ラトがナイフを横に振るう。そのナイフを屈んで躱す。後頭部の髪の毛が若干切り落とされた感覚があったが、気にせず更に踏み込む。ラトとの距離はまさに肉薄だ。その距離で
弦から手を放し、矢を射った。矢がラトの腹部に突き刺さり、彼の口から苦悶の声が漏れる。
これこそが私の考えていたスタイル。敏捷値極振りに弓術を組み合わせた戦い方だ。素早く敵に接近し、超接近した状態で矢を射る。零距離射撃だ。これならば弓の腕前がどうであろうと関係ない。距離が零なのだから矢の命中率なんて考えなくて良い。
更には、与ダメージはシステム的に筋力値+弓の攻撃力+矢の攻撃力の合計値になる。矢の軌道だの安定だのといった物理法則はこの世界では意味がない。ただ数値的に相手の
「くっ、このぉ……!」
ラトが出鱈目にナイフを振り回す。しかし、敏捷値極振りの私には届かない。薄皮一枚傷付ける事はあっても深い傷には至らない。そして、薄皮程度のダメージではゲームには反映されない。体力は削られない。
「クソが! なんで! なんで全然当たらねえんだよ!」
焦燥に駆られてラトが更に激しくナイフを振るうが、だからこそ当たらない。冷静さを欠いた攻撃は大振りになっていくばかりであり、隙が増えていく。恐怖を呑み込めば見切るのは不可能ではない。
「しっ――!」
隙の一つを突いてラトの懐に潜り込む。今度は矢を三つ、射るのではなく右の指の間に挟んで殴打だ。下顎を打ち抜くアッパーカット。筋力値が最低の私の拳では大したダメージは与えられない。矢も反動に耐えられず折れた。だが、矢自体に備わっている攻撃力がラトの体力を削った。筋力値+矢三本分のダメージだ。
この攻撃方法も最初から考えていた事だ。矢を射っても当たらないのであれば握って当てれば良いと。これもまた現実の技量を無意味に出来るという発想だ。
「てめ、舐めんじゃ……ねえっ!」
ラトがナイフを突き出す。しかし、下顎を打ち抜かれたせいで視界が揺れたのだろう、彼の動きは淀んでいた。その淀んだナイフに私の左拳を合わせる。指の間には勿論三本の矢を握っていた。
ナイフが宙を飛ぶ。矢に弾かれた衝撃でラトがたまらず手放してしまったのだ。
「B……M……!」
ラトが愕然とナイフを見上げるのとほぼ同時、呻き声が聞こえた。見れば、筋肉男が膝を突いていた。筋肉男と殴り合っていたマイは悠然と彼に背を向け、私の方へと歩いてくる。
殴り合いを制したのはマイだった。筋肉男が筋力値に振ったポイントよりも、マイが生命値に振ったポイントの方が多かった。筋肉男が
筋肉男の肉体が光の粒子となり、天に昇りながら消滅した。体力が零になって死んだのだ。
「おい、テップ! てめぇ何、先にくたばってやがる!」
「へえ、あの人テップっていう名前なんですね」
言いながら矢を取り出す。五十本与えられた矢の四十九本目と五十本目。その二本を合わせて弓に番えた。二本一緒にだなんてまともに飛ぶ筈がないが、飛ばす気がないので問題はない。
「ふっざけんじゃねえ! 俺の仲間はなあ、まだまだ何十人といるんだ。今回は抽選に落ちちまったが、あいつらがいるんだ。あいつらが来るまでに汚名を上げてなきゃ胸を張れねえんだよ!」
だが、遅い。ラトの手が私に触れるよりも先に私から彼に接近し、弦を引いた。鏃を突き付けた先は彼の喉元だ。ラトの顔が強張るが、そのリアクションすらも遅い。弦から指を離し、矢が射出する。
「ぎっ……がっあ……!」
二本の矢がラトの喉を貫通した。鮮血を散らしながらラトが仰向けに倒れる。急所を射抜かれた事で体力が一気に零になり、ラトのPCが光となって消滅する。
PKコンビは討ち倒された。私達が勝ったのだ。