代わりに私は、未だ状況を理解できていない観客達に、出来るだけ聞き漏らしがないように声を張り上げた。
「皆さん聞いてください! 私は今からこの男の告発をします!
この男バルザム・パースは軍の幹部でありながら国王を狙う、裏切り者です!」
ずっと、この時のため抱え込んできた秘密だ。
その瞬間ガチャリと、私の中の重荷が解放される音がした。
「は、どういうことだよ? 【不屈のアーロ】はどこ行った? アイツは何故あそこにいる?」
「あっ、あの人ってバルザム様でしょ! 軍の幹部の!」
「たしか暗殺されたはずじゃ? 生きてらっしゃったのか?」
「でも裏切り者ってどういうことだよ、あの新人どうも怪しいぞ……」
私の言葉を聞いた観客達の────彼らが口々に叫ぶのは当然、困惑、困惑、困惑の声。
その後徐々に分かれるのは、私の呼び掛けにいち早く反応して逃げる人、パニックになる人。
状況が今だ掴めず呆然とその場に立ち尽くすか、考え込む人。
そして当然、私の声など信じない人々。
「何なんだよお前! 一体どういうつもりだ!」
「急に出てきたそいつが裏切り者だって、なに言ってるのか分かってるのか!?」
もちろん私の声が届かない人々がいることは百も承知だった。
ヒルベルトさんのように、眼が合っただけで記憶を伝えられるほど、私の能力は強力なものじゃない。
ただ、この状況で観客達に信じてもらう必要はないのは、目の前のバルザム教官も気付いているはずだ。
「この状況が、お前から望んだ物だと言うのは甚だ疑問だな、確実にお前じゃないな。
この莫迦げた案を練ったのは、誰だ。言え」
「えぇ、私一人でこんなこと、出来ませんよ」
「この手段を思い付いたやつは、悪辣で趣味が悪い。
よりによってお前に、オレの実行する計画を阻ませるとは」
彼はそう言うと、身体に付いた砂を振り払った。
しかし、手に付着したそれを少しだけ見つめ、憎々しげに呟く。
「塩か、砂に塩を混ぜたな? 塩を使ったんだろう?」
「────はい」
これはかつて、マグロ村で骸骨相手にまいた霊験あらたかな塩だった。
悪霊や呪い等を消滅させるのには、かなりの効果が期待できる。
以前使用した時には不発に終わってしまったけれど、今度こそは役に立つだろうと【怪傑の三銃士】リーダーのライルさんに、少し分けてもらっていた。
貴重なもの故少量しか渡されず量がなかったため、これだけは感づかれず当てる必要があった。
「貴方をこの大会のエントリー会場で見たときから、この方法が使えるなではないかと思っていました。
以前それと同じ種類の呪いを見たことがあります」
「それは面白くねぇな────」
イライラしたように、彼は地面を踏みつける。
先ほど自分から溢れ落ちた変身後の液体が、ビシャリ飛び散った。
「もう、そんなことはどうでもいいじゃないですか。
貴方だって分かっているはずです、【不屈のアーロ】から別の人物が出てきた時点で、貴方に疑いの眼を向けられることは避けられない」
「────莫迦莫迦しい大会だ」
そう言って、憎々しげにプロマの撮影機を睨む。
この試合、実はかなり観客の入りが少ない。
おそらく午前中のセルマとロイドの試合を見て、満足した人たちは帰ってしまったのだろう。
大会を通して圧倒的な力を見せ、異名までついた男と、たまたま勝ち残ってしまっただけの女の試合結果など、火を見るより明らかだ。
ただ、それを差し引いても、ここにはプロマを通して多くの
きっと今ごろ、街全体に私の告発が知れ渡っているはずだ。
「本当に莫迦莫迦しい大会だ。ガキ共の遊戯に、国を挙げてもてはやす。
勘違いした実力不足の兵士が戦場にのさばり、戦争が長引く。ここの空気は臭くてたまらねぇ」
「その
「何だと……?」
私は口に手を当て喉の調子を切り替えた。
初めて実践で使う技だ、慎重に声を張り上げる。
「“エクルベージュ・エコー”!」
「っ────貴様、何の真似だこれは? 不快だ止めろ!」
バルザム教官は私の声を聞くなり、憎々しげに耳を掻きむしる。
「貴方は元々国王暗殺を狙っていた、それが貴方の裏切りの目的ですっ」
彼と同じように、観客達も一様に耳を押さえたり、周りをキョロキョロと見渡している。
この技は【コネクト・ハート】の伝える力を最大限まで高めて、例え届く声が僅であろうと相手の脳に直接声を叩き込む。
群衆のざわつきの中やプロマの音声越しでも、これだけは伝えなければいけないから────少しだけ勘弁を。
「貴方は幹部になった数年前から、密かに敵と内通して軍の情報を流したり、幹部の暗殺の手引きをしたりしていた。
数年前からの軍幹部数名の失踪がそれです。彼らも流石に、同じ幹部である貴方の不意打ちは予想していなかったんです」
「止めろ────」
私は構わずに、声を響かせる。
「でも、その後いつなっても、肝心の国王暗殺までは実行できなかった。王国騎士が優秀で近づけなかった。
だから貴方は一度全てをリセットすることにしたんです」
「止めろと言ったはずだ!」
激昂するバルザム、一瞬恐怖で足が引きそうになる。
それでも私は声を止めるわけにはいかなかった。
「迷いの森でバルザム隊メンバーの謎の失踪を装って、彼らを誘拐した。
そしてその数ヵ月後、別に誘拐した【不屈のアーロ】に成り済ました貴方は、再びこの街に戻ってきたんです」
「……………………」
ついに彼は何も語らなくなった。
もう逃げられないと悟ったのか、静かに地面を睨み付けている。
「そして、この大会に参加した。目的は最後、優勝者に贈られる国王からの表彰でしょう。
もちろん警備も万全なはずですが、貴方の実力ならそれを押し退け彼を手にかけることが出来る、絶好のチャンスです。
軍の幹部を務めていた貴方なら、この大会は確かに子供の遊びに見えたでしょうね」
観客達は、私の声を聞き入っていた。
バルザム教官は、先ほどと変わらず押し黙っている。
この瞬間だけ、私の声を除いて街全体が静まり返っている。
「ただ、貴方の行動は何年も前から最高司令官たちには筒抜けだったんです。
だから私は貴方の監視をするため、3年前から貴方の下に所属していました」
「────ほざけっ!」
突然激昂したバルザム教官が、叫んだ。
「オレの監視していただ? 莫迦莫迦しい!
最高司令官の指令かアデクか知らねぇが、この当て付けを考えたヤツは狂ってやがるっ!」
「貴方の気持ちなんか知りません。帰してください……
自分の部下だった、隊のみんなをっ、アーロをっ、帰してくださいっ」
私の掠れた声を聞いて、彼は吐き捨てる。
「この国に至っても、どのみち奴らは捨て駒だ。
生かしておく道理が、どこにある?」
「っ────」
苦しい、緊張と恐怖で息が詰まりそうだ。
しかし私は彼よりも俄然冷静だった。
観客達は避難が始まっている、もうすぐ援軍も来るはずだ。
それに、まだ希望は捨てられない。今さら手遅れだなんて、思いたくない。