第73話 強盗

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

鷹の彫られた扉の向こうの世界の物語。


ある大きな宝石店に強盗が入った。

店主が警察に通報をする前に、

強盗の二人組は店をあとにして逃走していた。


たった二人だ。


逃走するうち、ある路地裏で、

二人は顔を隠していたサングラスとマスクを取り払った。

「ふぅ、息苦しかった」

そう言ったのは女だ。

気の強そうな、きりりとした目をしている。

「ヤジマさん、こんなところで顔見せて大丈夫ですか?」

「どうせ顔はわかってないって。今更だよ、キタザワ」

キタザワを呼ばれた男の目はたれていて、

ちょっと頼りなさそうだ。


「とりあえず、ジャケット脱ぎ捨てればある程度時間は稼げるかな」

路地裏に目立つジャケットを脱ぎ捨てる。

そして、宝石がたんまり入った鞄を持って路地裏を飛び出した。


路地裏を飛び出せば、そこは繁華街。

さっき強盗したばかりで、

警官がうろうろしている。


そのうちの一人の警官とすれ違った。

ちょっとぶつかった。

「あ、すみません」

気の弱いキタザワが謝る。


ビー!ビー!

警官から、けたたましい警告音。

何かに反応したらしい。

ぽかんとしたキタザワの首根っこを捕まえ、

ヤジマが走り出す。

ヤジマの直感がヤバイと告げていた。


「こいつらだ!」

「追え!」


大声で呼び集められ、警官がわらわら集まってくる。

「な、なんで!どうして!」

「声質で反応するやつ導入したらしいな…くそっ!お前の所為だからな!」

「す、すみませんヤジマさん…」

「いいから走れ!」


この国の言葉の、よその国から見れば異国の、

あまりにもたくさんの看板看板、

密集した店。

夜の繁華街の、たくさんの人口の光。


そこをヤジマとキタザワは駆けていく。

警官の追っ手を振り切るように。


それでもやがて、警官との距離は縮まっていく。

ヤジマとキタザワが疲れたのもあるし、

警官が鍛えられているのもあるだろう。


ヤジマも諦めかけた。

(ここまでか…)


その時、視線を移したヤジマの目に、

鷹の彫られた扉がぽつんとあるのが見えた。

(あの扉をくぐれば時間が稼げるかもしれない!)

逃げられるのなら。

「キタザワ!あの扉まで走れ!」

キタザワは頷くことで答え、

二人は最後の力を振り絞って走った。


乱暴に扉を開き、なだれ込み、ばたんと扉を閉めた。


荒い息をついている二人には、

警官の足音は聞こえなかった。


ただ、たくさんの扉の中で、爺さんが鑿をふるっている音だけがした。


風が吹いた。

斜陽街の風が吹いた。