挨拶をされたクシャースラは、「あ、ああ……」と戸惑っていたが、オルキデアが咳払いをすると、背筋を伸ばしてシュタルクヘルト語で話し出したのだった。
「は、初めまして! おれは、クシャースラ・オウェングスと申します! クシャースラと呼んで下さい」
付き合いの長いオルキデアでも、なかなか聞けない親友の上ずった声からして、どうやらアリーシャを前に、親友は緊張しているらしい。
アリーシャも人の良さそうな笑みを浮かべ続けており、それがますます親友を緊張させているようだった。
ーー何故か胸が騒ついた。
それに気づいた時、オルキデアは小さく驚いたのだった。
(まさか嫉妬しているのか。クシャースラにーー)
今まで、アリーシャがオルキデアの部下や他の兵たちと話していても何も思わなかった。
それなのに、どうしてクシャースラに笑みを浮かべているアリーシャを見ていると、こんな気持ちになるのだろうかーー。
これにはオルキデアも困惑したのだった。
(いや、きっと気のせいだ。疲れが残っているんだ。そうに違いない……)
昨日、ようやく国境沿いの基地から王都に帰ってきて、まだ疲れが残っているのだろう。
オルキデアは首を振ると、そう思うことにした。
そんなオルキデアの様子に気づくこともなく、二人は話しを続けていた。
「オウェングス様ですね。オル……ラナンキュラス様には良くして頂いております」
「それなら、安心しました。なんて言っても、コイツは……」
「クシャースラ」
言いかけたクシャースラを、ようやく気持ちが落ち着いたオルキデアが遮る。
「で? 頼んでいた物は、持って来てくれたのか?」
「ああ。これだ」
クシャースラは脇に抱えていたバックを見せた。
「物が物だったから、おれは見ていない。セシリアに用意して貰った」
「そうか……」
メールを出したのが昨晩。そして今はメールを出した次の日の朝。
朝まであまり時間のない中、クシャースラの妻であるセシリアは、オルキデアが頼んだ物を用意してくれたのだろうーー恐らく、クシャースラに急かされて。
悪いことをしてしまった。後日、礼に行かねばならない。
オルキデアは、頭を抱えたくなったのだった。
「クシャースラ。そのバックは、そのままアリーシャに渡してくれないか。……俺も中身を見るわけにはいかないからな」
「ああ……そうだな」
クシャースラは不思議そうな顔をしているアリーシャに近づくと、持っていたボストンバックを差し出す。
「アリーシャ嬢。こちらをどうぞ」
「あの、でも……」
困惑したように、オルキデアとクシャースラが差し出してきたボストンバックを交互に見ていたアリーシャに、クシャースラは「大丈夫です」と安心させるように頷く。
「これはアイツが……オルキデアが、貴女の為に用意させた物です」
「私の為に?」
「はい……と言っても、実際に用意したのはセシリアーーおれの妻です。
おれはオルキデアに頼まれて、妻が用意したバックを、ここに運んで来ただけにすぎません」
恐る恐る、アリーシャは手を伸ばして受け取ると、その場で中身を確認しようとした。
そんなアリーシャを、クシャースラは遮ったのだった。
「誤解のないように言っておきますが、おれはこの中身を見ていません。妻から預かったまま、持って来ました」
「中には何が……」
「アリーシャ。少し席を外してくれないか?」
それまで、二人の成り行きを見守っていたオルキデアが口を開く。
「仮眠室で開けるといい……ついでに、着替えてこい」
「着替え……? はい……」
アリーシャは素直に頷くと、続き部屋の仮眠室へと消える。
扉が閉まった時、クシャースラは大きく息を吐き出したようだった。
「ふう……」
その弾みで身体がテーブルに触れたようで、テーブル上に重なっていた書類の山が崩れた。書類は小さく音を立てながら、クシャースラの足元に雪崩れたのだった。
そんな親友に呆れて、オルキデアは溜め息を吐いた。
「おいおい……」
「……言っておくが、おれは聞いていないからな。お前さんが拾った訳あり娘が、国を左右しかねない大物だったなんて」
クシャースラが恨むように睨みつけてくる。
親友が向けてきた鋭い灰色の視線を、オルキデアは正面から受け取ることになったのだった。