敷地内の隅に小さな造りの離れ。扉を叩く。
「グレース嬢!」
声を掛ける。返事は無い。扉を開けてみる。中は生活感で溢れている。
「グレース嬢。」
呼びかける。部屋の奥にまだ部屋がある。そこへ行く。扉を開けるとそこは小さな寝室で、ベッドの上にグレース嬢が居た。膝を抱えてうずくまっている。駆け寄る。
「グレース。」
グレース嬢が顔を上げる。
「辺境伯様…」
泣いていたのだろう、瞳が真っ赤だ。薄紫色の瞳が揺れている。
「ルーク、そう呼んでくれと言った筈だが。」
ベッドに腰掛け、グレース嬢の頬に触れる。誰かに殴られたのだろうか、右側の口の端に薄いが痣があった。その瞬間、ドクンと心臓が跳ねる。あぁ、マズい、今になって…。
「くっ…」
胸を抑える。グレース嬢が驚いて俺に聞く。
「どうしたのですか、ルーク様。」
心臓が早鐘のように打つ。あぁ、マズい。
「すまない、離れてくれ…」
グレース嬢が言う。
「でも…」
俺は自分の中から湧き上がって来る欲望と戦う。
「先程、俺は、香を、嗅がされた…媚薬入の、香だ…」
体中が熱くなる。
「媚薬入り…?」
グレース嬢が聞く。彼女の存在を意識すると媚薬の効果が高まるのを感じる。
「頼む、説明は後からする、だから…」
そう言ったのに。
グレース嬢は俺の頬に触れた。驚いてグレース嬢を見る。
「媚薬がどんなものかは存じております…そしてそれが効力を失うにはどうすれば良いかも…」
息を切らす。目の前の彼女を欲しいと思う自分に抗う。
「ダメだ、こんな事、」
その時、グレース嬢が俺に口付けた。あぁ、もう無理だ…抗えない、抗いたくない…。舌を絡ませてグレースを抱き締め、ベッドに押し倒す。夢中で口付け、グレースの体を撫で回す。早く、早く、そう本能が急かす。グレースの胸元の服を引き下げる。露わになったその胸を手で掴み、その先端を摘む。
「ん…」
口付けながらグレースが声を漏らす。そんな声を聞くと歯止めがきかない。唇を離してグレースの胸に吸い付く。
「あっ…」
グレースが小さく喘ぐ。足の間に手を入れてそこに触れる。下着を剥ぎ取る。指を入れるとそこはもう濡れていた。あぁダメだ、もっと優しく、もっとゆっくり、そう思っていても体が言う事をきかない。俺は焦れるように自分の服を引き下げてグレースのそこにそれを据え、押し込む。
「あぁっ…」
グレースが体を震わせる。あぁ、やってしまった…、そう思っているのに、押し寄せて来る快感に抗えない。グレースを抱き締め、夢中で突く。
「あぁ…グレース…」
徐々に頭が鮮明になると同時に、俺に突かれて喘いでいるグレースに興奮する自分も居た。あぁ、ダメだ、こんな事を言ったらきっと困らせる。でも言わずにはいられない。
「グレース…愛している…」
俺に突かれながらグレースが俺を見る。瞳には涙の跡。
「信じてくれ…」
グレースは俺の首に腕を回すと言う。
「キス…」
そう言われて俺はグレースに口付ける。夢中で口付け、突き上げる。背中が快感でゾクゾクする。唇を離してグレースを抱き締める。
「あぁ…グレース…!」
腰を押し込む。ドクンと熱い飛沫がグレースの中で噴き出す。グレースの体がビクンと跳ねてビクビクと震える。息を切らして脱力する。抱いてしまった…こんなにも強引に。彼女の純潔を散らしてしまった。
「すまない、媚薬を盛られたとは言え、こんな事を…」
グレースが首を振る。
「謝らないでください…」
グレースが俺を見上げる。そんな彼女を心の底から愛しいと思う。
屋敷の中のバランスが崩れている。さっき指輪を壊されてしまって、身に付ける物が無くなってしまった。ネックレスに出来ないかしら、いや、指輪の方が良かったのに。バランスが崩れると色々と厄介そうではある。考えるのよ、マリー。あの完璧なお姉様から全てを奪う為に。
身体を離し、ルーク様が私を労るように抱き寄せる。
「すまない事をした…」
私はルーク様の腕の中でホンの一時、息をつく。誰かに求められる事がこんなにも嬉しいなんて、もう忘れていた。ルーク様は私の額に口付けると、言う。
「だが、さっき俺が言った事は嘘でも一時の感情でも無い事は信じて欲しい。」
ルーク様を見上げる。
「君にはきちんと説明しないといけないと思っている。けれど、もう少しだけ、待ってくれるかい?」
ルーク様はそう言いながら私の頬を撫でる。嘘偽りなど無いと分かる。
「分かりました。」
そう言うとルーク様は私に口付ける。
起き上がり、服を直すルーク様を眺める。ルーク様はベッドに座っている私に気付くと微笑んで、ご自身のタイを外し、ベッドに腰掛け、私の腕にそれを巻いて緩く結ぶ。
「王都にそういう風習があるかは知らないが、私の住んでいる辺境では自分の恋人にこうしてタイを結んで、他の男が手出し出来ないようにする。」
恋人と、ルーク様は言った。
「今はまだ公には出来ない。君にも仮とはいえ、婚約者が居るのだから。だから、次に会う時までは、このタイを君の心の拠り所にしてくれ。必ず君を迎えに来る。君を掻っ攫いに。そして、このタイを肌身離さず持っていて欲しい。きっと君を守る。」
ルーク様が離れを出て行く。何だか夢のような出来事だった。それにしても。媚薬入のお香?そんなものをマリーが?腕に巻かれたタイ。ルーク様…。必ず迎えに来る、掻っ攫いに来ると、そう仰った。体が熱い。純潔を散らした人、私に初めて愛してると仰った人…。
窓から風景を眺めながら考えていると、視界に人影。辺境伯様だ。あぁ、美しい人。よく見ればタイをしていない。もしかして、お姉様にタイを渡したの?!男性が女性の部屋にタイを置くのはその女性が自分のモノだと暗に主張する為…。ギリギリと歯ぎしりする。あんなに素敵な人が現れるなんて!チャールズなんかよりも素敵じゃない。身分だってチャールズよりも上。どうしてお姉様だけいつも!そしてハッとする。この事がチャールズに知れたら婚約破棄になる。婚約破棄になればお姉様は晴れて辺境伯様と…。そんなの、嫌、私が欲しいのはチャールズでは無く、辺境伯様。でも辺境伯様にはこの幻惑は効かなかった。どうしたら良いの…。
離れの周囲に結界を張る。屋敷全体の空気が淀んでいる。幸運にも離れまでは届いていない。気休め程度だが結界を張っておけば、万が一結界が破られれば、すぐに駆け付けられる。