これが私の────
「“精霊天衣”! これがきーさんと一緒になった私の姿です!」
クレアの本気に答えられるのは、やっぱりこれしか考えられなかった。
「ありがとな────でも一度戦士が受けた勝負、手加減する意気など一切なしっ!! 覚悟しろエリアル・テイラーとその相棒!」
「来なさいな、避けも逃げもしませんよっ」
「そうこなくっちゃなぁ!」
クレアは先ほどと同じ様にボードごと急降下をしてきた。
先端の鋭い刃を突き立て、先ほどよりもそのスピードを増して迫ってくる。
「“ドラッヘ・アクスト”!」
一瞬身体が避けようと反応してしまうが、正面から受けると約束した事を思い出す。
腹を括るしかないか────!
「“レグホーン・ペック”!」
「おぉっ!?」
私が突き出した
“精霊天衣”をする前には盾で受け流すのがやっとだった攻撃を、私は今受け止めていた。
「おおおおおっ!」
「あああっつつつっ─────のぉわっ!」
「っ……!」
跳ね上がる衝撃が、お互いを同時に吹き飛ばす。
私は槍を地面に突き立て、その勢いを止めた。
向こうではクレアも空中で身体を捩り、体勢を建て直すところだった。
「ハァ、ハァ……槍が、増えたな!」
「っ────えぇ、見ての通り……」
本来“キメラ・キャット”の特性は自身の魔力を武器に変換する、と言うものだ。
精霊はいわば魔力の塊なので、普段きーさんは自身を変身させることで、武器になっている。
そして今きーさんと“精霊天衣”で一体になることで、魔力を放出し物体を複数作ることが可能になっている。
「ふんっ、流石“精霊天衣”つーとこか。
でもこっちが生身だからって、油断してると痛い目見るぜ!」
ボードをターンさせるとクレアは再び上空へと舞い上がる。
「もう一度ぶちこんでやるっ!」
「いいえ、次は私の番ですよ」
私は翼をめいっぱいにはためかせ、自分の身体を空中へ浮かせる。
地面から足が離れ、少しずつその身体がクレアと同じ高さまで近づく。
「へぇ、やっぱ飛べたか!」
「ま、この翼も飾りじゃないんで」
ちらりと観客席を見ると、セルマとスピカちゃんも、私たちの様子を固唾を飲んで見守っていた。
今まで見上げるだけだった3人と、ようやく同じ場所で戦えるようになったのだ。
「いつまでもやられっぱなしもね」
槍を1本取りだし、狙いを構える。
そして手の中でそれに風の魔法で高速の回転を加えた。
「“コバルト・ライナー”!」
「っ────うおおっ!?」
高速の回転を加えた槍を、クレアの元へ飛ばす。
彼女はボードを旋回させると、その底面を盾に攻撃を防ぐ。
「ぐぎぎっ────だっ!」
ボンッと特別大きな爆発音と共に、ボードの後ろから炎が上がる。
その勢いを力に代え、私の投擲した槍を弾き返した。
「っぶねーな、おい!」
「もう一丁、行きますよっ────あ、やっぱ止め」
「おおぃ!」
構えを解いたら、気を張っていたクレアが前へつんのめった。
このまま遠くからチクチクと攻撃を続けても、結局はクレアは満足しないだろう。
「それじゃあ私も、
「かもなぁ!」
今度はお互いが示し合わせたように接近し、ボードと槍がぶつかり合う。
高い金属のぶつかる音が一瞬響き、それが鳴りやまぬうちにまた二つの武器が交錯する。
「うおおおおおおっ!」
「ああああぁぁぁっ!」
お互いの一撃をはじき、いなし、そして次の一手に繋げる。
クレアのボードから噴出した炎が逸れ、すぐ向こうで爆発が起こる。
私の槍から噴出させた水が熱に当てられ、水蒸気となる。
互いが一瞬も気を抜けない刃の錯綜が、何手も続く。
「どりゃっしゃぁっつ!」
「ぐっ……!?」
力で勝ったクレアが、私を小さく跳ね飛ばす。
しかしその距離は、彼女がスピードをつけるには充分な距離だった。
「そらよっ!」
「っ────」
旋回したボードからの一撃を防ぎきれず、私は堪えられず地面方向に叩き落とされる。
「“い、
両腕からの水の発射で勢いを押さえ、何とか勢いを殺すが、押さえきれない。
地面に激突する────!
