
そして二人とも改めて感じていた。
邪神であるももこも、そんなももこがここまで慕っている邪神教信者も、噂や文献にあるほど邪悪な存在ではないのではないかと。
ももこにはきっと、何か事情があるのだろうとアレスは考えていた。
「ももこ……泣かないで……きっと皆、元気になるわよ」
「お、お姉ちゃん……」
アレスは驚いた。
他人に対していつも素っ気ない態度しかとらないサーシャが、涙を零しながらももこを慰めていたのだ。
「サーシャよ……お姉ちゃんでもいいけど。天子様の伝言、聞いたでしょう? きっと何とかなるわ」
サーシャは優しく、ももこの涙を指で拭ってやる。
「……うん、ありがとうなぁ、サーシャ姉ちゃん……」
「ふふ、可愛い邪神ね。さぁ、行きましょう。こんな言い方は酷かもしれないけれど、ももこがここに居ては病気は治らないわ」
「お、おい、サーシャ……」
アレスはサーシャの様子を見て、改めてももこの魅了の力の強大さを実感していた。
だが、サーシャの性格が無理矢理変えられているようにも見えなかった。
感情こそ大袈裟に出てしまっているが、アレスが見る限り、いつものサーシャである。
「ええの……ほんまのことやし……ウチ、皆のこと大好きやし……だから皆が元気になってくれたらそれでええの」
「ももこ……そうか……そうだな。よし、じゃあ行こう。天子様の元へ」
こうしてももこはアレスとサーシャの二人に手を引かれて旅立った。
異世界へやってきて四か月、ももこは初めて屋敷の外へ出ることになった。
屋敷が見えなくなるまで、何度も何度も振り返っては涙ぐむももこを、アレスもサーシャも何も言わずにその都度立ち止まって待ってやったのだった。