私が最高司令官になり、2年と半年が経ったある日の事。
アンドル最高司令官の危篤が伝えられた────
「あっ……」
「こんばんは」
アデク隊長、カレンさん、リーエルさんとお見舞いに行った数日後も、私はまた病院に訪れていた。
いよいよ彼が危ないと聞いたので、顔を出したのだ。
そしてたまたま帰るところだったハーパー最高司令官に廊下で遭遇した。
私がいたことに彼女は心底驚いたらしく、歴戦の戦士のハズなのに三歩程後ろに下がった。
「また、来てくれたのですね……」
「お世話にはなりましたから」
あの日以来私は、バルザム教官が行方不明になるまでの2年間、彼の監視に勤めた。
常に命の危険がある中で気配を消す術は彼から、氷の魔法はハーパー最高司令官から教わったものだ。
「貴女には今まで色々と負担をかけてきてしまいました。
本来なら優秀な貴女なら軍人として飛躍できたハズなのに、この様なところで燻らせてしまったのは、こちらの責任です」
「大義のため────でしたよね、仕方のないことです」
少しイヤミっぽい言い方になってしまっただろうか。
私はこの2年間バルザム教官を近くで監視するために、自身の昇給を秘密裏に棄却し続けてきた。
最高司令官の立場からならば、それができた。
結局、最高司令官たちの言っていた駒と言うのは、私を同じ立場に立たせることで実権の掌握をしたかったのだと、いまなら分かる。
通常時最高司令官が3人必要な理由は、一人に権力が集中しないようにするためだ。
それを防ぐため3人いる最高司令官だが、それは軍の決定が遅れ、咄嗟の侵略に即座に対応ができないということでもある。
非常に薄い
そんな国の状態でそれは、致命的な綻びに繋がる。
だからこそひとり、私のような
強いて言うなら、この国の出身ではない私は、経歴に足がつきにくかった、と言ったところか。
仕方のないことなのだ、これで多くの命が救われたハズなんだから────
「では……」
私はそれだけ言うと、病室を開けひとり入室した。
※ ※ ※ ※ ※
部屋の空気が、重く淀んでいた。
換気が悪いとか病院だからとか、そう言うことではなく。
多分これはアンドル最高指令官の
【コネクト・ハート】は意識がない彼の心の機微も、敏感に受け取ってしまっていた。
普段は感じない、心の声────これは多分、私の能力が強くなったとか、そう言うことではなく。
きっと彼の心残りの強さが、そうさせているんだろう。
「うぅ……」
アンドル最高司令官が、唸りながら眼を開けた。
しかし消えうる意識、吹き消されそうな蝋燭────視界はぼやけ、暗い部屋を月明かりがおぼろげに写す。
嗅覚の閾値は上昇し、耳も殆ど聞こえない、どこまでが自分の身体なのかも定かではない。
「はぁ……」
私は仕方なく、彼の手を握った。
あまり気乗りはしなかったけれど、このまま暗い気持ちであの世に送るのも気が引ける。
「っ────」
もはや最期の覚醒、といったところか。
それでも老人は感じた。
この部屋に誰かがいる、そして自分の手を握っている。
老人には、その手の温もりで、人物の正体に見当がついたようだった。
ならば、ここにいるのなら、伝えなければ、最後の一言を。
あの夢の、その先を、叶えてくれる
「頼んだ……ぞ────」
肺も心臓も弱り果てた老人のその声は、ともすれば誰にも聞き取ることが出来なかっただろう。
しかしそこにいた私は、確かにその声を聞き取った。
音を、声を、確かにその「
「はい────」
数日後、アンドル・モーガン最高司令官が死去される。
そうして残ったのは、身に余る資格を与えられ、遺された少女がひとり。
こうして私は、歪んだ世界に取り残されてしまったのだった。