ももこの慈愛と、そして家族愛にも似たような優しい発言は、瞬く間に邪神教全ての人間に伝わった。
この話は白装束達に大きな衝撃を与えた。
邪神教内には、ある一つの取り決めがあった。その取り決めは昔から存在し、今はそれほど厳しくはなくなったが、皆古くから伝わるその取り決めをなんとなく守っていた。
取り決めとは、白装束は名前を名乗ってはいけない。というものであった。
この取り決めがなされたはっきりとした理由までは伝わっていない。だからこそ現在、厳しくなくなっていたのだ。
一説によると、邪神を復活させ世界を滅ぼしてしまったとき、その責任を分散させるためとも言われているが定かではない。
ももこに名前を聞かれた白装束は、そういったこともあり戸惑ってしまった。
教団内の影の立役者であり続けることを定められた白装束達。
その白装束のことを大切に思ってくれているという事実が分かっただけで、教団内は大いに沸きあがった。
そして異変は起こった。
「おい、聞いたか? ももこ様は俺たちの好きなものだけじゃなくて、それぞれの仕事内容まで覚えておいでだそうだぜ? キュンキュン」
話を持ち掛けてきた白装束が、あざとい言い方でキュンキュンと言いながら、その言葉に合わせて、手のひらを順に胸で重ね合わせ腰をくねらせるポーズをとった。
「え? マジでか? ところでお前、そのキュンキュンってのなんだよ? キュンキュン」
答えた白装束も同じポーズを取る。
「は? お前こそなんだよ? キュンキュン」
会話にキュンキュンという怪しげな語尾をつけてポーズをとることが教団内で流行ってしまっていた。
しかし、これはわざとではない。
キュンキュンと言っている本人たちは全くの無自覚であった。
本人が無自覚ということは、これはもう単なる流行りではない。流行り病である。
そして事態は徐々に酷くなっていった。
「大僧正、ご報告があります。キュンキュン」
「ん、なんだ? キュンキュンキューン」
大僧正はキュンキュンポーズのあとに、両手のひらを頬に当てキューンと吠えた。
「最近、我々に蔓延している病気のことです。キュンキュン」
「おお、何か分かったか? このような奇病、聞いたこともないからな。キュンキュンキューン」
女性の白装束からの報告を、大僧正は持っていたペンを置いて聞き返した。
そして、ちょうどそのときであった。
「はおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!! も、ももこ様ぁーーーーーーーーんっっっ!!!! キュンキュンキュンキューーーーン!」
大僧正の執務室の外から大きな奇声が響いたのだ。
これにはさすがの大僧正も驚いて、思わず立ち上がった。
「な……! なんだ!? まさか、ももこ様に何かあったのか!? キュキュキューーーン!」
「大僧正!! キュンキュン」
走り出そうとした大僧正を、白装束が呼び止めた。
フードの下から覗かせる視線は、真剣そのものである。
「な、なんだ? 今はももこ様の安否を──」
「大僧正! あれは奇病の成れの果てです! キュンキュン」
教団内に蔓延している奇病には段階があった。
語尾に「キュンキュン」がつくのは第一段階。
その語尾が「キュンキュンキューン」になるのは第二段階。
そして第三段階になるとももこの名前を叫びながら正気を保てなくなってしまう時がある、というものである。
「なんと……では我らのこの奇病は……キュンキュンキューン!」
「……はい。『ももこ様が尊くて尊くて玉のように愛らしくてもう仕方がなくて、居ても立っても居られずにどうにかなってしまうというか現在進行形でどうにかなっちゃった病』……略して『ももこ様病』と名付けました。キュンキュン。大僧正は第二段階……相当危ないと思われます。キュンキュン」
「それはなんとも誇らしい。キュンキュンキューン」
「誇らしがっておられる場合ではありません! キュンキュン!」
満足げな表情を見せる大僧正に、白装束が詰め寄った。
「確かに誇らしいことではありますが、このままでは教団の運営が立ち行かなくなります! キュンキュン! 私が調べたところ、既に教団内の全員がこの病に侵されており、半数以上が第二段階にまで進行しています! キュンキュン!」
「お、おう……しかし第三段階であっても、たまに奇声を上げる程度のことなのだろう? 運営に深刻な問題が発生するとは思えんが……キュンキュンキューン……」
「……ご報告はまだ終わっておりません……実は先ほど、第四段階を発症したものがおります……キュンキュン」
「第……四段階……? キュンキュンキューン」
「おい! おいって! 一体どうしちまったんだ!? おいってば! キュンキュンキューン!」
「なんだなんだ? どうした? キュンキュン」
「分からねぇ……こいつが急に倒れちまって……キュンキュ……はおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ! ももこ様……ももこ様ぁぁぁあああああああああ!!!!」
「えええ!? お前までどうしちまったんだ!? キュンキュン!?」
倒れた白装束は、ももこ様病を第三段階まで発症していた。
そしてつい今しがた、病気は第四段階にまで進行してしまったのだ。
ももこ様病 第四段階。
発症すればその場に倒れ込み蹲り、瞳を閉じて親指をしゃぶり始める。
それはまるで、子宮の中の赤子のような姿であった。
「あぶ……ももこ様……」
ももこが尊くて仕方がなくなり、赤子に戻る。
ももこ様病は邪神の能力である魅了によるものであり、大僧正が思っている以上に恐ろしい呪いであった。