『騎士は、花の国に行けば、花開くような恋を』
『砂の国に行けば、風に攫われるような恋を』
『水の国では、美しい乙女の肌に恋をして』
『船の上で愛を交わし、海の民と一夜の恋』
『恋多き騎士が、最後に見つけたのは、赤髪の乙女。赤い髪と緑の瞳は、騎士の家の守り神。そして、魔女と戦う最後の砦』
『赤髪の乙女の側には、必ず金の髪と青い瞳の魔女がいる。それは赤髪の乙女を苦しめ、死に追いやってしまう。だから騎士は、魔女を討ち取る為に命を懸けた』
『やがて、赤髪の乙女は、騎士にそっくりな金色の髪と赤い目をした男児を産む。その子が次の魔女を討つのだ』
ハンスの物語は、物語として聞くならなんてことのない、冒険譚だ。
でも、事情を知っている私にとっては、ちょっと聞き捨てならないところもある。
それよりも。
なんというか、前騎士団長がそんなに恋多き人だった、とは?
「お義父様はそういう方、だったのでしょうか?」
「本人はそういうおつもりはなかったようですよ。なんと言いますか、どこにいっても人の心を掴む人であった、と言いましょうか」
「でも、ルイはとっても真面目かと」
「そうなんです。あのお2人からお生まれになった坊ちゃまお2人とも、似ているのは見た目だけでした」
「でも、弟様はお義母様に似ていた、と」
「いえいえ、それは坊ちゃまから見れば、というところでしょう。私どもからすれば、まったく似ておられませんでしたよ」
微笑んで話してくれるハンスには愛情があった。
不思議なくらいに、彼の口から出てくる言葉には不快がない。
変な話をしているはずなのに、何でだろう、と思ってしまう。
私は、ルイしか知らないので、彼から想像するご両親がどんなものかといつも思っていた。
でも、聞いた感じではどちらもルイには似ていないわね……。
まあ、私も同じようなものだし、人は見た目じゃないし、カエルの子はカエルなんて言うけれど、そうとも限らないと思う。
でも、ご両親がいてくれたら、ルイも私もどれだけ安心できただろうな、とは思ってしまう。
その代わりにハンスやマリアさんが、いてくれるのだけれど。
私自身、日本でも転生した今も、あまり両親との関係がいいとは言えない。
どちらにせよ、薄い親子関係しか作れない人間なのかも。
「弟様のお話はお聞きになられましたか?」
「えっと、ルイはお義母様によく似ている、とか、その私の兄と友人であったとか、そういう話くらいでしょうか……」
「そうでございます。カリブス様とは、ご親友でございました。それもあって、坊ちゃまは羨ましかったのではないでしょうか」
「う、羨ましかった?兄のことがですか?」
まさかぁ、と私は思った。
だって、兄のことをよく知っているルイは、あの人がどんな人なのか分かっているはず。
お兄様はお金に関しては駄目な人だし、人としてもちょっと以上に難アリだ。
貴族のご令嬢にモテないし、いつも自由にしている。
「坊ちゃまは、あまりご学友がおられませんので」
「いない、とは?あ、あの、戦争で……」
「そうでございます。坊ちゃまのご学友は、ほとんどが騎士団に所属しておられまして、あの戦争でほとんどを失ってしまわれました」
「でも、それと2人を羨むのは……」
「そうですね、坊ちゃまはカリブス様のように、自由にしておられる方がとてもお好きなのですよ。大奥様がそんな方だったからでしょうか」
「うーん、お兄様は自由というか、なんというか」
「そのカリブス様と自由に友人関係が結べた弟様のことが、羨ましかったのですよ。ご自身は、ずっとこの家を継ぐこと、騎士団を守ることを考えておられましたので……」
それが!普通です!!と、私は叫びたかった。
お兄様がおかしいんです。
ルイは正しいんです!
普通、家に生まれた男の子は、自分が家を継ぐとか、家業をするとか、考えるのが普通なの!
自由にしているお兄様がおかしいの!
