貴族の家で、お金がないというのは、とても恥ずかしいことなのだと知った。
妹は、まだその事実を知らないだろうけれど、父や兄は分かっているはず。
いや、兄は分からないのかな。
傾いた家を戻すのは、とても大変なことなのだ。
妹と一緒に、父の持ってきた荷物を紐解く。
いつもと変わり映えしない、貿易の品ばかりが出てくる。
もっと幼い頃は、この荷解きが大好きだったな。
だって、この中からはお土産が必ず出てくるから。
養子である私にも、父はお土産をくれた。
兄より品としては劣るけれど、女の子としては十分なものをもらっていたと思う。
リボンとか、安物のネックレスとか、そんなものだったけれど。
アリシアにはぬいぐるみや人形が多かった。
でも、もうそんな年ではなくなってしまったわね。
荷物の中は、割れ物もあり、気を付けて片づけをした。
「お姉様、やっぱりメイド長がいてくれないと、大変ですね……」
「そうね。メイド長は長くうちにいてくれたから、何でも分かっていたし。仕事も早かったし……戻ってくれないかしら」
「いい人でしたから、もう勤め先を見つけているかもしれません」
「そうね、働かなきゃ食べていけないものね……」
メイド長はいい人だった。
アリシアの学園入学も楽しみにしてくれていたし、話もよくしてくれたし、仕事も早くて、気が利いていた。
年の功と言えば、そうかもしれないけれど、あれはあの人の人柄だと思う。
「お父様に、相談してみます、私」
「アリシア、それは私が」
「いいえ、お姉様!この家で過ごすのは私です。だから、私が伝えます」
そこにいたのは、私が守ってきた幼い女の子ではなかった。
自分のことは自分でする、と決めた強い子。
いい子になってくれた、と私は思う。
「アリシア、強くなったのね」
「はい!その、お料理は得意ではありませんが、それ以外のことなら、ある程度はできます!あ、その、お姉様のように乗馬はできません……」
「それはいいのよ、女の子は馬に乗れなくたって、素敵な王子様がいつか来てくれるわよ」
「そ、そうでしょうか……王子様」
女の子は、そういう話が大好きだ。
いつでも、みんな夢見ている。
素敵な殿方との結婚。
素敵な殿方が迎えに来てくれることを。
お金の為に結婚する人も、いないわけではない。
私のようなことは、よくある話。
でも、それでも夢には見ている。
素敵な殿方との恋愛を。
「お姉様は、グラース様がいますから」
「ルイは、そうね、うん、素敵な人なんだけれど」
「なんだけれど?お姉様、何かされたんですか!?」
「ふふ、いいえ、悪いことじゃないわ。彼はね、ああ見えてとってもよく食べるのよ。クランベリーパイなんて、おかわりもするの!茹でたジャガイモだって、なんだっていっぱい食べるんだから」
「まあ……その、やっぱり騎士団だからでしょうか?」
「きっとそうね、これからはクランベリーパイをたくさん焼かなくちゃ、私の分がなくなってしまうわ!」
「うふふ、そんなにですか?」
「そうなの、よ……あ」
妹と話をしていた時、ドアの近くにルイがいた。
きっと、気になってこちらへ来たのだろう。
ルイは、顔を真っ赤にしていた。
「ルイ」
「お、俺は、そ、そんなに、大食らいか……?」
「あら」
「マリアは、いつも何も、言わなかったぞ!ハンスだって、言わなかった!」
自覚がなかったのか。
ルイは細身だけとしっかりと筋肉のついた体をしている。
その見た目からは想像ができないくらい、よく食べるのだ。
騎士団はよく食べるのだろう、と思っていたけれど、兄はそうでもない。
ハンスやマリアさんは、ルイを気遣って言わなかったのかも。
「そ、そんなに、笑うほど、か……?」
「ルイ、妹との話を盗み聞きするから、こんな目に遭うんですよ。以前自分でもよく食べると言っていたでしょ」
「言ってはいたが、クランベリーパイをそんなには食べないぞ!セシリアが作ったクランベリーパイが美味いからいけないんだ!」
