「意味が分からない……」
「俺も同じことを思ったさ。父上は少し独特な感覚がある人だったからな」
「でも、ちょっと独特すぎと言いますか」
「まあ、確かにな。だが、同時に母上もそんな人だったからな。塀の上でも屋根の上でも、どこでも1人で行くような人だった」
「ルイは、お母様が好きですよね」
そう言うと、ルイは私をジッと見つめてきた。
な、な、何だろうか。
その赤い目で見られると、緊張してしまう。
「母は、お前によく似ていたよ」
「そう、聞いております。赤毛に緑の瞳だったと」
「あの人から俺が生まれたのが不思議だと、自分でも思う」
「あ、そうだったんですか?実は私も同じことを思っていました。あまり、似ていないな、と」
「……弟はよく似ていたがな」
「え?」
ルイの弟は、兄と同級生で、一緒に騎士団に入った人だ。
どんな人なのか、兄は語ってくれなかったし、ルイもまだ教えてくれない。
「見た目も、中身も」
「はぁ」
「あのカリブスと友人だったから、分かるだろう」
「そうですね、とても説得力のあるお話です!」
兄と友達になれるなんて、確かにすごいことだ。
浮世離れしたような、そんな人と、会話が成り立っていたのだろうか。
それとも、弟さんは、兄を超えるような何かを持っていたの?
「母上にそっくりでなぁ、アイツは」
「ルイ、今のはとても大きなため息でしたよ?」
「母上を男にしただけなんじゃないか、と何度思ったことか」
「それは、それは……」
「でも、死んでしまった。アイツがいてくれれば、と何度も思ったが、死んでしまった者にその重責をかけても、いいことはないだろう」
その言葉は、ルイの本音なのか。
それとも、騎士団長として、グラース家を守る者としての言葉なのか。
彼は、1人でそれを背負っている。
でも、これからは、私も一緒にそれを背負うのだ。
「ルイ、この前の話なんですが」
「何の話だ?」
「あのクランベリーパイです。あのレシピをもう少し改良して、レシピを売るというのはどうでしょうか。最初の一歩としては、手間がかからないから、いいのではないかと思いました」
「ほう……やる気になったのか?」
「今回の父とユーマのやり取りを見ていたら、私もできるかなぁって」
安直な人間でごめんね、と思う。
でも、家を再建させる為、妹の為、お金は必要だ。
その為に、私ができることをやってみるのは、いいかもしれない。
「薬の調合は、作った薬の1割が国に支払われています。それは、調合方法を開発したのが国の魔術師だからだと聞きました」
「その通りだ」
「それをお菓子や、料理の作り方を教えたり、指南書にしてみたら、いいと思いませんか?例えば、読み書きができなくても分かるように、絵を描いてみるとか」
「読み書き……そうか。それなら、一般家庭にも普及させられるな」
「はい。子どもたちだって、読み書きがまだできません。その親ができる可能性は低いでしょう。それを考えたら、分かりやすくしていくのがいいと思ったんです」
私は、この世界で働くつもりはなかった。
それは貴族の娘になったから、とかそういうことが理由ではない。
今までは、ずっと妹を守ることが大事だった。
妹を守るためなら、どんなことでも頑張れる。
私を救ってくれたあの本に出てくる、大好きなアリシアだったから。
でも、今は。
新しい家族の為、大人になっていく妹の為に頑張っていこうと思う。
「本当にできそうなのか、セシリア」
「そうですね、色々工夫もいるでしょうし、時間のかかることもあるかもしれませんが……やってみたいかな」
「いいんじゃないか、お前がやりたいならな」
「ルイの方が前向きですね」
「俺は、正直な話、お前よりもカリブスを心配している。アイツはどうしてああなのか」
「同感です」
2人でゆっくりと廊下を歩き、庭へ出た。
なんとか庭の手入れは行き届いている。
庭師は辞めさせなかったんだな、と思う。
「……でも、それだけその女性を愛していたのでは」
