船を降りた私たちは、ミューズの街に入り、4ヶ所目のチェックポイントを目指していた。
街に近づいてから聞こえていたけれど、地面を揺らすような大歓声が降りかかってきてきた。
「おおおぉぉ、何なんですか……?」
「エクレアとミューズ以外での直接の観戦は、禁止してるからね。
こうして規制できるところじゃないと危ないし邪魔になっちゃうでしょ」
確かに張られたロープの向こうでは、街の人々が私たちに声をあげている。
どの人も興奮した様子で怒号をあげていた。
「がんばれよ! 負けんな-!」
「もう少しだぞ! 一気に突っ切れぇ!」
沢山の人からこういう歓声を受けるのは始めてだ。
しかも奥ではモニターが設置されていて、あろうことか私のアッブの映像が映し出されている。
「なんだい? こう言う歓声をウケて、燃えるタイプなのか?」
「盛り下がるタイプです……」
まぁ、私を目的としている人なんていないだろうけれど、目立つことには慣れていないのでそれだけで身体が固まってしまう。
イヤな緊張感というやつだ────
「よくそんな手を降る余裕がありますね」
「まぁ、a級にもなると、任務で声援には多少慣れてるからね。それより彼女の方がヤバイんじゃあ、ないか?」
「あっ……レベッカさん、大丈夫ですか?」
しばらく視界に入ってこないと思ったら、後ろでレベッカさんが、顔を両手で押さえて付いてきていた。
顔色まで見えないけれど、耳が真っ赤なので見なくてもよく分かる。
「注目されるの、ニガテなんですか?」
「ぅん……」
「中継されてるのは大丈夫だったんですか?」
「な、なんとか……」
どうやらずっと、考えないようにしていたらしい恥ずかしがりの性格が、ここで爆発したようだ。
なんとか後ろから付いて来れているけれど、このまま他の参加者に襲われたらあまりに不憫だ。
「まぁ少しだけ我慢しておくれよ。ほら、見えてきたぜ」
ようやく4ヶ所目のチェックポイントが見えてきた。
私たちは急いで水晶を押し当てると、ゴールであるエクレアの正面門に向かうため、街の出口を目指す。
「街での戦闘は禁止されているけれど、追い抜かれることはあるわけだしな。
君がそんな状態なら、さっさと街を出た方が良さそうだね」
「そうですね、私もこの状況はやっぱりむず痒いです」
「でも、レベッカさん。街を出たらさすがに頑張ってもらわなきゃならないぞ?」
そう流し目でヒルベルトさんが言うと、彼女は顔を押さえながらも言った。
「わ、分かってる……! 今まで隠してた分、頑張るっ!」
※ ※ ※ ※ ※
ミューズの街を出て程なく行くと、すぐに見えてきたのは5ヶ所目、最後のチェックポイントだ。
「ようやく5ヶ所目、ですね。でもホントに4ヶ所目のチェックポイントのすぐ近くでしたね」
「この道に、誘導したかったんだろ。知ってる?
「知ってます」
この道は「恩恵の道」と呼ばれる輸入街道だ。
海の恩恵を運ぶための道だから、そのままそう呼ばれるようになったらしい。
ミューズで捕れた魚や輸入品なんかを、王都であるエクレアに届けるため、2つの街を一直線に繋いでいる。
「ここから先は、街までの一本道だ。
どうあれわざわざ戻ったり遠回りしたりするより、街まで一直線に行った方がいい」
「つまり必ず皆が、この道を通るってこと。だよね?」
2人が言うように、遠くに見えるエクレアの街までは、この道を行くのが一番早いだろう。
ならだれかに追い付かれる前に、ゴールまでたどり着きたい。
「じゃあ行きましょうか。なんとか間に合うといいんですが……」
「いや、テイラー。僕らはここでお別れだよ。オレたちが一緒にこの道を、ゴールまで進むことはないだろう」
「え?」
耳を疑って振り返ったが、ヒルベルトさんはいたく真面目だった。いつもの軽口ではないようだ。
そして驚いたことに、その横ではレベッカさんもそこから動いてはいなかった。
「2人とも、ここまで来てどうして────」
「エリーさん、水晶を見てみて?」
「あ……」
その時、自分の緊張感のなさを私はとても後悔した。
移動に必死で気づかなかったけれど、手元の水晶は16位を指していたのだ。
