東の空が赤く染まって、朝がもうすぐ来ることを告げていた。【BJ】はどこに────
「レベッカ危ない!」
「────っ!!」
下からのソニアの声、見ると“ねばねば”が触手を伸ばし、こちらを捉えようとしてきた。
確実に届くっ────!!
「うわっ!! なんか来てるよ!!」
「ライル君下がって!! “
慌てて触手の勢いを殺して退けようと試みたけれど、思ったよりも力が強く、少しずつギリギリと距離が縮まるまる。
顔が────溶かされる!
「くっ、ダメ! ライル君ごめん急に動くよ! “
「ぐぴゃっ!」
上方向に重力をいじって、触手から距離をとる。
でもすぐに飛び退いた反動で、うまく止まることができない。
私たちは無重力の中、空中をグルグルと回る。
「めーがーまーわーるぅっ!」
「が、我慢して!」
やっと止まった────
体勢を直して見下ろすと、今度は2発3発4発目の触手が延びてきた。
横、下、斜め上────!!
動きを見ながら、なんとか全てを交わしていく。
でもこれ長く持たない!!
「早く距離をとらないと──みんななんとかして!!」
「言う程出来たら苦労してねぇよ! そぉらっ!」
ロイドは屋敷の瓦礫から持ち出した大きな柱を、“ねばねば”に叩きつけた。
べちゃっという音を立てて飛び散った黒い塊は、しかしすぐにもとの形を成して行く。
さっきから下でもみんな頑張ってくれているけれど、それでもこちらに手が及んでしまうほどギリギリなんだ────
「めんどくせぇ液体だ。ご主人様のためか?
それともあいつらがうまそうだからってか?? おっと────」
延びてきた触手が、捕まえた賊の2人へ延びて行く。
ロイドは先回りして彼らを遠くへ蹴飛ばすと、体勢を立て直してチッと大きく舌打ちをした。
「関係無さそうだな。そこまで考える頭が、あるかどうかも怪しいぜ」
どうやら“ねばねば”は周りの生きてるものを積極的に、自動的に狙ってるみたいだ。
距離さえとれれば逃げれるけれど、こんなに攻撃が激しくちゃどうしようもない────
「イスカぁっ! どうにかしろ!」
「こんなときだけ僕? ひっどーい。
でもこんな事もあろうかと、策は講じてますけどね」
そう言ってイスカは延びてきた触手を一本振り払った。
触手の方向は逸れたけれど、代わりにイスカの
「イスカっ!」
「だ、だいじょーぶ────ちょーっとだけ、キツいけどね……
そ・の・代・わ・り・頼んだよん、スーパーアイドルさん」
腕を押さえるイスカの後ろで待機するのは、両腕で喉を押さえたソニアだった。
目をつぶったままジッ、と動かない。
「それで遊んでるだけだったら承知しねぇぞ!」
「ウチのソニアは約束は護るタイプだよ!
見てるだけなんて出来ないって言ってたでしょ!」
上空への攻撃を防ぐ手立ては難しくても、地上なら猛攻を何とか出来る。
ロイドがスピードで注意を逸らし、イスカが回復する腕で延びる触手を振り払い、即興のコンビでソニアを護る。
「あっ、【ソウル・オーダー】を使うんだ────」
「なぁにそれ??」
前に教えてもらった、ソニアの固有能力だ。
彼女の声は力を込めることで、魔力波となり、波動となり、生き物や聖霊の心に届く。
例え音を聴く気管がなくても、生き物ならばその命令は絶対。
そしてその言葉は、命令の難易度や溜める時間に関係するらしい。
いわば【強制的に言うことを聞かせる能力】────
「限界だ畜生っ! まだかソニア!」
「ソニア、そろそろキツいよぅ!」
即興のコンビでソニアを護る2人、しかし防戦一方の闘いは限界を迎えようとしていた。
あと少し──あと少し──あと少しで────!
「っ────!」
「出来たんだねソニア! やっちゃえ!」
両足を開き、目を見開き、その照準を“ねばねば”に合わせる。
そしてソニアは溜めた魔力とアイドル活動で鍛えたその声量の全てをもって、叫んだ。
「“
瞬間、凍りついてしまったように“ねばねば”の伸ばしていた触手が動きを止めた。
ソニアの命令が届いたんだ────!
