自分のものか、従六のものか分からぬ鮮血と、互いに紅く染まっていく刀。
霊斬は相手を斬らないよう、両肩、両腕、両脚に狙いを定める。一方、従六は首と腹を狙っている。
従六は首に向かって突きを繰り出してきた。霊斬はそれを半歩右にずれて躱す。
続いて腹に向かって一閃。その刀を受け止め、左側に向かって弾き返した。
従六が持っていかれそうになる刀を、引き戻している。その間に霊斬は、右肩と右腕を斬りつけた。
「ぐううっ!」
右手ではなく左手で、刀をつかんだ従六は痛みに呻いた。
霊斬はさらにたたみかける。左脚を斬りつけようとしたが、刀に阻まれる。
今度は従六が脇腹を狙って、突きを繰り出してきた。
それをあえて受けた霊斬は、脇腹から鮮血を流す。焼けるような痛みに、顔をしかめるだけに留める。
攻撃を受けても表情が
互いに息が上がっている。そろそろ、決着をつけた方がいいかもしれないと霊斬は思った。
霊斬は右脚を刺そうと、攻撃を繰り出す。
反応が遅れてしまった従六は、それを受けてしまう。
「ぐああああ!」
肉を断つ嫌な音と、強引に刺してくる感覚とが、その身を襲い、従六は叫ぶ。
黒刀を抜くまで、その叫び声は続いた。
負傷した右脚でなんとか立とうとしたが、がたがたと右脚が震える。左脚に全体重をかけることで、ようやくなんとか立てた。
そんな状態でも従六の双眸からは、戦意が消えていない。そんな彼に感心しつつ、霊斬は黒刀を右肩に向かって振り下ろす。
身体の釣り合いを取ることで、精いっぱいな従六。それを受け止めるだけの力がなかった。焼けるような痛みが襲い、鮮血が溢れ出す。
従六はその攻撃を受けた後、戦意を無くし、畳に膝をつく。
従六の四肢は血塗れ。
霊斬は立っているものの両腕や左肩、脇腹に傷を負う。そこからぽたぽたと鮮血が流れ落ちる。
ピーッと笛の音が聞こえる。
霊斬は無言で黒刀を仕舞うと、その場から去った。
千砂も屋敷を後にして、霊斬と合流した。
「誰だ! おい、待て!」
間違って岡っ引きに追いかけられ、霊斬と千砂は必死で逃げる。
霊斬が途中で転ぶ。
「俺のことはいいから、先にいけ」
千砂は唇をぎゅっと噛んで、指示に従った。
霊斬はなんとか体勢を立て直すと、屋根に上って身を隠した。
「うん? どこにいったんだ?」
岡っ引きは辺りをきょろきょろしたが、見つけられずその場から去った。
霊斬は大きく息を吐くと、顔をしかめる。
「早くいかなければ……」
霊斬はふらつきながら、四柳の診療所を目指した。
それからしばらく歩き、ようやく四柳の診療所に辿り着く。
そこまでに何度血を吐き、倒れそうになっただろう。今の霊斬には分からなかった。
「霊斬!」
慌てた四柳の声が聞こえるが、それに答えることができない。
霊斬はその場に倒れてしまった。
四柳と先にきていた千砂は、二人で霊斬を運び込む。
四柳は治療に専念した。
「こんなになってまで……。どうしてもっと早くこなかったんだ。……この馬鹿」
四柳は言いながら治療を続ける。
出血を止めるため、傷を縫う。
幾度も繰り返し両腕と左肩を縫い終えると、混ぜて潰した薬草を塗る。
その上から丁寧に、晒し木綿を巻いていく。
その手つきは慣れたものだ。傷を労わるように優しさも込められている。
それからしばらくして――。
「嬢ちゃん、終わったぞ」
「まだ、目が覚めないのかい?」
「ああ。もう一晩ってところだろうな」
「そうかい」
「なにがあった? 詳しく聞かせろ」
四柳の声には怒りが滲んでいる。
千砂は見たまま、すべてを話す。
「馬鹿が。さっさと終わらせりゃあいいのに」
「依頼には応えないとね」
四柳は食い下がる。
「そんなこと言ってられねぇよ。本当に身体がもたねぇよ」
四柳は苛立ちをあらわにした。
「でも、そのとおりだよ」
千砂はその言葉に同意する。
翌日の夜、霊斬はようやく目を開ける。
「ここは……?」
霊斬は掠れた声を出す。
「おう、目が覚めたか」
四柳の顔がぼんやりと見える。霊斬は何度か
「嬢ちゃん、霊斬の馬鹿が目を覚ましたぞ」
「馬鹿は……余計だ」
霊斬は掠れた声で、突っ込みを入れた。
「無理に喋るんじゃないよ」
千砂が枕元まできた。
霊斬は黙ったまま、顔をしかめる。傷が痛むのだ。
「お前は無茶ばかりしやがる。少しは、おれの言うことを聞け」
「……断る」
「なにをお!」
「四柳さん! 落ち着いて!」
千砂の声で四柳は冷静になる。
「おい、霊斬。今回、お前は気を失った」
「……そうなのか」
「なんで驚かないんだい?」
「予想は、していたからな」
「なんだい! つまらないね!」
千砂は鼻を鳴らす。
「霊斬よ。お前、人を怒らすの、天才じゃないか?」
四柳は苦笑する。
「……それを言われても、嬉しくない」
霊斬は大きく息を吸う。
「まだ痛むだろう?」
「ああ」
霊斬は溜息を吐く。
「少しは懲りたかい?」
「いや、まったく」
霊斬は苦笑する。
四柳と千砂は顔を見合わせ、苦笑した。