「力を貸してほしい理由は?」
「風月先生と手合わせしたいからです」
一本槍の理由にいい顔をしないどっちゃん。
あの時力に溺れるなと注意したのにとぶつぶつと独り言。
「あの時の風月先生の殺意は僕にも向いていました、いや殺意と言うよりも興味と言うべきでしょうか」
「いや~あんなの見たら興味も沸くよ~」
「しかしなぁ……うーん」
「あ、どっちゃん、渡し忘れていたけど」
迷っているどっちゃんに、縁は袖の下を渡すように近づいた。
鞄から一升瓶に入ったお酒を取り出し渡す。
渋い顔しながら受け取ったどっちゃんは、ラベルを見て目を見開いた!
「ばっ! お前これ! どうやって手に入れたんだよ!」
「それはこの間のお礼だ」
「おいおい、お釣り出るぞ?」
「そのお釣りで一本槍君のお願いを頼むよ」
「……しかねぇなつまみも付けろ、対価無しでやってやる」
縁は鞄からブルーシートを取り出して地面に敷いた。
ついでにジュースとお菓子も出す。
どっちゃんと生徒達はそこへ座った。
「そのお酒ってそんなに凄いの?」
「風月先生、それは『
「お~久城流石に詳しいね」
「はい、その神様は普段だらけています、しかし作る酒は正に神の領域で、飲むと色々な味に変わるとか」
「ほ~……そんなに凄いの縁?」
「見た目は米のお酒、だが飲んだ者の思考で七変化だな」
「つまり?」
「ワインと思えばワイン、ウィスキーと思えばウィスキーさ」
「とりあえず凄いんだね」
どっちゃんは豪快に一升瓶をラッパ飲みし始めた。
一旦口から離すと満面の笑みをしている。
その後両手で拍手するように叩く。
一本槍は眩い光に包まれいき、大人になっていた。
白い上下のジャージに、白い長いハチマキに指ぬきグローブ。
ジャージの背中の部分には、トライアングルとその中に風が吹いている草原を走る兎のマークが描かれている。
「ほれ、やるなら早くしな」
「いや待ってくれ……風月、ここは一つお前も強化してみないか?」
「強化? どっちゃんに頼むの?」
「いや、俺の力だ」
「ほほう? 面白そうじゃん」
「んじゃ渡すぞ」
縁は風月の肩に触れると白い光が移動する。
そして風月の頭に白いウサミミが生えた。
「おお、これが縁の力」
「少しだけだがな……使えるか?」
「運がいいから大丈夫~ま、詳しい話は後だね~」
ご機嫌な風月と険しい顔をした一本槍が移動する。
そしてお互いに向かい合った。
風月は殺す気満々の顔付きにになる。
「殺し合おうか」
風月がそう言い放った瞬間、一本槍の素早い不意打ちから始まった。
一本槍は風月の背後から飛び蹴りをして、鈍い音が辺りに響き渡る。
その攻撃も移動も尋常じゃない速さだった。
「なるほど、運がいいとはこういう感覚なのか」
「手応えがあるのに効いて無い!?」
風月はゆっくりと振り返り、一本槍は距離をとった。
攻撃が効いてない理由は縁の加護だろう、運がいいからだ。
一本槍もその事は直に理解して、どう攻略するかを考えた。
縁が口うるさく言っていた『神の弱点は気持ち』と。
風月は『何故効かないを考えるよりも、殺せる方法を考えろ』と。
自分の先生達が常々言ってきた事を踏まえて、これしかないと一本槍は走り出す構えをした。
「ほう? 未来のお前は――」
「界牙流……ただの蹴り」
喋っている風月が吹き飛ばされた。
一本槍は風月にも負けない速度で蹴ったのだ。
最初の不意打ちは目でも追えた。
しかし縁達が見たのは、蹴り終わった一本槍と吹き飛んで転がっている風月。
界牙流ただの蹴り、二代目が考えた必殺技。
純粋に己の気持ちを込めた足で蹴るだけの技だ。
威力は風月に怪我させていたのだ、血を流したのだ!。
その証拠に風月は立ち上がったと同時に、口から血をぺっと吐いた。
ふっ飛ばされた時に口を切っただけかもしれない。
事実はどうであれ、風月に血を流させてのだ。
どっちゃんは1人で酒盛りしていて見ていない、生徒達はは啞然としている。
縁とツレは啞然ではなく驚愕していた、あの風月を怪我させたのかと。
「無駄なお喋りはしないと教わりましたよ?」
「二代目奥義をその程度の反動で済ませるか」
「……それでも代償はちょっと大きいです」
よく見れば一本槍は血を流していた。
少量だが目、鼻、口、耳と、そして身体を震わせている。
縁が以前使った時は、口から血を流して死にそうだった。
むしろ神じゃなかったら反動で死んでいた。
それと比べると未来の一本槍の凄さがわかる。
「治せ、待つ」
「はい」
一本槍はその場に座り深呼吸を始めた。
風月の方は既に怪我が治っていた。
この数十秒の間にとっとと治したのだろう。
しばらく瞑想した後に一本槍は立ち上がる。
血は止まり、震えもなくなっていた。
「見事だ、こい」
「絶滅演奏体術! 根ぜ――」
「界牙流・
一瞬で夜になり、見事な満月が空に浮かんでいる。
一本槍は技を出すのを止めた。
確認するように声を出したり、手を叩いて音を出している。
名前から察するに音に干渉する技なのだろう。
「演奏術も界牙流も私の技術だ」
「来い! 継続!」
一本槍はそう叫んだ。
鉢巻きを巻いた兎が現れ、背後から風月の首を狙っている!
