気持ちのいい陽気がエクレアの街を包む。
晴天、そして無風。広野の砂が舞わず、遠くの空がよく見通せる日和だった。
私がアデクさんやきーさんと迷いの森出会って、もうすぐ一年になろうとしている。
あの時行方不明になってしまった、バルザム隊の隊員たちは、未だに帰らない。
ミリアはきっと今も、あの広野の向こうで壮絶な戦いを繰り広げているんだろう。
考えるだけで辛く、重くのし掛かる現実だ。
それについて悩まなかった日はないし、耳を塞ぎたくもなることもある。
もう全てを投げ捨てたいと思う、もうダメだと折れてしまいそうなこともある。
でも、私がここにいること、ここに残っていること、ここで息をしていること。
それが例え誰に理解されなくても、例え身に余るほどの負荷に潰されても。
多くの人が笑える結末が約束されるのなら、私は────
“それでエリーの気持ちは、どうなるの?”
「えっ、私の気持ち、ですか?」
きーさんに聞かれ、初めて思い返す。
そう言えばそんなことは軍に入ってからこの3年間、あまり考えたこともなかった。
いや、敢えて考えないようにしていたのかも。
昔はやりたいこと、してみたいこと、知りたいことなんかも私にはたくさんあった。
でも軍に入隊してから色々なことがありすぎて、自分の事を深く考えると、それだけで押し潰されそうになって。
「いつしか考えることを、止めてしまっていました」
“ふーん、そっか。じゃあそのうち、自分のしたいことが出来るようになるといいね”
「そうですねぇ……」
ただ、もう少しだけ、この焦るような焦がれるような、それでいて切ないこの気持ちは、思い起こすわけにはいかない。
たくさんの思いを詰め込みすぎて、破裂しそうな私の心も、塞き止めておかなければならない。
あの懐かしい光景は、少しだけ私の奥へと仕舞わなければならない。
だって────
「私の未来より大切なこと、今はありますもんね」
となりできーさんが、軽くあくびをする。
もうすぐこの国に春が来る、そんな香りがした。
※ ※ ※ ※ ※
ついに
明日は私の試合、相手はイスカ、当然、緊張もする────
しかしアリーナの前にて隊のみんなで待ち合わせをしたら、私とは比べ物にならない程ゲッソリした人がいた。
「ふぁぁ……」
「呑気でいいわね……」
「ごめんなさいセルマ。きーさんのあくびがうつっちゃって。
まぁ、応援してるので頑張ってください」
今日行われるのは第一から第四の各試合だ。
私とクレアは、今日応援や見学だけしかやることがない。
それだって大事な仕事なんだろうけれど、いきなり試合出場のセルマが白い目で見てくるのは、仕方のないことだ。
「自分は全然寝れなかったわ……」
「あー、お気の毒に」
「セルマさんも……寝れなかったの……?」
一方のスピカちゃんも、セルマほどではないにしろ具合は悪そうだった。
まぁ、この子は不甲斐ない闘いをしようものなら、即効この国の王様直々にお仕事クビにされてしまうので、緊張しない方がおかしい。
「ふつーの大会なら、ふつーに寝れてたのに……」
「そう言えばスピカ、今日はにーちゃんやねーちゃんは来てねぇのか?」
「みんなお仕事だって……来れなかったみたい……」
まぁ、スピカちゃんのお兄さんやお姉さんたちも、王子王女とはいえお仕事をしている社会人だ。
妹の大事な日とは言っても、簡単には来ることは出来ないんだろう。
この大会の優勝者はには、国王様から直々に表彰される────ので、決勝以外に国王様がこの大会を観覧しに来るわけにもいかない。
「まぁ、私たちは上の応援席でちゃんと見てますから」
「いざとなったら助けてやるから任せとけ!」
いや、それ反則でしょう────
※ ※ ※ ※ ※
クレアや午後に試合で時間の空いてるスピカちゃんと見学の観覧席に着くと、既に多くの人が集まっていた。
