縁を排除しようと襲撃? してきた賊はいとも簡単に返り討ちにあった。
例え一般人だろうが容赦無い2人。
殺し合いの世界で生きていたからこそ、容赦も油断もしない。
そんな2人は、店に戻ろうと来た道を帰っていた途中。
「そうそう、何を呆けていたの?」
「それは、スファーリアさんの音が綺麗だと思いまして」
「は、はぁ!?」
スファーリアは立ち止まり、振り返って縁を見る。
その顔は本当に驚いていて、ちょっと恥ずかしがっている様にも見えた。
「え? そんなビックリします?」
「それを言われてのは初めて」
「そうなんですか、なんて言うか……心に響きました」
縁は自分の素直に話しているだけだろうが、スファーリアは疑いの眼差しで見ている。
「……ナンパ?」
「なんでそうなるんですか、俺は貴女の音が綺麗と言っただけですよ」
「私、音人」
「おんじん?」
「身体と心は音で出来ている」
「つまり、音を褒めると貴女を褒める事になると?」
「そういう事」
「では……どういえばいいのか」
口説いているつもりは本当に無いようだ。
スファーリアは真剣に悩んでいる縁を見てため息をする。
「でも貴方が本心で言ってるのはわかる」
「わかるんですか?」
「声も音だから」
「なるほど」
「それで、綺麗と思って?」
「いや、ちゃんとした演奏を聴いてみたいなと」
縁の言葉に更に驚いた顔をするスファーリア。
彼女が感じ取った縁の声、つまり音は噓偽りが無かったからだ。
驚きっぱなしの彼女に縁は首を傾げている。
「初めてだわ、私の演奏を聞きたいなんて言った人間は」
「半分は人間ですね、もう半分は神です」
「なるほど納得した、数多の負の音に潰されないのは神の力か」
「恨まれて当然の事をしてきましたから」
「でも私が聴く限り少々的外れの音ね」
「わかるんですか?」
「ええ、貴方は妹さんを守っただけでしょ?」
縁は言い当てられて驚いた顔をする。
その顔は『何で知っているんだ?』と言わんばかりだ。。
「ごめんなさい、詮索してしまった」
「ああいえ……よくわかりましたね」
「音は本質を表す」
「つまり隠し事は出来ないと」
「いえ強い音だけよ、お母さんなら容易いかも」
「……最近は人を殺すのに疲れました」
酷く疲れた様に言い放つ縁、スファーリアはそれに対しては特に顔色を変えなかった。
「どうして?」
「妹を守ってる時はよかったんですよ、向かってくる奴らを葬ればよかった」
「ふむ」
「妹絡みのいざこざは……世間的に終わったんですよ」
本当は許せないだろうと感じるスファーリア。
だが縁の声は、それから開放されたがっていた。
許せないがもう対処するのが嫌だ、矛盾しているが彼はもう疲れたのだろう。
「簡単に説明してくれる? 何があったの?」
「……妹は不幸の神だというだけで、誹謗中傷に合いました」
「なるほど」
「それがドンドン大きくなっていって、戦争まで発展して、取り返しが付かない頃には……最初に騒いでいち奴らは居なくなってた」
それを語る縁の声は『つらい過去』が有った声色をしていた。
スファーリアは縁の声を聞いて全てを悟り、怒りをあらわにする。
音を感じ取れるからこそ、縁の様々な『強い思い』を感じとったのだろう。
「絶滅しましょう」
「え?」
スファーリア表情は無表情だった。
しかしその声色は同情と言うより、自分が気に食わないから。
絶滅という言葉の中に込められていそうだった。
縁も様々な経験をしてきたからこそ、その言葉を感じて驚いた。
彼女が本気で怒っている事に。
「真っ当な指摘ではないんでしょう? 下手に残すからまた沸く」
「ええ……でも俺も疲れたんです」
「あら」
「少し前に説教されましてね、色々と痛い所を突かれまして」