16位以内が3回戦進出というのが、このレースでの最終ラインだ。
ほとんど最後尾とはいえ、順位だけなら届いている────
「じゃ、じゃあなおさら早く行かないとっ。ここまで来たら3人で────」
「逆に言えば、このまま順位を落とさなければ、この試合は勝てる可能性が高い。違うかい?」
「そうですけれど……」
それは、言ってしまえば理想論だ。
今までたくさんの人を私たちは追い抜いて来たのと同様に、後ろから来た人に追い抜かれる可能性だってある。
チームの2人がゴールすればもう1人もそのしたの順位で勝ち上がり、というルールも無視できない。
この土壇場で、そうはうまく行くはずが、ない────
「だから、私とヒルベルトさんで止めるの、妨害するの。ここを通る人、みんなを」
「誰もここを通さない──は、正直無理でもまぁ、僕とレベッカさんで頑張って、君が勝ち残るくらいまでは奮闘してみせるよ」
「え……」
船の上で2人が何かを話し合っていた様子だったのは、この状況になることを予想してだったのか。
でもそれは、2人がゴールするより私を優先させることに他ならない。
「でも……でも、それはダメですよ……2人の大会のチャンスは────」
「そんなもの、もうどうでもいいよ。
生憎今のオレの行動指針は、勝つことよりも君に協力する事でね。
どういうわけだか彼女もそうみたいだし、ここはチームメイトってヤツを信用してくれよ」
「いや、もちろん信用してないわけじゃないんですが……」
そんなこと私ひとりのためにさせては、申し訳ないと思うのが本音だった。
先に行けるわけがない────
「まぁ、渋ると思ったよ。当然君ならそう易々と先に行ってはくれないことも、想定済みってね。
でも勘違いしないでほしいのは、オレは決して君のためにやることじゃないってことだ」
「まぁ、そうですよね……」
確かにここでヒルベルトさんが私のために譲る必要はない。
冷静に考えてみたら、彼はただ公共のために私に協力してるにすぎなかった。
「昨晩君の過去を見て協力すると決めたのは、確信したからだ。君がこの先に進むべきだってことを。
そうしなければいけない理由があること、代わりがいないってことも分かってる」
水晶から音声が流れているのでヒルベルトさんは確信に触れなかったけれど、その言葉の意味を私は確かに理解した。
私じゃなければいけない、勝ち残る必要がある────
「レベッカさんだって、そうだろ?
テイラーに協力するといいつつ、仲間を紹介してくれたお礼、だっけ?
究極的には自分が受けた借りを返すために、こうしている」
「そんな言い方……」
酷いな、と思ったけど当の本人は否定しなかった。
ただ来た道のその向こう、ミューズの街を見つめている。
本当は聞いてさえいないのかもしれない。
「誰も君のためじゃない。オレたちはそれぞれが自分のするべき事のために、ここに残るんだ」
「そう、ですか……」
言っても、ここまで来たチームの仲間だ。
向こうがどう思っているかは知らないけれど、少なくとも私は2人を信頼している。
その2人が、私に託すという手段を取ったのなら────
「やるの? やらないの?」
「や、やりますっ。お2人には申し訳ないけれど、せめて必ずゴールして見せますっ」
「よし、そうこなくっちゃなぁ! だってよレベッカさん!」
ヒルベルトさんが声をかけると、レベッカさんはビクッと肩を震わせた。
「ビックリした! へ? あー、なに?」
「聞いちゃいないし。緊張してんのか?
まぁ、テイラー。君がゴールしただろう頃には、オレらも追いかけるから安心しなよ。
案外オレたちの誰かが、次の3回戦で戦うかもしれないぜ?」
それはイヤだなぁ、と普通に思った。
2人とも、とんでもなく手強そうだ。
「じゃあ、早く行くと良い。オレも今からは集中したい、邪魔だから」
「そんな言い方しなくても……」
「しっしっ」
ヒルベルトさんはアッサリと別れを済ませたあと、ミューズの方を見据えて言った。
「いいの? このままお別れかもよ?」
「いいんだよ、オレのヤな予感は当たるんだ。レベッカ、気合い入れてくれ。
来るぞ、一筋縄じゃ行かなそうなのが……!」