このイベントは国主催のイベントの中では、数少ない娯楽だ。
国の各地から多くの人々が来るので、チケットの倍率も高く、街の経済にも大きな利益をもたらす。
今回のノースコルの襲撃も多分、多くの人々が集まったこの街に狙いを定めてのものだろう。
そんな重要な場なので、私たちも選手の応援という名目でなければ、この場に座れなかっただろう。
「にしても相変わらずすげぇなぁ、この建物……」
ドームの天井を見上げながら、クレアが口をポカンと開けながと言った。
見上げすぎて、そのままひっくり返ってしまいそうだ。
「クレアは去年、一度ここに来たんでしたっけ?」
「うん。引っ越しついでに、大会を観に来たんだ。
家が田舎だから応募が大変だったけど、当たってよかったぜ」
確かにこのエクレアアリーナは、国の総力を結集して作り出された建物だ。
片田舎から越してきていきなりこんな巨大建造物を見せられたのだから、さぞ驚いたに違いない。
かく言う私もここまでの建物に来る体験はほとんどないので、クレアと同じように口をポカンと開けて、上を見上げているのだけれど。
「確か、緊急時はシェルターになるんだろ?」
「えぇ、それを想定した施設ですから、外部を覆うバリアや地下施設なんかもあるそうです。
これだけの収容人数があっても、流石に街の人全てを受け入れるのは難しいらしいですが」
バリアはミューズの街で、国王邸を護っていた物と、近いものが使われていると噂で聞いたことがある。
恐らく、この街でお城の次に守りが厳重なのがこのアリーナだ。
そんなことを話しているうちに、大会の第一試合が始まると言う放送が流れた。
一気に高まる会場の熱気────気付けばアリーナは超満員だった。
「3回戦のルールは、去年と同じですか?」
「あぁ、毎年一緒だから、ほとんど名物みたいなもんだ」
3回戦トーナメントのルールは1対1の直接対決だ。
アリーナコートの中で、お互い戦闘不能になるか敗北宣言をするまで、戦うことになる。
上のドームと客席にはバリアが張られるため、外への被害を心配せず試合できるが、それはある意味広い密室にもなることを意味する。
それをどう生かすかがポイントになると、こないだリタさんが教えてくれた。
「あ、セルマさん出てきた……」
そしてようやく、人々に圧倒されるように緊張した面持ちのセルマと、慣れた様子でツカツカと歩みを進める対戦相手の両名が、会場へと進行してきた。
「相手は2回戦のレースで第1位だった、ファリザ・ロギットさんですね。
かなりの実力者だったと記憶しています」
「言ってもセルマのことだから、何もせず負けることはねぇだろ」
「だといいんですけど……」
この緊張感の中で、彼女が実力が充分発揮できないんじゃないかと言うのが、心配だった。
相手は慣れた様子だし、一筋縄では行かないことは確かだろう。
「そろそろ始まるぞ……」
試合開始のブザーが、会場に響いた。
※ ※ ※ ※ ※
試合開始直後、一瞬の交錯、重なる一線────
一瞬の間に、勝負は決着した。
「マジかよ! あのセルマが!?」
観客のほとんどが状況を掴めない中、土煙が晴れたそこに残っていた影はひとつだけだった。
「セルマさん……一撃で……」
私もその勝負の早さに、息を飲むことしかできない。
会場全体が唖然とする中、確かに立っているその影はよく見覚えのあるものだった。
「勝った、わ!」
一瞬フラついた彼女だったが、倒れた相手の側でそう高らかに宣言をした。
ルーキーバトル・オブ・エクレア、3回戦第一試合。
勝者────セルマ・ライト!!
その声と同時に、アリーナ全体から爆発のような歓声が上がる。
誰も予想しなかった一瞬の大判狂わせ。
私たちでさえ、彼女がこの一ヶ月でこれほどまでに成長しているとは、思っても見なかった。
セルマの勝利で、激動の3回戦は幕を開けた────