呼吸を整えるため、小さく息をつく。
クレアの渾身の一撃、それを喰らって私もようやく少し冷静になった気がした。
やはり交えてみて、どうにも違和感が拭えない。
「ねぇ、クレア。ひとつ聞かせてください。
クレアの言っていた『全力』って、どういう意味、ですか……?」
ボードから見下ろすクレアは、眉ひとつ動かさない。
きっとここまでの展開は、予想していたはずだ。
「全力は全力だ、分かってるくせによ。とぼけんな!」
「ちゃんと言ってくれなきゃ分かりませんよ、それともこのままだらだら、戦い続けますか?」
そういい放つと、彼女は苦々しげに歯噛みする。
多分この膠着状態は、クレアの望む展開ではないはずだ。
「じゃあ言ってやんよ────」
焦り、とは同じようで全く違う。
「ああ言ってやる! 『全力』ってのは勝つためにあれこれ策を労することじゃねぇ! お互いのフルパワーを真正面からぶつかることだ!
小細工、不意打ち、心理戦抜きに、アタシはアンタと力だけでぶつかりてぇんだ!」
やっぱり、クレアの目的はそこにあったのか。
確かにこの試合の私は、本気は出していたけれど、出し惜しみもしていた。
まだ適材適所、押さえられる力は押さえて全力は出していない。
「へぇ、なるほど、それは分かりました。
でもなぜ、そんなまだるっこしい事を?」
「覚えているか、アタシが森に飛び出したあの日────アンタに言われて分かったんだ、アタシは確かに自分勝手に焦って色んな事から逃げてた」
確かに私はあの時叫んだ、大声でクレアに。
「結局貴女は逃げてるんですよ! 目の前で地道に努力している人や、自分を見てくれている人から目を逸らして逃げてるんです!!
なんの積み重ねもなく自分だけ楽して地位を手に入れようとしているんですっ」
今更ながら偉そうなことを口にしてしまったな────とは思うけれど、意見を変えるつもりはない。
そしてそれは、クレアも納得してくれた事だった。
「それからアタシは考えたんだ、一歩ずつ進んでいつかじいちゃんやアデク隊長みたいになるには、どうするべきかって。
いつかこの手で天下を取るために、今出来ることは何かって」
彼女の祖父は、かつて幹部も務めていたほどの軍人だったと、本人から聞いたことがある。
幼い頃昔話を聞かされる中で────あるいはアデク隊長の有志を直接焼き付ける中で、クレアは目標に手を伸ばし続けることを選んだ。
「そして決めた。アタシの第一歩は、仲間と全力でぶつかって、その力を認めさせることだ!
アタシが使える戦士だってことを、まずはリーダーのアンタに認めさせてやる!
そしてアンタの予想を遥かに越えてやる!」
それは、クレアの一年近くにも及ぶ葛藤と迷走の結果だろう。
それとも最初から、彼女の見据える先は決まっていたのかもしれない。
「どうだリーダー。この勝負、乗るだけ損だぜ?」
「そう、ですね────」
クレアはこれまでの修行期間を経て、強くなった。
きっと、大会の間にも強くなり続けている。
ならば初手の時点で、私を空中から一方的に捉えることも、出来たはずだ。
それを敢えてしなかったのは、クレアの目的がこの試合に勝つ事ではないからなんだ。
私と全力でぶつかるために、私の全力を引き出すための立ち回りだったんだ。
「はっ、まぁ御託はいいんだよ! 要はアンタの本気が見たいだけだっっ!!
いくぞっっ、エリアルっっ!」
ボードはさらに激烈な炎を上げ、そのエネルギーを集中させる。
クレアがさらに戦いの熱を高めようとしているのを、私は予感した。
しかしイスカにしたように“
彼女の動きを止め、その猛攻をさっきまでそうしようとしていたように、適当にかわすことなら容易いだろう。
容易いけれど────
「きーさん、
“いいの? このタイミングで?”
「仕方ないでしょう、だって────」
彼女の一応の隊長でもあり、仲間でもある私が、あんな闘い方をされて。
それでもなおこの一撃を全力で受けなかったら、きっと後悔する。
クレアと言う存在に、今後腰を据えて向き合えなくなる。
大会が終わっても、どちらが勝っても、私たちはこれからもアデク隊第1小隊の仲間なんだ。
随分とかかってしまったけれど、彼女と私の間で確かに約束した以上、それを違えることはしたくない。
「分かりましたクレア。その勝負、受けます……」
いつか決めなければいけないと思っていた勝負の行方が、今に定まったのなら話は早い。
ここで彼女の誘いを蹴ったら、恥をかくのはこの私だ。
それになにより私は、私の全身全霊をもって、今この瞬間の彼女と────向き合いたい!
「きーさん、いきますっ! おおおおおおぉぉっ!」
叫ぶと共に、きーさんが猫の形を失い、手のひらほどの光の塊となる。
普段の変身とは違う、暖かな光を放つ身体の変化だ。
「な、何だ!?」
光となったきーさんは、そのまま私の胸へと吸い込まれる。
そして力を胸から全身へと、爪先へと、髪の先へと、自分を延長したさらにその先へと、張り巡らす。
その暖かな波を受けて、私の身体が少しずつ形を変える。
「にっ!?」
「っ────!」
私の髪が長く艶やかになり、尾てい骨からしなやかな尻尾が生える。
指の爪が硬く鋭利になり、五感がぴんっと張りつめ敏感になる。
そして肩甲骨から伸び現れるは、白き双翼────
羽ばたく度に光を残すようなそれは、“キメラ・キャット”本来の物から、人の形に合わせ作り替えられる。
「はっ────驚いた! アンタまだそんな奥の手を隠してやがったのか!」
観客たちも私の身体の変化を受けて、驚愕と感嘆の声を上げる。
確かに新人で、
「別に隠してたわけでは、ないんですよ」
きーさんと自分の意識が混ざる中、この姿を本来の身体のように扱うのは、まだ難しい。
集中力もいるので、おいそれと使える方法でもない。
ただ、クレアの本気に答えられるのは、やっぱりこれしか考えられない。
これが私の────
「“