瞬く間に準備時間の2時間が過ぎた。
「お待たせ……! 遅くなってごめん!」
「焦らなくていいよ、まだ少し時間はあるから」
「だ、大丈夫ですか?」
レベッカさんは、肩で息をしながらも大丈夫と手を上げて見せた。
それぞれが必要なもの街中からかき集めたが、何とか3人とも時間内に集まれてよかった。
とりあえず、どちらかが戻ってこないなんてこともあるんじゃないか────と思ったけれど、杞憂だったようだ。
「ルートの確認はいい? 解散前に最適ルート話し合ったよな。
忘れていたじゃあ、済まされないからな」
「はい、大丈夫です」
一応それぞれに地図は配られているけれど、紛失ということもある。
私はきーさんがいるから大丈夫なはずだけれど。
「じゃ、そろそろ行こうか。もう何組かの選手はスタート位置に到着してるらしい。
スタートからいい位置がとれなかったじゃあ、幸先が悪いからな」
※ ※ ※ ※ ※
スタート地点である門の前に来ると、すでに何組かのの選手が陣取りをしていた。
確かに試合開始を決める大事な一手だ、私たちも場所は慎重に決めなければいけない。
「お、あの辺とか良さそうじゃあ、ないか。
程よく前で他の選手もまだいない、オレたちが陣取りさせてもらおう」
ヒルベルトさんの言う通り、彼の指した場所は絶好のスタート地点のようだった。
まずはあそこを陣取りできれば、第一段階クリアと言ったところだろうか。
「そう言えばレベッカさん、私に協力してくれるって言ってましたけど、隊の人たちは良かったんですか……?」
「心配してくれるの? やっぱりエリーさんて優しいね」
いや、これは単純にレベッカさんに鎌をかけたいのと、後でレベッカさんの隊の人たちに恨まれるのが怖いからだ。
まさかそんな、レベッカさんから言ってきて恨まれるなんて────とは思うけれど、どうやらそういうゴタゴタに巻き込まれやすいのは、私の体質だと理解したので念には念をいれて。
「大丈夫だよ、ちゃんとみんなには了承得てるから。
それに、私たちいざ当たったら、お互い同じ隊だってことは忘れて、敵としてぶつかることにしてるの。
だから心配しないでよ」
「ふぅーん……」
まぁ、お互いがお互いの結果を個人で尊重するのは、立派なことだと思う。
そういえば、私たちの隊も同じような事を話していたけれど、私とスピカちゃんは乗り気ではなかったな。
「ほら、あそこにイスカがいるよ。おーい!」
続々と集まってきたスタート集団の、真ん中あたりにいたイスカが、声に気づいてこちらに手を降ってきた。
「イスカ? あの子も残ってたんですか……」
そもそも、イスカがこの大会に参加していたこと自体知らなかった。
基本私と同じ、事なかれ主義なのに、どういう風の吹き回しなんだろう────
「ん……?」
「どうしたの、エリーさん?」
レベッカさんに問われた私は、なぜ自分が首をかしげたのか、一瞬分からなかった。
今は始まる試合に集中しなければ、それだけでスタートが不利になる大事な場面。
でも、それ以上に気になることが私の中にあったということ、なのか────?
「2人とも、少し後ろの方からスタートしませんか?」
恐る恐る提案すると、2人はやはり怪訝な顔をした。
「どうしてかな? せっかく前の方の、いいスタート位置に来れたじゃあ、ないか」
「何か理由が?」
「なんか────イスカが企んでいるような……」
先ほどイスカと目が合った時、何となく感じた違和感────
このなんとも言えない
「企んでる? イスカが? 何を?」
「分からないですけど……」
言葉にはしにくい、強いて言うなら「長い付き合いでのカン」というヤツだろうか──?
「何となくでこんなわがまま言って、本当に申し訳ないんですけれど────」
「ほぉん?」
しかしヒルベルトさんはその場で背伸びをしてメガネのレンズを持ち上げながら、イスカの方を覗いていた。
近視なのだろうか────?
「いいよ、オレは。テイラー、君の考えに乗ろうじゃあないか」
「ホントですかっ??」
正直、何を考えているなかは分からないけれど、ヒルベルトさんに同意をえられるとは思わなかった。
レベッカさんの方を見ると、彼女もしばらく悩ましげに唸っていたけれど、決心をしたように頷いた。
「分かったわ、私も2人にのる。
そもそも、私エリーさんに協力するんだもん、ここで一緒に行かなきゃウソだから……!」
※ ※ ※ ※ ※
そして数分後予定の時間になる。
ついに、2回戦の参加者が出揃い、レースが始まるのだ。
私たちは集団の中でも、真ん中より少し後ろの方からスタート。
見ると、ギュウギュウと前の方の参加者たちが押し合っている。
スタート地点の門は、200人もの人間で超満員状態だった。
あんな中で押し合わなければイケないのは、どちらにしろこの辺からの参加でよかったかもしれない────
「では、始めようか。各々ベストをつくすように」
ザブラスさんのかけ声で、選手たちが一斉に静かになった────
「すんませぇ、すんませぇ! まだギリギリっすよねぇ、ザブラスの旦那?」
「………………」
ただ一人、後から来たナルスだけが大声で選手たちの一番後ろにつく。
まだ来てなかった選手もいたのか────
「アイツ、またバカやってるよ……」
「知り合いなんですか?」
「まぁ、いや、面識はないけどね……」
まぁ、あれだけ目立つ男だ。顔を知ってる人も多いだろう。
聖槍“レガシー”の任務の説明会の時に、わざと目立とうと大勢の前で質問していたのも彼だ。
「な、なんか凄い存在感の人が来たね……」
「いいえレベッカさん、あれは存在感じゃなくて能力ですね。
まーた変に目立とうとして……」
声を聞いた相手の目線を、誘導する能力だったか。
一時期、そのせいで私に絡んできて、とても迷惑だったのだけれど────
「オイオイオイ、まーたオレっちの能力を無視する不埒者が────」
「エリーさん、知り合い?」
「無視無視、始まりますよ」
後ろの方でごちゃごちゃ言うナルスを軽く睨み付け、ザブラスさんは軽く咳き込んだ。
「お前への
「は、はィ……」
しぼしぼと、ナルスは黙ってゆく。
今回はそんなに絡まれなかったので一安心だ。
「では、正面門の開門と同時に開始とする────始め!」
ザブラスさんのよく通る声と同時に、街の正面門が開いた。
押し寄せて重なる先頭集団。
前に出ようともがくが、人が邪魔し通れないその後ろの集団。
そして、真ん中の集団の隙間から伸びる緑色の何か────
「“ピックアップ・マダー”!」
「っ────!」
突然、先頭を走り始めようとした選手たちが、次々に緑色の触手のようなものに、絡めとられては動きを封じられている。
前が混雑しているため、まだ一歩目を踏み出すことも出来てない私たちは、すぐ後ろでその地獄絵図を眺めていた。
「うわ、凄いな。君らの知り合い、中々やるじゃあ、ないか」
「えええ、エリーさん、あれもしかして……?」
突如集団の中に発生した、大量の植物のせいで、選手たちは大混乱だった。
冷静に対処している選手は、ごく僅かだろう────
「えぇ、多分なんかの植物ですね……」
あいにく私も、開始早々こんな鬼畜でイヤらしい
よく目を凝らすと植物の中心で、ご機嫌な小鳥のように踊る、知り合いの姿がチラリと見えた。
「はいはい、いかないでぇ。うふふ僕といいことしましょ」
イスカだ────