――人生とは、無情だ。
わたしは、心底そう思う。
何か一つ。それすら成し得られないまま、わたしの生涯の幕は、あっけなく下りた。
もっと、あの時に
あそこで〇〇しておけば――
そんな空想妄想に熱心に時間を注いでも、その熱意に応じた機会が与えられる――はずもない。
逆境に耐え、
チャンスは、仮に平等だと仮定しても、掴み活かせるかは、生まれ落ちた瞬間にきっと、ある程度が決まってしまうんだよ。
公平なんてものはない。
生まれ変わっても
世界が変わっても
きっと変わらないんだよ――
だってそうでしょ?
異世界転生したのに!
こんなのってないよぉ!
「ほぎゃあほぎゃあ
(いーやーだぁーー!)」
「あぁ。ナナ――お母さんのお乳が出なくてごめんね」
「いや、お父さんも稼ぎが少なくてすまない」
「う~うぁう~(そんなギリギリの状況なら産まないでよぉ!)」
「お腹が空いて泣いているんだな?」
「だれかからヤギのミルクを譲ってもらえないかしら」
「よし!集落を回ってくる!」
「あなた。気を付けて」
「あぁ。愛するナナのためさ!いってくる」
わたしは、ナナ。
駄々をこねているだけの赤ん坊。
こうして母や誰かに抱かれていないと、まだ手足をバタつかせる程度にしか動けない。目の間で両親の口づけを至近距離で見せ付けられていても、逃げ出すことは適わない。
手首を母にやさしく握られ、強制的にバイバイをさせられる。すると、わたしとしては、何の愛着もない痩せた
やることもないし、少しだけ状況を整理しちゃおう。
異世界転生者にして、現貧困家庭の赤ん坊。
それがわたし。
なぜ異世界かって?
月みたいなのが大小合わせて複数あるから
なぜ転生者かって?
前世の記憶がしっかりとあるから
なぜ貧困家庭かって?
家がボロい!
服がボロい!
両親がやせ細っていて
お乳が出ない!
衣食住に
最初は、もちろん感動した。
でも、直ぐに絶望もした。
貴族の生まれでもない。
何かすっごい能力者でもなさそう。
言語もニュアンス的にしかまだ分からないし――
転生前の神様的な存在とのやりとりも記憶にないんだもん。
あるのは、人の良さそうなだけの――
計画性って言葉を知らなそうな家族だけ。
わたしの異世界転生ライフは、先行き不明の絶望的状況からのはじまりらしい。
この世界の文字は分からないし、学習能力や認識、知識に何かしらのこの世界に馴染みやすくなるような配慮を受けられている訳でもない。いや、前世の記憶や思考力があるだけで凄い
だけどだけどだけど!
わかるからこそ、この不自由な赤ん坊の状況にストレスが溜まらないはずもない!
なんか都合よく、ある程度動けるようになった段階で「はっ」と、転生者であることを思い出して始まったりさ?
最初からサクサク展開が進むように――
あ!
みたいな感じで、赤ん坊なのに難しい本を読む。
そんな展開で、天才乳児のスタートを切りたかったのに!
あるいは、体験したこともない柔らかで大きなベッドで起床し、鏡に映る自分の美貌に驚く――
そんな滑り出しが良かったよ~。
それらは全部、叶わない。
(ふぅ)
わたしの新しい人生は、どうやらしばらく何の刺激もない。
一日あれば全てを把握できてしまうようなボロ家の内側で、自分の意志では上手く動かせない小さい身体に、いい歳した自我を搭載して、ストレスにまみれた歳月を過ごしていくんだ。
――本当についてないや。
前の人生でも親ガチャに失敗した。
今回も成功していると胸を張れそうもない。
貧困って、連鎖しちゃうよね。
絶対ではないけれど――見えない沼はある。
それに、足を絡まれ続ける。抗うために、途方もないエネルギーを常時消耗する。
今世もそうなるのだろう。
世界も社会も、わたしの都合や願いなんて
わたしが、前菜として絶望感を味わっている間に
液体が入っているであろう革袋を嬉しそうに掲げた父が、息を切らしながらソレを母へ手渡す。
母はわたしに、何らかの液体を少しづつ飲ませてくれた。
ありがとう。
特段、美味しくないけど。
早く大きくなって
お野菜や魚、お肉!
あとはスイーツ!
はやく、食べたいなぁ。
大きくなっても食べられる保証なんて無いのはわかっているけど、それでも早く大きくなりたい。
窓の外には、のどかな村の雰囲気を高めるように、草木が風に揺れる。太陽のような星は、大小ある月のような星を引き連れて、世界を茜色に染め上げながら沈んでいく。
どうしようもない現状と
ただただ美しい光景が
やさぐれた赤ん坊の心を
そっと癒してくれているようで
笑わずにはいられなかった。
「あばぁ、あばぁあ」
「はっはっはっ。そうかそうか美味いか!」
「よかったね。ナナ。さぁ、ゲップも忘れずに」
げぷぅ
背中をトントンされて
私の口から吐き出されたげっぷには
不平や不満やなんかそんな感じの諸々を混ぜておいた。
とくもかくにも
あたらしい人生、異世界で生きていくんだ。