輝くような恋を、兄も味わったのではないか、と思う。
あの人は、自由な人だ。
まるで風のような、でもどこか憎めない人。
その人が愛した人って、どんな人なのだろう、と私は知りたくなってくる。
「そうかもしれないな。あのカリブスが、愛したのだから」
「あの、もうその女性の行方は分からないのでしょうか……。その、せめて兄の心が整理できるように、と思って」
「そうだな……俺もそこまでは調べていなかった。騎士団でも調べてみよう。もし内戦が続いているならば、騎士団としても情報収集はしておきたい」
彼は、とても真面目に返事をしてくれた。
兄のことなのに。
きっと、ルイにとって兄は―――お兄様はとても大事な友人と思ってもいいのかもしれない。
騎士団は、絆の深い人たちだと聞く。
他の団体とは違って、試験を突破した者が集まり、寝食を共にし、命を懸ける。
学園にいる頃、元気な男の子たちは、夢見るように語っていた。
騎士団に入れる人は少なく、希望者がみんな入れるわけじゃない。
だからこそ、絆は深まっていく。
この国を守り、愛する人たちの為に命を懸けるのだ。
「セシリア、お前は何色が好きだ?」
「え、なんですか、急に」
「結婚式用とは別に、ドレスをやろう」
「ああ、そうだ、その話も……実は、以前いただいたドレスをサリーに破られてしまって」
「あの赤いドレスか?ううむ、あれは気に入っていたんだがな」
気に入っていた?
私は、ルイのことを見つめた。
気に入っていた、とは私の感想ではないからだ。
「む、あれは俺が贈ったドレスだろう。俺が気に入ったから、贈ったんだぞ」
「そ、そうですよねぇ……私も気に入っていたんですよね。生地は残しているので、リボンでも作ろうと思ってるですけど」
「……お前にリボンは似合わないぞ」
「どういうリボンをご想像しておられるのか分かりませんけど、ちゃんと考えて作ります。せっかくいい生地だったのに、勿体ないので!」
庭には、赤い花が咲いていた。
その赤に似たドレス。
勿体なかった、勿体ない。
そればかりを思ってしまう。
「怪我はなかったのか」
「はい、それは大丈夫です」
「そうか。それならいい。ドレスはまた作れるからな」
そう言って、ルイは私に手を差し出した。
静かにその手を握り、私はルイと手をつなぐ。
自分が育った家の庭で、夫になる人と手をつなぐなんて、夢にも思わなかった。
ルイの手は、とても固い。
騎士なのだから当たり前なのだけれど、その綺麗な顔からは想像もできない強さなのだ。
同時に、彼は別に童顔ではないのだけれど、とても若く見える。
私より10も年が上なのだけれど、それを感じさせない若々しさだ。
線が細いせいかも。
「国王は、俺の結婚を喜んでくれている」
「そうなんですか?」
「ああ。王子はまだ結婚の年ではないからな」
「た、確か、アリシアと同じくらいではなかったかと……」
だって、学園で2人は出会うんだもの。
まさか、そこも改変されている!?
希望の王子が、とんでもない男になっていたら、どうしよう?
「……そうだな。確かに」
「き、気づいてなかったんですか?」
「ああ、今気づいた。そうか、王子はまだそんなに幼かったか。王子は、国王のやっと生まれた一粒種でな。大事にされているんだ」
「他に、ご兄弟は?」
「残念ながら、王が亡くなった王妃以外を娶るつもりはないと、言われて」
この国の国王は、とても真面目なのだ。
だからこそ、ルイが従っているのかもしれない。
手をつないで、彼の横顔を見つめると、とても真っすぐな目をしている。
国王のことを信頼しているようで、きっと、王子のことも大事に考えているのだろう。
王子が国王になった時、アリシアが王妃になる。
そうしたら、ルイは妹のことも守ってくれるだろうか?
「真っすぐな国王だからな。まあ、剣の腕は俺の方が上だぞ」
ルイは、少しだけ子どものように言った。
彼はそう言えるくらい、国王のことを理解しているのだろう。