第8話

 目が覚めると、真っ暗闇の中だった。時間を確認すると、深夜二時。店長は家に帰る訳でもなしに、俺のことを見守ってくれていた。そこに言葉はなかった。何故なら、店長本人も寝てしまっているからだ。オートスリープモードが発動したから心配になったのだろうか。

 マリーはとっくに寝たらしく、規則的な寝息が聞こえてくる。恐らく彼女もスリープモードなのだろう。このままこの場から去ろうか。しかし、この時間では終電がない。申し訳ないが、始発まで待たせてもらおう。

と、考えていると左腕が光った。同時に音声が流れだす。

「マスター、問題はありませんか」

 235の声だ。思いの外大音量だったのでマリーが起きないか心配だったが、寝息はまだ聞こえているので大丈夫だろう。

「問題ない。お前今どうしてるんだ、司の家か?」

 マリーを気遣い小声で話す。

「はい。マスターの現在位置はこちらで把握しているので報告は不要です。くれぐれも変な気は起こさないように気を付けてくださいね」

「起こさねぇよ!」

 そもそもそれを行う器官もない。「では明日には必ず家に帰ってきてください」と一言残されて通信は切れた。

 ____マリーの隣で寝顔を観察してみようか。

 ふと思いついてしまったが、良いのだろうか。いや、これはマリーではない。よく似たアンドロイドだ。寝ているマリーの顔を少し見るだけだ。そう思い罪悪感を打ち消す。目を暗視モードに切り替え、彼女の寝顔を覗き込む。

「可愛いな……」

 思わず独り言をこぼす。想像の斜め上を行く可愛さだった。薄い唇が、すぅすぅと寝息を立てている。そして正気に戻ったが、完全に変態のすることだ。自己嫌悪に陥るが、やってしまったことは仕方がない。バレている訳でもないんだし。

マリーの頭をそっと撫でる。当然何の反応も返ってこないが、それでいい。


 結局寝顔を見ていただけで一夜が明けた。そろそろ起床時間だろうと思い、電源コードを抜く。そうしたら、「おはようございます、秋さん」と声が聞こえた。それは間違いなくマリーのもので、いつから起きていたのかとかきもしない汗をかいた気分になる。

「お、おはよう……」

 気まずさから、声のトーンが低くなる。俺は罪悪感で、調子が乱れまくりだ。

「おはようの挨拶は、私の国ではこうなんですよ。……じゃあ、目を閉じてください」

「あ、ああ……」

 言われるがままに目を閉じると、口に何か柔らかなものがあたった。それが何かはわかるが、脳の処理が追い付かない。

 脳がオーバーヒートしてまた俺は『緊急スリープモードに入ります』という音声と共に意識を手放した。