しかし。
「兎術は私の旦那の技術だ」
先程地面に吐いた風月の血が兎の形になる。
血で出来た兎は一本槍が呼んだ兎に襲い掛かった。
結果として、2匹で取っ組み合いの喧嘩をしている。
「私をがっかりさせるな」
「まだです!」
一本槍は左手で右手を掴んだ。
風月は特に止めもせずに見居てる。
「……」
一本槍の右手はどんど赤くなっていく。
槍でも構えるかの様に、右手を突き出した。
風月が一瞬だけニヤリと笑い元の表情に戻る。
「面白い、来い」
「赤鬼の一本槍!」
ただの蹴りと同様、一瞬で技は終わった。
おそらくは右手で風月を突いたのだろう。
風月の右手は切り傷だらけで、見てられないレベルだ。
身体のあちらこちらにも、衣服が切れてそこから血が流れている。
見るからに重症だ、それでも風月は涼しい顔で立っていた。
特に痛みがらずに風月は振り返るった。
風月の少し離れた場所に一本槍は立っていた。
技を出す前から見て、直線状に居る。
「ぐっ! ごふぁ!」
風月と同じ身体の傷を受けて一本槍はその場に倒れた。
血を吐いて死んだように倒れている。
どっちゃんは呆れた顔をしていて、生徒達がざわざわとしている。
ここで取っ組み合いの喧嘩をしていた兎達も消え、空も元に戻った
「界牙流・恨み風……ここまでにしようか」
風月の言葉を聞いた縁は鞄から白い宝玉を2つ出す。
1つを風月に向けて投げた、それを左手で受け取る。
あっという間に傷は無くなった。
「その力は斬銀か? となればお前はこれからその技術を学ぶのだろう」
「大丈夫か一本槍君、はしゃぎ過ぎだ」
苦笑いしながら一本槍に宝玉を握らせると、あっという間に傷が治った。
そして一本槍の姿も元に戻った。
「ありがとうございます縁先生」
「いや~この私を怪我させるとは凄いよ! これは負けてられないね!」
風月はひょいと一本槍を立たせて、嬉しそうにペシペシと肩を叩く。
「風月先生、今の僕の力ではありません」
「戦い最中には関係ないね~ただ後先は考えときなよ」
「はい」
「えに先生ー! どっちゃん達が絶句してるっす」
ツレは見慣れているからか何時も通り。
サンディのクラスの生徒達が、なんやかんやと話している。
「なんつーか、風月先は最後の一撃で認めた感じだな、それが無かったら死んでたな」
「死神見習いが魂の運送はしたくないっすね~」
「なあツレ、お前んとこは何時もこうなのか?」
「そうっすねダエワ君、流石に毎度毎度こうじゃないっすけど」
「お前らのクラスが人数少ない理由が分かったぜ」
「いや、陸奥が可笑しいだけで他の皆はそれほどでもないっすよ」
「他の奴らは手加減してもらってるのか?」
「そりゃそうっすよ! 何かの試験なら分かるっすけど、授業で殺し合いはしないっすよ、普通は」
「……そりゃそうだよな」
生徒達がそんな話をしていると、縁はどっちゃんの所へ行く。
「どっちゃん、ありがとうな」
「縁、いや風月か、マジな殺し合いは勘弁してくれ」
「いや~ごめんよ~未来の努力した姿っていうから、知らない技に期待してさ~」
「どっちゃん、未来の記憶とかも一時的にあるのか?」
「いや、力だけだ」
「本人に聞けばいいのか、一本槍君どんな感じなの? 知らない技術を使うのは」
「僕の感覚で言わせてもらうと、使い方を知っていました」
「なるほど~? 物心が付いた時には、身体が動かせたり声が出せたりみたいな感覚?」
「はい、それに近いですね」
「んじゃ、そんな訳で本日の授業はここまでにしましょ~」
「そんなテキトーでいいかの?」
「わたしの体内時計は適当さね~」
風月は自分のお腹を軽く叩いた。
上手いこと言ったつもりなのか? と縁は苦笑いをしている。
「あの風月先生、このまま残っても大丈夫でしょうか?」
「それは構わないけども、どっちゃんは?」
「いいよ、久城は見ていて退屈だったろ? もうちょっと神社を案内してやろう」
「ありがとうございます」
「他の奴らはどうするんだい?」
「私も残ります、この機会を逃すと次はいつになるか」
「俺も残る、地獄に帰っても説教と手伝いが待ってるからな、ツレ達はどーすんだ?」
「付いて行くっす」
「僕もお供します」
「んじゃ、まずは片付け開始~」
皆でブルーシートやらお菓子をささっと片付けた。
「あたし達は帰ろうかね~デートなんで」
「お疲れ様です、縁先生、風月先生」
一本槍の言葉で生徒達は次々に頭を下げていく。
「どっちゃん、生徒達をよろしく」
「ああ、お疲れさん」
縁と風月はそよ風を残して消えた。