ただ働きと悪夢《三》

 君津家近くの目立たぬ場所で、三人は落ち合った。

「俺がおとりになる。その間に入れ」

 霊斬は扉を開けさせ、出てきた男を昏倒させる。

 堂々と屋敷に押し入った。

「曲も――」

 霊斬はその男を、あっという間に倒す。

 屋敷の庭から土足で上がり、立ちはだかる男達に舌打ちをした。

 次々に男達を倒していき、鮮血に染まる黒刀を振るう。

 北側の部屋へ一直線に進んだ。

 千砂と次郎は庭の草木の陰に隠れる。

「刀に血がついてます。斬っていないんですよね?」

「そうだよ。少し黙ってな」

 次郎の不安を拭ったものの、告げる千砂の声にはとげがあった。



 霊斬は部屋の障子を開け放つ。

 その先には動揺した黒子の男がいる。

「貴様に聞きたい」

 霊斬はその男の喉元に黒刀を突きつけた。

「なにをだ」

「あちこちの鍛冶屋から、刀を集めてなにをする気だ?」

 男は黙ったまま。

「答えろ!」

 霊斬は突きつけた黒刀に力を込めると、男の首に血が滲む。

「……幕府への挙兵に必要な、武器を集めていた」

 霊斬は黒刀を引く。

 隙とみられたのか、黒子の男が斬りかかってきた。

 その攻撃を躱し、右腕を斬りつける。

 右腕をだらりと下げた男は、刀を左手に持ち替えて斬りつけてくる。

 躱そうにも距離が足らず、左肩を斬りつけられてしまう。

 互いに負傷しながらも睨み合う。

 幾度となく斬り結ぶと、互いに傷が増えていく。霊斬は左腕も斬られてしまった。

 それでも霊斬は動じず、攻撃を繰り出す。

 その動きに男が驚く。

 腕を庇うことも、痛みに怯むこともない。

 右肩に攻撃を受けた男は痛みに怯んだ。だがすぐに立て直し、突きを繰り出した。

 霊斬はその攻撃を腹に受ける。顔をしかめたが、黒刀を持ち上げた。

 柄で頭を殴ると、男が倒れる。

 気を失った男を一瞥し、霊斬は屋敷を去った。

 それに千砂と次郎が続く。



 霊斬はそのまま、袋小路に直行する。

 三人揃ったところで、霊斬が口を開く。腰からもう一本、修理済みの刀を抜いて渡した。

「これで終わりだ。このことは他言無用。もういっていいぞ」

「あ、ありがとうございました!」

 次郎は言いながら刀を受け取り、その場から去った。



「すぐにいかせて、正解だね」

「これ以上、放っておくわけにはいかないしな」

 霊斬は溜息を吐いて、左腕を一瞥した。

 二人は肩を並べて、歩き出した。


 診療所の戸を叩く。

「四柳」

「またお前か」

「悪いな」

 霊斬は苦笑する。

「いい。上がれ」

 霊斬を奥へ通し、千砂は待つことになった。


「霊斬よ。仕事の回数、減らした方がいいんじゃねぇか?」

「なぜ?」

 治療を受けている霊斬が聞き返した。

「七日に一回。一月に四回。日によれば、もっと酷いときもある。こんなに怪我してると、身体がもたねぇぞ」

 霊斬は溜息を吐く。

「昔に比べたら、数は減らした。それに俺は、ここにくれば、傷ならいくらでも治る」

「霊斬……。この裏稼業、していて得があるのかよ?」

 霊斬が考え込む。

「……強いて言うなら、莫大な金が手に入る。と言っても、興味はないんだが」

「それを得とは言えねぇなぁ」

「なら……ない」

「得のない仕事かよ。よくもまぁ、続けられてるな」

「俺は自分のために、仕事をしているわけじゃない」

「それにしたって……釣り合わねぇよ」

「なにと?」

「お前の命と、依頼人の頼み」

「なんだと?」

 霊斬が怪訝そうな顔をする。

 そのような考え方をしたことがなかった霊斬は、ただただ疑問に思う。

「おれはお前の稼業のことは、噂程度のことしか知らん。

 だがお前は依頼を受けるたびに、怪我をしてここへやってくる。傷が軽い程度だったことなんか、一度もない。

 依頼人は、お前が血を流していることを知らん」

「……そうだな。依頼人には、余計なことを言わん方がいい。復讐が誰かの命を犠牲に成り立っているなど、知りたくもなかろうよ」

 霊斬は静かな声で吐き捨てた。

「おれは医者だ。でもな、今お前が言ったことは、常々おれが感じていたことだ」

「そうか……」

「お前、自分の命の重さ、考えていないだろ?」

 四柳が核心をついてくる。

「それを考えてしまったら、裏稼業ができなくなる」

 霊斬は哀しげな顔をした。その双眸には、なんの感情も浮かんでいない。まるで、波ひとつ立たない水面のようだった。

「お前はなんのために、この裏稼業をやってる? お前の手をけがしてまでやることか?」

 四柳は彼の美しさに目を奪われた。だがかぶりを振ると、激怒したい気持ちを抑えた。

「俺以外の誰かが、傷つく姿を見たくない。だから依頼人の代わりに、憎しみや怒りを晴らしている。誰かのためになるのなら、穢れようが辛かろうが、俺には関係ない」

 霊斬は冷ややかな声で告げた。

 四柳は言葉を呑む。

 自分のことを他人事のように捉え、他人のことをまるで自分のことのように考えるとは。いったいこの男の、なにがそうさせるのだろうか。

「……そうかよ。ほら、終わったぞ」

 いじけたような口調になってしまったが、四柳は返した。

 すべての傷を縫い、きっちり晒し木綿も巻いた。

「助かった」

 霊斬は足を引き摺って出ていこうとする。それを四柳が止めた。

「少し休んでいけ。今、動いたら傷に障る」

「……分かったよ」

 霊斬は壁際に座り、左脚を伸ばして片膝を立てる。

 身体を見下ろすと左腕が三角巾で固定されている。左肩にも晒し木綿が巻かれており、下手に動かせなかった。霊斬はこの様子じゃしばらく仕事は無理だな、と思った。

 四柳は黙って部屋を出た。


 それに代わるように千砂が入ってくる。

「大丈夫かい?」

「ああ」

 ――強がってばっかり。

 千砂は思わず溜息を吐いた。

「大丈夫そうに、見えないんだけれど」

「そうか」

「あんたって、危なっかしいね」

「お前にはそう見えるのか」

 霊斬は苦笑する。

「そりゃそうさ。他人にそこまでする奴なんて、初めて見たよ。いつか、その理由を聞きたいね」

 千砂も苦笑を浮かべる。

「また今度、気が向いたらな」

 霊斬は微笑した。