第93話 異邦人

不意に彼はあらわれた。


扉屋から来た訳でもないらしい。

彼は、そこにいた。


彼は空っぽな異邦人。

何も持たない異邦人。


異邦人は歩いた。

歩いて、目線あたりに何か揺らめいているのを感じた。

手を伸ばす。


「ひゃっ!」

そこから声がした。

「おどかすな!」

異邦人はそこに、色を持たない魚を見た。

「妄想屋の奴が、変わった風が吹いたとか言ってたら…お前のことか?」

異邦人は何の事かさっぱりわからない。

「お前…生体系でも電脳系でもないな。何なんだお前?そこにいることははっきりしてんのに」

さらに何の事だかわからない。

「番外地のスカ爺の言うところの、ゴーストってやつか」

色のない魚は勝手に納得した。


「なぁ、お前も色がないんだな」

異邦人は何も持っていない。

色も、声も、何も。

「色を持たない俺、何も持たないお前。なぁ、ちょっと一緒にこの街歩かないか?」

異邦人は、断る理由も見付からないので、頷いた。


異邦人は何もわからない。

しかし、混乱するほど知恵らしいものもない。

まだ、空っぽだ。

この街の空気が、斜陽街の空気が、

自分にとってなんなのかもわかっていない。


ただ、色を持たない魚の言う言葉はわかる。

意味は時々わからないけれど。

取り合えず、しばらく一緒らしい。

そこまでは異邦人にもわかった。


「お前、記憶喪失なのか?」

異邦人は、その言葉の意味はわからない。

「いや、何だか違うな…元々空っぽな感じだ」

色を持たない魚は、勝手に撤回した。

「とにかく、俺は俺の気に入った色を探しに行く。お前も一緒に何か探してみろよ」

そこで色のない魚は、ふと思い当たった。

「一緒にいるのに、名前ないと不便だな。俺も名前ないし…そうだな…」

色のない魚は考える。

「俺は色を探すから、色で『シキ』だ。お前は空っぽだから、空で『クウ』だ」


魚のシキと異邦人のクウは、斜陽街を当てもなくゆっくりと歩きはじめた。