「みんな、先に行ってて」
まったく人通りのない通路、特別実習室から出たすぐのところで僕はみんなにそう告げた。
そして振り返る。
「お疲れさーん」
そこには光崎さんが居た。
そしてもう1人。
「よお志信。お疲れさん」
晩食会でわかると思っていた答えが、すぐに飛び込んできた。
「まさかだとは思っていたけど」
「なんだいなんだい、ボクを仲間外れにするのはやめてよー。って言っても、兄弟なんだし仕方ないか」
「最初からわかってたくせに」
「あちゃー」
光崎さんはおでこを叩いて、「これは一本取られた」と言っている。
「だけど、少し予想外だったな。志信はてっきり、前から気づいているもんだと思ってたんだが」
「なんでなんで? 逸真くん、そんな前からネタバラシしてたの?」
「その言い方はやめてくれ。これでも一応、あんたに言われた通りに振舞ってたつもりだぞ」
「なら良いんだけど~」
「なあ志信、憶えてるか。俺は一度だけ話をしたことあるな、光崎生徒会長の隣の席だって」
「……そういうことか」
そういうことか。
同じパーティになった人は、同じクラスであれば一ヵ所に集められる。
だから、兄貴は光崎さんの隣席なのか。
それに、前回の特別試験も納得がいく。
どんな編成であれど、フルメンバーでなければ攻略するのは厳しかったはずだ。
現に、僕たち二学年は二つのパーティで力を合わせてあの危機を乗り越えた。
だというのに、光崎さんのパーティは光崎さんを抜いてクリアしていて、しかも最後に話した時の余裕っぷり、兄貴がメンバーに居るのなら意味がわかる。
「光崎さん、やってくれましたね」
「なーんのことだい? うひひ」
「本気で勝ちに来てるんですね」
「そりゃあねえ。上級生っていう意地もあるし、何よりボク、生徒会長だから。こういう行事で負けるわけにはいかないよねえ~」
「おい、なんだか俺をなんかの兵器みたいに扱うのを辞めてくれねえか?」
「え? もしかして志信くん、この人って無自覚系?」
「そうですね」
「なるほどね」
困り顔をする兄貴を脇目に、僕と光崎さんは顔を合わせて微笑した。
「まあだけど、これでわかったと思うけれど、ボクは使えるものは全部使う。悪いけど、ね。ボクたちが勝つ」
「おい、宣戦布告とか辞めとけよ。志信に火を点けんな」
「でも、ここまで来たら志信くんだっていろいろわかってるだろうし、仲良くよろしくなんて無理でしょ」
「そりゃ、そうだが」
兄貴は、やり難そうに左手を首の後ろに回す。
「大丈夫ですよ、光崎さん。謝るのはこちらですから」
「お? なになに?」
光崎さんは興味津々に体をこちらへ乗り出してくる。
「相手が上級生だとしても、生徒会長だとしても、兄貴が居たとしても、僕たちが勝ちます」
「お、言うねえ」
「ほーら、言わんこっちゃねえ」
「わかってるよ。志信くん、結構エグイ事やってくるんでしょ? 逸真くんがいろいろと教えてくれたじゃん」
「だからだよ。俺が知ってるのは、二週間までの志信だ。今のこいつがどんだけ前に進んでるのかわからねえからってことだ」
「あー、なるほど」
「あの、その話を本人の前でします? 居ますよ、本人がここに」
僕たち全員が微妙な表情で渇いた笑いをする。
「じゃあ逸真くんは先に戻っててー」
「あいよ。頼むからこれ以上、志信に燃料を投下するのだけは辞めてくれよ」
「はいはーい」
兄貴はため息を零しながらゆっくりと歩き去った。
「何か僕に用でもあるんですか?」
「うん。逸真くんにはああ言われちゃったんだけれど、ボクから志信くんにプレゼントを用意してるんだ」
「何かありましたっけ?」
「頭を下げる他ないんだけど、前回の件があるからね。それの罪滅ぼしってわけじゃないんだけれど、さ」
何を言いたいはわかるにしても、あの件で実害が出たわけではない。
「他の人には遠い話なのかもしれないけれど、キミには効果があると思うんだ。上木さんのことなら、ね」
「なっ」
「おっ、ほらねほらね。まあ、詳しくは知らないけれど、良い話だよ。クラン【大成の樹】が最前線にてボス攻略を成し遂げたらしいよ。しかも犠牲者を1人も出さずに」
「……」
それを聞いて、体の中に流れる血液が沸々と熱を上げるのがわかる。
僕はつい目を見開き、鳥肌が一気に沸き立った。
「ぶっちゃけ、冒険者を目指すボクたちからしても半端じゃないってことはわかるけれど、キミならボクらより嬉しいんじゃないかい?」
「……はい。そうですね」
「かーっ! キミ、そんな良い顔もできるんじゃないか」
「そうですか?」
「ああ、そんな良い笑顔ができるんだから」
無自覚だった。
僕の表情は、知らず知らずのうちに感情と連携してしまっていたらしい。
「こりゃあ、逸真くんに後で怒らせそうかな~。ねえ志信くん、キミのお兄ちゃんは怒ったら怖いのかい?」
「ははっ、どうですかね。光崎さんは、妹たちに少し似ているところがありますから、両拳で頭を挟まれてグリグリとかされるかもしれないですね」
「ひょえっ」
「冗談ですよ。――たぶん」
「はーはは……本当に冗談……だよね?」
「たぶん?」
光崎さんは自分を抱きしめて、「うひょー怖すぎるよぉ」と震えている。
だけど、すぐに表情と態勢を変えた。
「それじゃっ。これから晩ご飯の時間だよ~っ」
「僕も今から楽しみです。良く動きましたし。それにまさかでしたね、隣でやってたなんて」
「それはこっちも同意見だよ。まあ、そんな感じで~じゃっ」
「はい」
「あっ」
気分上々に歩き始めようとした光崎さんは足を止めて、体を半身翻した。
「もうここまで来ちゃうとわかったと思うけれど、最終試験は正面衝突だぜっ」
とだけ言い残し、スキップしながら去って行った。
僕も光崎さんの後を追うように歩き出す。
光崎さんから受け取った情報、上木さんの朗報。
あんなものを聞かされて、澄ました顔なんてできやしない。
憧れの人が、活躍をしているんだ。
気分が高揚しないはずがない。
心が踊らないはずがない。
なんでだろう、ただの自意識過剰かもしれないけれど――上木さんが言っているような気がする。「キミの活躍を心待ちにしている。背中を追ってこい」と。
光崎さん、ありがとう。
兄貴はああ言っていたけれど、本当にその通りだ。
僕の心に点いた炎は、メラメラと燃え始めている。
今回の学事祭、絶対に負けられない――。