私の脳裏にニコニコ笑って杖を振り回すお兄様の顔が浮かぶ……。
「ハンス、それはルイが正しいと私は思います……」
「奥様には失礼ながら、私もそう思っております」
「よかったぁ、あなたが変な人じゃなくて!」
「ふふ、それはよかったです。でも奥様、人は皆、自由に憧れ、風に吹かれたいと思うものなのですよ」
確かに、それは正しいかもしれない。
かつての私もそうであったし、今の私も、自由に憧れている。
ルイに私は自由なのだと言われたけれど、それは彼が自分自身に言っている言葉だったのかもしれないわね……。
私は、ハンスから借りた本を読みながら、これからのことを考える。
レシピを記すことがこんなに大変だとは、正直考えていなかった。
その中で、絵まで描くなんて無理じゃないかしら?
誰か、絵を描くことが上手な人がいればいいのだけれど。
でも、可能なら、工程を簡単に記すような絵がいい。
写真のように細かく何枚も描いていたら、いくら時間があっても足りないから。
かつて、転生前に学校で読んでいた教科書の再現は、私には難しそうだ。
学校で使っていた物には、分かりやすいイラストや写真がふんだんに使われていた。
でも、この世界では難しい。
そもそも、字を読める人間が限られる。
だから絵なのだけれど、そっちはやっぱり才能がいるみたい……。
この世界では、絵を描くのは画家の仕事であって、それもお金持ち相手に絵を描くことが多い。
肖像画とか、依頼された絵であって、それにはモデルが目の前にいるような感じだ。
本に載せるレシピの絵を描いてほしいなんて、頼めないだろう。
私はすっかり悩んでしまい、頭を抱える。
日本から、1冊でも本を持って来れたらなぁ、なんて思ってしまう。
「ずっとこんなことしてても、埒が明かないわ。ちょっとマリアさんの手伝いでもしてこよう!」
こういう時は、体を動かすに限る!
そう思って、私は本を置いて、部屋を出た。
厨房にいるはずのマリアさんは、そこにはいなかった。
探してみると、洗濯物干し場で洗濯物を取り込んでいる。
私はそこへ行き、手伝いをした。
「奥様はぁ」
真っ白なシーツを握って、マリアさんが口を開く。
風に揺れるシーツはとても綺麗に洗われていた。
「奥様はぁ、こんなこと、手伝わなくていいんですよ~」
「私が手伝いたいって思ったんですよ、マリアさん」
「ほんと、大奥様にそっくりだわぁ。あの人ったら、人の仕事までとっちゃって」
「あ、ごめんなさい、することがなくなっちゃいましたか?」
私は、自分に言われたのかと思った。
しかし、マリアさんは大きな声で笑う。
「違いますよぉ、この家はメイドが少ないからですね。こうやって手伝ってもらえると仕事の量よりも、気持ちが違います」
「それならよかった……」
「奥様、もしも何かあったら、マリアを頼ってくださいね。こう見えて、私も腕っぷしはあるんですよ?」
笑って自分の腕を叩くマリアさんは、可愛い人だった。
メイドの仕事は大変だけれど、こういう人がいてくれるから、できるのだろう。
感謝しなければいけない、と思う。
そして、こんな人にこそ、色々な情報が行き渡ればいいのに。
本がもっと安く手に入る世界だったらいいのに、と思いながら、その点では貴族の娘になれてよかったかも。
そうじゃなかったら、学園に行くこともできなかっただろうし、高価な本を手に取ることなんてできなかったかも。
本のことを考えると、やっぱり日本は恵まれていたと思う。
もちろん高い本もあったけれど、あの頃の私が手に取れるくらいの本は、一般的に誰でも手に取れる価格だった。
やっぱりお金か……と思うと、とても嫌になっちゃう。
「奥様、どうしましたぁ?恐い顔してますねぇ」
「うーん、お金って大事だなぁ、と」
「お金ですか?奥様はいっぱい持っておられるでしょう?」
「私は持ってないんですよ……残念ながら」
「あら、坊ちゃまが持ってるじゃないですか!」
そ、それは。
共有財産になるのだろうか……?