「レベッカ! ライル! 溜める時間が短かったからそこまで長くは持たないから! ここは任せて!」
「分かった、行くよライル君!」
私たちが【BJ】を追いかけるには充分な時間だった。
離れて行く“ねばねば”を背中に、私たちはイスカの言う南の方向へ進んだ。
※ ※ ※ ※ ※
「ねー、全然見つからないよー」
「見つからないね……」
「もう遠くに行っちゃったのかなぁ?」
「まだのはずだよ、多分だけど……」
ソニアたちと別れてしばらく、私達は【BJ】を探して空を飛んでいた。
でもどこかへ隠れてしまったのか、彼は中々見つからない。
そして集中して目を皿のようにしているのに、横でライル君はさっきからとてもうるさい、とにかく話しかけてくる。
いっそこの人、ここで下ろしちゃおうかな────
「あ、いた」
「うるさいなぁ……えっ、どこっ!?」
「ほらあそこ隠れてる」
ライル君の指差す方向を見ると、確かに燃えた家の軒先から、そっと身を隠すように【BJ】が拠点にしていた屋敷の方向を覗き込んでいた。
自分だけ安全圏にいるからって余裕綽々だ。
「っ────? ちっ、追ってきやがったのか! テメぇ能力持ちかよ!」
「あ、見つかった!」
隠れて距離を詰めようと思った矢先、見つかってしまった。
逃げ出す相手を、私はスピードを上げて追った。
「待てっ!」
「ぐえぇ……」
「ライル君ちょっと我慢してね!」
【ロード・コンダクター】は、自分の周りにかかった力の方向を変える能力だ。
重力を操作すれば、自由に空を飛ぶことも出来る。
ただ激しく動くと自分以外は振り回されることになるので、こういう
それでも地面スレスレを追ってすぐ目の前に【BJ】を捉える。
能力の範囲にさえ入れば、動きを止められるのに────
「もう少し────なっ!」
突然、目の前を走る【BJ】が不規則な方向に跳んで、脇の家の壁を蹴った。
そして更に反発する力でこちらに迫ってくる。
「はっはぁぁっ! かかったなぁ!」
「
攻撃を止めきれず、敵の拳が胸に直撃する。
威力は弱まっていても、それは私を叩き落とすには充分だった。
一緒についてきていたライル君と地面を転がる。
「いたた、おねえさん! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよ、う、うん……うぅ……」
何とかライル君の肩を借りて立ち上がる。
威力を押さえたはずなのに大分効いてしまった────
「オレはなぁ、そこいらのゴロツキとちげぇんだよ。
魔力をバネのように反発させる能力【スプリング・リパルション】だ。でも意外と効いてねぇなぁ?」
「固有能力の名前を知ってる────
じゃあアンタ、盗賊とか山賊とかの技じゃあ、ないの……?」
「ふん……?」
固有能力の名前を知ることが出来るのは、この国で唯一能力監査局の本部だけ。
身分を証明できない
そして彼が自分の能力の名前を口にしたと言うことは、彼がただの人攫いじゃない可能性があるってことだ。
「オレたちが誰さんだろうと、今から死ぬお前たちには関係ねぇよな?
もうソニアも手に入らない以上人質も止めだ、追ってくるお前らはいまここで潰す。
ほら、望み通り範囲に入ってやるよ」
【BJ】が、ジリジリと近づいてくる。
タイミング良く弾かなければ、きっと今度こそあの強烈なパンチを捉えることが出来ずにやられてしまう。
バネの力でどこから来るか分からない攻撃────集中して、集中して、なんとか防がないと────
「やっぱりね……」
「ライル君?」
私が【BJ】と睨み合う中、隣でよっこいしょとライル君が立ち上がった。
彼もまた、強く敵を見据えている。
「おじさん、まだそんなことしてたんだね。ハムロレイ隊長、悲しむよ」
「はぁん……? テメェ隊長を知ってんのか?」
私に向いていた【BJ】の鋭い目線が、ライル君に移った。
それでも彼は怯むことなく敵を睨み付ける。
「────はっ、よく見たらテメぇ【暴食】か……
役立たずの穀潰しが今度はコイツらに居候か?」
「オイラはバカだからよく分からないけど、みんながいけないことしてるのは分かるよ」
「ほざけ……」
何やら因縁ただならぬ空気が2人の間に流れる。
お互い知り合いだったというわけではなさそうだけれど────
「ごめんねお姉さん、やっぱりここにいて」
「えっ……」
ライル君が肩の力をそっと抜く。
支えられていた私は、体勢を保てずにそのまま地面に倒れた。
「ライル君、何を……」
「おねえさん、ここまでありがとね。
そういえばパスタのお礼まだしてなかった。
ちょっと──ちょっとだけ、オイラ頑張るよ」
止める私を無視して、ライル君は【BJ】の元へ近づいて行く。
「みそっかすが、テメェを殺らなきゃいけねぇなんて俺様も落ちぶれたぜ」
「み、みそっかす??」
ライル君は言葉の意味がよく分からなかったようだけれど、悪口を言われたのは分かったらしい。
さらに激しく相手を睨み付けると、そのままその場に────吐いた。
「オエエっ……」
「うわっ、汚ねぇ! テメェ何しやがる!?」
驚いた【BJ】は、慌ててその場から飛び退いた。
「ええぇ、ばっちぃ……」