学校が始まって、ダメージを受けているのは俺の方かもしれない。
ずっと一人で暮らしていた俺は、この先も一人で何事も無く暮らしていけると思っていた。
だが、ここ数ヶ月あずさちゃんと、一緒に暮らしてみると、学校に行っている間がなにやら空虚に感じる。
つまりさみしい。あずさちゃんは学校で楽しく過ごしているのだろうか。
だから、俺の方があずさちゃんの休みを楽しみにしている。
今日は土曜日で、学校がお休み。一日中一緒なのだ。
今日の予定は、ボクシングジムの体験をしようと考えている。
その後はそのまま街でお食事だ。
実は、俺は弱い。
この世界には、おそらく俺の様な奴が三十人はいるだろう。
正義の為に力を使う者もいるだろうし、悪い事に使う者もいるだろう。
もし、そんな奴らが俺の存在を知って襲って来たら、その中では最弱と考えていい。
なぜなら、俺はまだ人を殴った事が無い。そして殴る行為そのものが恐いのだ!!
俺は、一人で生きて行く為なら、今まで通り逃げて隠れて生きて行けばいい。
だが、今は少なくともあずさちゃんは守りたい。
と言う事で、人と戦う為の技を、学ぼうと考えているのだ。
「おはようございます」
柳川が、俺の部屋に入ってきた。
いつもの社長室だ。
「もう時間なのか。じゃあ、あずさちゃんを起こして、準備するから、もう少し待ってくれ」
「わかりました」
柳川の案内で街のジムへ向う予定だ。
「うふふ、今日は一日中、とうさんと一緒。うれしい」
車の後部座席に座ると、あずさちゃんが、腕につかまってきた。
最近では、あずさちゃんは、ガイコツを卒業している。
肉が少しずつ増えて、ガリガリに痩せた少女ぐらいにはなっている。
随分可愛くなった。
「う、うん」
恐ろしい、俺の考えが読めるのじゃ無いだろうか。
思わず俺も、と言いそうになった。
会社から街までは、一時間以上かかる。
何しろここは僻地だ。
「ここです」
着いたところは、ビルの一階の割と新しい広いボクシングジムだった。
「柳川ビル」
ビルの名前が少し気になったが、ジムの中に入った。
ジムの壁には、女性一人でも安心ボクササイズとか、新規会員募集とかポスターが貼ってある。
土曜日の午前中なのに結構人がいる。
だが、ガチ勢なのか、人相の悪い奴らがリングの上から、俺を見てニヤニヤしている。
まあ、俺はデブでいつもいじめられキャラだから仕方が無い。
受付に誰もいなかったが、俺達を見つけると走ってきた。
「新規入会ですか」
「いいえ、この方が体験をしたいと」
柳川が、応対してくれた。
「そ、そうですか」
駆けつけた、受付のお姉さんが、俺を上から下までジロジロ見てくる。
まあ、言いたい事はだいたい分かりますけどね。
「ダイエットですね」
決めつけるなー。
「少しボクシングをならいたくて、パンチとか」
「ひひひ、俺が相手をしてやろうか」
リングの上から、人相の悪い奴らが、馬鹿にして言ってくる。
良く見ると、ガチ勢はみんな、俺を招かざる客と思っている様だ。
まあ、美しい女性と、本気の男以外はお断りなんだろうと思う。
柳川が、嬉しそうに笑っている。
こうしてみると、柳川の方がリングの上の奴らよりも恐い。
「こちらへどうぞ」
お姉さんが、リングの上をにらみ付けると、俺を案内してくれた。
さすがに最初からリングの上は、無いのだろう。