「ルイ……」
「すまない、お前にもまだ話していなかったな」
「いえ、その、ルイのお父様のことですか?」
「ああ。父上が亡くなったのは確かに、戦争の時だ。母も、弟もそうだった。まだあの頃は、俺が騎士団を引き継ぐことは夢にも思っていなかったからな……」
そう言って、ルイは私の方を見る。
赤い瞳がしっかりとこちらを見ているではないか。
「この瞳は、魔眼と呼ばれている。グラース家では代々この目を持つ子供が生まれるんだ。父も俺とほとんど容姿が同じで、同じ瞳を持っていた。この目は、魔術に関することや魔に関することを視通す能力を持っている」
「それは、止めることもできないのですか?」
「多少の制御はできるが、基本的には死ぬまでずっとこのままだ。本来ならば、父からグラース家のことをもっと聞いておかねばならなかったのだが……」
「その前に……?」
そうだな、と言ってルイは哀しそうだった。
そこにいたのは、1人取り残された少年。
戦争は終わったのに、家族を失ってしまった人だ。
彼がいてくれたから、私たちは普通に暮らすことができている。
国が守られたのは、多くの死があったから。
「待ってください、では、お兄様は戦争に行かなかったのですか?」
「カリブスは配属された場所が違っていた。あまり戦禍の酷いところではなかったんだ。父が……カリブスは貴族の息子だと知っていたからな」
「そんな!身分で持ち場を変えていた、ということなの?」
「いいや、父はそんな人ではない。カリブスがウォーレンス家で1人だけの男児だと知っていたからだ。家を継ぐ子を失えば、貴族の家は困るだろう」
そうだけど、そうじゃなかった。
お兄様は家に戻っても、家業を継ぐこともできずにいる。
家族を失うことは、どれくらい辛いことか。
むしろ私は、この家にもらわれたからよかったのだ。
孤児院にいた頃のことを詳しく知らないが、その戦争で私は本当の両親を失ったと聞いている。
「俺は、騎士団にこそいたが、父上から多くを学ばなかった。本来なら、もっと側にいて学ぶべきだったのだろうが……」
「どうしてですか?」
「男には、反抗心というものがあるのさ。女のお前に、どれくらい分かるか、なんとも言えないが。あの頃の俺は、とにかく強くなりたかった。剣の腕を上げて、父を越えたくて」
男の子って、普通はそうなのだろうか。
お兄様を見てきて、そうは感じなかった。
悠々自適に過ごすことが好きな人もいて、父親を越えたい人もいる。
私のように、ただ言われるままに生きていくのとは違うんだ。
それを思ってしまった。
「騎士団長を父に持ったことは、俺の誇りだった。しかし、その重圧とこの目は、時々辛く圧し掛かる。もっと父上と話をしておくべきだったと、何度後悔したことか」
「そんなことありません、ルイ!あなたは騎士団長として、この国をしっかりと守ってくれているじゃないですか!」
「セシリア……」
「私は、何もできないただの娘です。でも、あなたを支えるくらいはできるはず。その……あなたが好きなクランベリーパイを毎日作ることはできます!」
私にできることと言ったら、それくらいだ。
毎日彼の為に何ができるかを、必死に考える。
そう、料理とか、掃除とか、そういったことなら得意だから!