赤い顔をして、騎士団長はそう言う。
騎士団の皆さんには、見せられない顔。
でも、そんな彼も可愛いものだな、と思った。
妹がクスクス笑っている。
それを見て、ルイは怒って出て行ってしまった。
荷物の準備はほとんどできていたので、私はルイを追いかける。
隣を歩いて、彼のご機嫌をうかがった。
「怒ってますか」
「怒っている!」
「どうして、そんなに怒っているんですか」
「お、俺を、笑い者にするからだ……!」
「うふふ、妹に少しだけ話しただけじゃないですか」
ルイは、私の方を見た。
とても怒っている。
でも、子どもが癇癪を起したような感覚だと思った。
「アレは、魔女だ。まだ覚醒していないとはいえ、俺のことを話すな」
「はい、分かりました」
「……本当に分かったのか?」
「ええ、分かりました」
「……俺のことを笑うなよ、セシリア」
「はい、分かりました」
この人は、子どもっぽいところがある。
若くして騎士団長になってしまったから、同年代の男性たちとは責任の重さが違うのだ。
兄を見て。
あの人の自由さ。
それを、彼は持つことができずに、騎士団を背負うことになってしまったのだ。
だから、少しくらい子どもっぽくてもいいじゃないか、と思う。
「マリアさんにお土産を買って帰りませんか」
「……分かった」
「ルイは、マリアさんに頭が上がりませんね」
笑うなと言われたのに、私はまた笑ってしまった。
でもルイはマリアさんのことを、ゆっくりと話す。
「母親代わりのようなものだからな……母が生きている時から、世話になった」
「そうなんですね。マリアさんにご家族は?」
「マリアの夫と息子は、戦争に巻き込まれて死んだ。それからグラースの家に来てもらっている」
「そうだったんですね……」
「もう、だいぶ昔の話だがな」
「ルイが屋根に登って、降りれなくなった話を聞きました」
つい、その話を言ってしまった。
するとルイは顔を赤くする。
「山や空が見たいと思っていた時期があるんだ!俺は純粋な子どもだったからな!」
「そうなんですね……。そっか、あの場所からなら見えますね、きっと」
グラース家の屋敷の立地を思い出し、私は綺麗な山や空が見えるだろう、と思った。
それを子ども心に見たい、と思った彼は、確かに純粋な人だ。
「……今度、見せてやる」
「あら、屋根には登りませんよ、私」
「別の場所がちゃんとある!まったく、お前はどうしてそうなんだ!」
顔を真っ赤にさせながら、ルイは言う。
でも、こんな彼が自然な姿なのではないか、と私は思った。
大事な家族を失い、弟さえも死なせてしまった。
それでも、騎士団長として彼は前に進むしかなかったのだろう。
前にしか、行き場がないのはつらいよね……。
「変な顔をしているな」
「そうですか?では、ルイはそんな変な顔をした女を妻にするですね」
「だから、どうしてお前はいつもそんな言い方ばかりなんだ。塀の上にいる猫みたいだ」
「その例え、変わってますよ。猫は塀の上にいますけど」
お転婆だと言いたいのだろう、と思う。
私はお転婆で、お節介で、屋根にも壁にも登るような、女だと。
確かに、赤毛のアンなら、柵を飛び越えて、男の子たちを負かすことくらい、難なくやってしまうかも。
でも、私はまだまだ。
見た目だけが、異世界の赤毛のアンだから。
「父が、母によく言っていたんだ」
「あら……」
「父が母に、お前は塀の上の猫のようだな、と。どういう意味か尋ねたことがある。父上に、どうして母上にそんなことを言うのですか、と」
私の目には、そこにいたのは幼い少年だった。
父の足に縋り、見上げ、知りたいことを尋ねる子。
純粋な赤い目が、父と母を見ている。
きっと美少年だったんだろうなぁ、と思ってしまった。
「言うことを聞かず」
「はあ」
「夫より高い位置に立ち」
「はあ……?」
「空を見上げ」
「はあ?」
「こっちに手を差し出して、引っ張ってくれるような女のことだ、と父上は言ったんだ」
私は、正直意味が分からなかった。