案内されたのは、サンドバッグがいくつもぶら下がっている場所の手前、何も無いスペースだった。
「まずは説明しますね。最初は初心者用のグローブを付けてー、かまえを……」
やべーー、頭に何も入ってこねー。
この姉ちゃん、薄い白いティーシャツの下に赤い下着をつけている。
しかもでかい。
くそー、俺は三次元の女には興味は無い、無いのだが目だけはやっぱり行ってしまう。
しかも、体を動かすたびに、いかん物がパユンパユンしている。
「そして、左ストレートがこうです」
パユンパユンだー。
――ひーーーーーっ!!!!
じっと胸を見ていたら、視線の先にあずさちゃんの顔が入ってきた。
ぷくっとほっぺを膨らまし、口が思い切りへの字だ。
怒ってらっしゃる。
一年生の子供ってこんなことが見抜けるのかーー。
おっし、真面目にやろう。
しかし、こんなんされたら、おじさんはいちころで入会しちゃうだろうなー。営業上手なジムだ。
「えっとジャブが、速さを重視して、内側にねじり込む様に……」
パヒュッ
さすがに見て教えてもらうと違う。
けっこうな風が起きた。
そして、踏み込んで体重を乗せて左ストレート。
パーーン
すごい破裂音と共に暴風が起きた。
ジム内のサンドバックがガチャンガチャン揺れている。
風がジム内を一周して、あずさちゃんの髪を後ろから巻き上げた。
あずさちゃんの髪はだいたい治っているのだが、首の上のはげ、もとい脱毛だけが治りが遅い。
まだ地肌が出ているので見られると可哀想だ。
必死でなおしてあげようとした。
手のグローブが邪魔でやりにくい。
しかも、風が強すぎる。
だれだーー、こんな風を起こした野郎はー。
「おっし、次は人の顔を……」
「あっ、木田さんその前にいつもの掌底を、サンドバックで試してください」
柳川が青い顔をして、言ってきた。
「そんなもん、やっても意味ないと思うが。いや、そうか」
柳川の奴、あれが見たいのだな。
やってやろうじゃねえか。
なんだか、出来そうな気がしてきた。
俺はあれの為、瞬発性重視で、サンドバッグをたたこうと思った。
サンドバッグの手前三センチほどの所から、力を入れずトンと押した。
ガチャーーン!!!!
ドカッ!、ドカッ!
ドスン
上からつるしてある四個並びのサンドバックの一番手前を押したのだが、つってある鎖が切れて二個目にぶつかった。
そしたら二個目の鎖も切れて三個目にぶつかった。そして三個目のサンドバッグの鎖を切って、四個目のサンドバッグの手前に3個のサンドバッグが転がった。
「くあーーっ、だめだー、できねーー」
「な、何が、出来なかったのですか?」
「いや、あれだろ、サンドバッグを突き破って砂がザーってなる奴待ちだろ。あ、あれだ、このグローブのせいだ。違う、そもそも掌底では無理なんだー。くそー」
昔見たんだ、漫画で「ギャラクティカ何チャラー」て言うと、サンドバッグが裂けてザーーッと砂が落ちるやつ。
「あ、あのーー」
受付の姉ちゃんが青い顔をして拍子抜けしている。
かー、かっこわるい。
「そ、そうだ。俺は今日、パンチを人の顔に当てる為に来たんだ。さっきリングの上で相手をしてくれるという人がいました」
リングの上を見たらおかしな事に誰もいない。
「ひゃーはっはっはっはー」
柳川が可笑しそうに笑っている。
「えっ」
俺は柳川が何を笑っているのか分からない。
さっきまでリングの上にいた、がらの悪い連中はリングから降りて、青い顔をして下を向いている。
「アンナダメーナマン、すっごい」
あずさちゃんが小声で言っている。
アンナダメーナマンじゃあ。あんな駄目な人になっているよ。それ!
アンナメーダーマンだからね。
「あの、木田さん、それ本気で言っていますか。木田さんに顔を殴られたら普通の人なら頭が千切れて死にますよ」
「はーーっ、じゃあチャンピオンなら」
「ぷっ、言い方を間違えました。地球上のどんな人間でも、人間なら死にます」
「うそだろ、サンドバック飛ばしただけだよ」
「あ、あの世界チャンピオンがたたいても、揺れるだけです」
受付嬢があきれた様に言った。
「ふふふ、修理代は、管理人に請求してくれ、このビルは俺のビルだからな。迷惑料として、うちの若い奴らを何人か入会させるので許してくれ」
「は、はい」
受付の姉ちゃんの頬が赤くなった。
ちっ、柳川の奴はいいよな。
女の人にそんな顔をしてもらってよー。
「とうさん、おなか空いたね」
「そうだな。飯を食いに行こう」
そうだ、俺には可愛い娘がいる。
他の女はいらねえ。
結局パンチは使えずじまいだ。何の為に来たのやら。
「ふふふ、あずさちゃん。今日は牛丼かな。ま○屋がいいね」
「ま○屋がいいねー。とうさん。お味噌汁も付いているしー」
あずさちゃんもノリノリだ。
こういう時はこれだ
「ご唱和ください! せーの、安さはうまさだーー!!」
「安さはうまさだー!!」
俺とあずさちゃんで大声をだした。
「なんですか、それは?」
「底辺所得者の合い言葉だよ。どんな高級でうまい食事より、値段の安い食事の方が美味しいという事さ」
「木田さん、あずさちゃんにそんな事は教えない方がいいです」
ジムの中に笑いが起っていた。