少し照れくさそうに縁は笑い、言葉と表情からスファーリアも少しだけほほが緩む。
「そのお説教が効いたのね?」
「はい、妹の幸せは願ったけど……自分の幸せは考えた事無かったなと」
「なるほど、つまり貴方は変わりたいのね?」
「ええ、難しいでしょうけど」
「それじゃあ先ずは形から入りましょう」
「形から?」
「安易だけど白い服装にしてみたら?」
「白ですか」
縁は自分の着ている黒いジャージを見た。
自分が白色を着る、想像がつかないのか苦笑いをしている。
そんな事は気にせずにスファーリアは言葉を続けた。
「汚れが目立つでしょ?」
「ああ、この血塗れは人の怨念みたいなものです、実際に血塗れではありません」
「……なるほど、なら私も貴方を信じてみようかしら」
「え?」
「私の音が好きと言ったお礼、負の音より正の音を大きくすればいい」
「確かに俺を信じてくれる人達が多ければ、元の身体になるかも」
「なら拝んでみよう」
「いや簡単に……ん?」
唐突に拝み始めたスファーリアに、どう対応すれば困る縁。
いやいやと右手を振った、その時視線に入ったのだ。
「お互いに便利ね? 恨みが身体に現れるなら、信頼も現れるのかしら?」
そう、右手だけ汚れの無い手をしている。
スファーリアの仮説が正しければ、縁を信頼している人達が居るという事だ。
縁は慌てて右手のジャージをめくった。
手首までだったが普通の手をしている。
縁は信じられなさそうに、ジャージを元に戻した。
「何で右手だけ? 気付かなかった」
「貴方を大切にする音は強く多く聞こえる、信じてる人達は沢山居る、というか」
スファーリアは縁の瞳をじっと見た。
縁は見つめられて戸惑う、彼女の瞳に吸い込まれそうな輝を感じたからだ。
ついつい縁は目を逸らしてしまった。
「お説教してくれる人が居るなら、貴方は大事にされてる」
「そ……そうですね、元から右手だけこうだったのか?」
「なら気付けてよかったじゃない」
「はい、おりがとうございます」
縁は左手で大事そうに右手をおおい、それを見てスファーリアは笑うのだった。
「そういえば、名乗ってませんでしたね」
「私はスファーリア」
「俺は縁と言います」
「よろしく、縁君」
スファーリアは右手を縁に差し出した。
縁は戸惑う、自分に握手を求める人物が居なかったからだ。
だが直に意を決して握手に応じる。
「はい、よろしくお願いいたします、スファーリアさん」
縁はスファーリアと握手をした。
この握手は2人の人生の分岐点になるだろう。
この出会いが互いの始まりなのだ。
握手を終えた2人、縁はウサミミカチューシャを付けて元の黒いジャージ姿に。
2人はあまり会話も無く店に向かう、店内は相変わらず賑わっていた。
縁達に気付いたドレミドが、凄く嬉しそうにニヤニヤとしている。
ドレミドの実力ならば、2人に何が起きたかお見通しだろう。
スファーリアが小走りでドレミド近寄っていく。
「あらあら、お帰りなさい~」
「お母さん、何か知ってるわね? 後で洗いざらい吐いてもらいます」
「知らないわよ~」
ワザとらしく口笛を吹いているドレミド。
縁はカウンター席の内側に戻ってくると、ルルに首根っこを軽く捕まれた。
「縁ちゃん、今日はもうあがっていいわよ」
「え?」
ルルは縁の耳に口を少しだけ近づけて、こっそりと話し出した。
「スファーリアちゃんに一目惚れしたんでしょ? 今の内に交流しときなさい」
「何を言ってるんですか」
「あら、サキュバスなめんじゃないわよ?」
「いや、ルルさんはインキュ――いえ、何でもありません、そうします」
一瞬マジな首絞めになったが、縁はルルに従う事にした。
ドレミド達から少し離れた席。
そこで少し緊張しながらも、楽しそうに会話をしている縁とスファーリアだった。