深刻な話をしているつもりだったのに、ルイは目を丸くして、それから声を上げて笑った。
彼がここまで笑うなんて、私の方が驚いてしまう。
「へ?え?あの、その?」
「ははッ、俺はそんないパイばかりを食っているわけじゃないぞ!」
「え、そ、そう、そうですね……」
た、確かに。
私は、彼の為にできることを考えて、そんなことしか思いつかなかった。
急に恥ずかしくなって、顔が真っ赤になってしまう。
いやだわ、はずかしい……。
これじゃあ、旦那様に食べさせてばっかり、餌付けしている嫁だって思われたかもしれない。
「ありがとう、セシリア」
「ルイ……?」
「お前を選んでよかった。さあ、帰ろう。俺たちの家に」
彼の差し出した手。
それを握ると、今までで一番優しい、と思った。
私たちは、帰る準備を整えた。
先にユーマは出立し、今後のことや兄の恋人のことまで任せることになってしまったが、最後まで彼は上機嫌だった。
ユーマを見送り、その後、ルイと私はグラース家に戻ることになる。
アリシアが泣いて嫌がったけれど、ルイに睨まれて黙ってしまう。
この2人は本当に犬猿の仲だ。
結婚式では、何も起きなければいいけれど。
私に抱き着く妹の頭を撫でる。
「アリシア、次に会うのは結婚式の時よ。注文したドレスの受け取りを忘れないようにね」
「お姉様~!!いやです!!行かないで!!」
「大丈夫、すぐに慣れるわ。それにあなたは、学園に行く準備も必要でしょう?忘れ物をしないようにね」
「うう、う、う……!!」
涙で濡れる顔は、それでも可愛いと思ってしまう。
もとがきれいだからなのか、垂れた鼻水も涙も拭ってあげて、頭を優しく撫でた。
私の宝物。
私の憧れ。
どうか、このまま真っすぐにいて欲しい。
「お菓子を作ったら、送ってあげるからね」
「お姉様~!!」
「手紙もいっぱい書くから。大丈夫よ」
最後まで泣き続ける妹を残し、私はルイと一緒に馬車に乗った。
馬車の中で、ルイが妹を見て、少し鼻で笑ったのは見なかったことにしよう。
「ルイ~!!暇になったらまた遊びに来てよ~!!」
「暇なのはお前だけだ、カリブス!!」
「え~?なんのこと~?」
お兄様は、最後までそんな調子だった。
いつまでも子どものようにしているけれど、本当にユーマとの仕事は今後も大丈夫だろうか。
ルイと私で目を光らせておかねばならない。
お父様は、ルイにペコペコ頭を下げ、私のことはあまり気にしていない様子だった。
所詮、お金の為に売った娘だ。
気にしていないのだろう。
馬車が動き出し、アリシアがずっと泣きながら手を振っていた。
もうすぐ学園に行くと言うのに、大丈夫かしら。
早く大人になって欲しい、と思う反面、やっぱりまだまだ可愛い妹のままでいて欲しい、という欲が生まれてしまう。
「アレはいつもああなのか?」
「お兄様のことですか?そうですけど」
「いや、妹の方だ」
「はあ、そうですね……私がグラース家に行くまで、ほぼ一緒に行動してましたから、離れるとなるとこんな感じですね」
泣いてわめいて、縋って、また泣く。
そうやってアリシアは過ごしてきた。
甘やかされている、と思うかもしれないけれど、これ以外のアリシアは貴族の令嬢としての教育をバッチリ受けている。
厳しい家庭教師の指導も、難なくこなしている感じだ。
「はあ、女は面倒だな」
「私も女ですが」
「そうだったな。では、あれが面倒なだけか」
「はあ、あの子はアリシアです。そろそろ名前を覚えてあげてください」
「アリシア、か……」
馬車の窓から外を見つつ、ルイは呟く。
確かに、男兄弟しかいない人からすれば、女の子は面倒に感じるだろう。
でも、アリシアは本当にいい子なのだ。
「あ、あの、ユキって馬車も引けたんですね。驚きました。ルイの馬だから無理かと」
「いや、今回が初めてだ」
「え!?大丈夫なんですか!?引き慣れていないのに、そんなことさせて、怪我でもしたら」
「……お前は優しいな。普通は馬のことなど気にしなんだぞ」
「でも、ルイの馬ではないですか」
「ああ。だからお前を乗せることを言い聞かせてある」
言い聞かせてある!?
そんなことも理解できるのか、あの馬は?
私が驚いていると、ルイが目を細めて笑った。
「お前に何かあったら、鞭で打たれてひどい目に遭うぞ、と伝えている」
「……はぁ!?私はそんなことしませんけど!?」
「それくらい言わなければ、あのプライドの高い馬が馬車を引くなんてできるわけがないだろう!」
ルイは本日二度目の声を上げて、笑った。