「“シアン・バルーン”! っ────だっ!」
咄嗟に背中の翼から空気を吹き出し、エアバッグにすることでかなり衝撃を和らげることが出来た。
きーさんの意識と一体になっていなければ、こんな芸当簡単にはできなかっただろう。
「……………………」
クレアはそれを追撃するでもなく、ただ黙って少し向こうの地面近くへと降りてきていた。
私が起き上がると、彼女はニヤリと笑う。
「楽しいなぁエリアル。今まで出来なかった事が出来るようになった。今まで見れなかった景色を見れるようになった。
だからアタシはまだまだ先が見てぇ。アタシの、そしてアンタの今ここよりも、その先をぶつけ合わしてぇんだ!」
「知ってますよ、次はどう来るんですか?」
お互い終わりが近いことは感じている。
もう、そう試合は長く続かないだろう。
私もあとどれだけ、この“精霊天衣”が続くかは未知の領域だった。
「よし、テオにはやるなって言われてたんだけどな! もうこれで終わりでもかまやしねぇ!」
「もう終わりですか?」
「あぁ、『全力』じゃねぇ。『全身全霊』だ!!
“フリューゲルプフェーアト・アイゲンズィン!」
突然上昇したクレア、そしてその魔力の全てがボードへと集まり、収縮していっている。
超高速の弾丸となって、こちらへ突っ込んでくる気だ────
「ようやく、アタシはこのボードの真価を発揮できる……!」
「うわぁっ……」
あんな全力だの何だのと言っておいて、まだ自分だって力を残していたのか────
そんな口からこぼれそうになった文句は、しかし上空のクレアを見てすぐに消えた。
「行くぞエリアルっっっ!!」
クレアのボードの中で圧縮され高められたエネルギーは、太陽のように発光し雷雲のように瞬いていた。
あの状態は、確実にこの一撃をもって全てを終わらそうとしている。
今クレアは────限界を越えようとしている!!
「“ドラッヘ・ゲブリュル”!」
その瞬間アデク隊長のパートナー、りゅーさんがかつて大ムカデを切り裂いた、あの炎を纏った急降下が、私の頭を一瞬よぎった。
いや、あの時のものよりさらに強力なのは間違いない。
私も全開で挑まなければきっと、タダじゃ済まない。
「”
地面に足を踏ん張り、魔力を両腕、そして槍先にまでに充填する。
周りの空気をも巻き込み、その全てを高速のクレアにぶつける。
「おおおおおおおおっ!」
「くっ……!!」
彼女の勢いに押され、強化した身体がギシギシと音を立て始めた。
私も限界が近い、きーさんとのリンクが切れ、“精霊天衣”が解除されようとしている。
でも、ここで押される事はできない。
真っ向勝負を受けたからには、私も全身全霊で────!
「ぁぁぁぁあああああっ!!」
一瞬の力同士の交錯は、しかし永遠にも感じられる時の中で決着が確かなものになった。
「っ────」
“精霊天衣”が解け、きーさんと私が別々に戻る。
でもおぼつかない足を踏ん張り、きーさんを抱き上げ、私は立ち続けた。
そしてクレアもまた、私の背後でそのまま棒立ちになっていた。
「楽しかったぜエリアル、またやろうな……」
「ごめんなさい。やっぱりクレアとは、一緒に闘う方がいいです」
それを聞いた彼女は、少しだけ満足そうに笑う。
「はっ、何だそれ……嬉しい、じゃんか……よ────」
どさり、カランという音がして、クレアとそのボードが地面に伏せたのが分かった。
呼吸を整えるため、小さく息をつく。
それと共に、試合終了の合図が鳴った。
勝者、エリアル・テイラー!
爆発のような歓声が湧き、観客が少ないにも関わらず今日一番の熱気に会場は包まれた。
以前クレアを連れ戻すためにした、咄嗟の啖呵────それがまさか、こんなことになるなんてずいぶんと遠くまで来てしまったものだ。
ただ初めてお互い、全身全霊でぶつかれた。
クレアと正々堂々と刃を交えることが出来た。
それは私にしては珍しく、少しだけ戦いの後でも清々しい気分になったのだった。
「つっ────おとと……」
しかし、流石に身体が限界だった。
会場の今だ鳴り止まない歓声の勢いに押され、私は思わず倒れこみそうになる。
「おっと。危ねぇな」
「え、クレアっ……?」
私を支えたのは、先ほど倒れたはずのクレアだった。
「だ、大丈夫なんですか?」
「なわけあるか。同じくらい足フラフラだし、おかげで全身いてーよ」
と言いつつ、クレアは私より足取りがしっかりしてる気がした。
何と言うか、相変わらず頑丈だ────
「クレア、貴女の本気充分に体感しましたよ」
「そうかい、そりゃどーも。あと、ありがとな。
ほら、アタシに勝ったんだからしゃんと歩けよ」
もう歩くのがめんどくさそうなきーさんと共に、私たちは闘技場をあとにした。
ただ会場の歓声だけは、私たちが去っても暫くは鳴り止まなかった。