朱無王国には何軒か宿屋がある。
宿屋に泊まると
だから基本的に宿屋の殆どは空室だ。たまに物好きが利用するくらいである。
あるいはずっとログアウトせず、ゲーム内に留まっているプレイヤーであれば寝泊まりに使う事もあるかもしれない。
「ふう。まだプレイ二日目だっていうのに、結構な冒険をしちゃったね」
『旧支配者のシンフォニア』内、午前〇時過ぎ。
ある宿屋の一室でロントは溜息を吐いた。宿屋は石煉瓦造りの二階建てであり、客室は全て二階にある。部屋はベッドだけで面積の四分の一を占める程に狭く、部屋数自体もそう多くはない。小さな個人経営の宿屋だ。
部屋にはいるのはロントだけではなく、シスター・ルトもいた。
「けれど、良かったのかい? ああもあっさりと彼女と連絡先を交換して。確かに悪用するような人間には見えなかったけど、おいそれと教えて良いものじゃないだろう?」
横目でルトを見るロント。その視線には非難の色が若干込められていた。企業に属する身としては上役やマネージャーを通さないで勝手をするのはどうなのかと。たとえ企業側から予め許可を貰っていたからといって、一言相談すべきだったのではないかと。自身も企業勢VTuberであればこその憂慮だ。
しかし、そんなロントの非難の目をルトは真っ直ぐに見返した。
「……うん。でも、彼女とは繋がりを持っていた方が良いと思ったから」
はっきりと頷くルトの目には後悔の色は僅かたりともなかった。
「……あの人、『夢見る人』だよ」
「……マジで?」
目を丸くするロントにルトは再度頷く。
「……ん、間違いないよ。まだ自覚はないみたいだし、『階段』を下りてもいないみたいだけど」
「いずれ『階段』を下りるかもしれないという訳か。成程、それは確かに動向は把握しておきたい所だね」
顎に手を当ててロントが感心する。
「表向きには抽選された事になっている一〇〇〇人のテストプレイヤー。けど、その実態は『夢見る人』を優先的に採用したと聞いている」
「……ん。
テストプレイヤーの選出はチクタクマン社だけで行われたのではない。まずヒプノス・Cが一〇〇人強を選び、残り九〇〇人弱をチクタクマン社が抽選したのだ。その一〇〇人の内に二倉すのこは入っていた。
しかし、その内訳はロントやルトはおろか、マナでさえも知らなかった。企業秘密としてヒプノス・Cの中でもたった一人のVTuberしか携われなかったのだ。そして、その秘密は今もなお当事者達にしか共有されていない。