第56話『男子会再び』

 次の日の休み時間、そのまさかが起きてしまった。

 少しは心の準備をさせてくださいませんか? と、文句の一つも言いたいところ。


 手元には一枚の用紙。

 これを手渡しに来た先生も、ため息交じりのどこか呆れ顔。


 ――――――――――

 やあやあ、パーティを無事に組めた諸君たち!

 よくぞ意欲を示してくれた!


 ……と、ここで残念なお知らせと喜ばしいお知らせがある。


 まず初めに残念なお知らせだ。

 一学年のパーティ申請がなかった。

 これは非常に悲しい。悲しすぎる。

 私は観たかった、初々しい者たちによる絶壁への挑戦を。

 ……まあ、嘆いても仕方がない。

 残念なお知らせはまだまだ続く。

 二学年においても、パーティ申請の少なさに泣きそうだ。

 三クラスもあって、どうして合計で四パーティしかないのだぁ!

 悲しい、あまりにも悲しい。

 私は、熱い青春が見たいというのに……!


 さて、最後に良い知らせを。

 学事祭ともあって、遠征費用の全額を学園が支払ってくれることになった!

 安心してくれ、みんなの学費から支払われるのではない、在籍する先生たちの財布からだ!

 先生たちはみんな優しいな!

 みんな、日頃から先生たちに感謝を忘れてはいけないぞ、なんならしっかりと感謝を伝えよう!

 ありがとう!


 じゃあ、出発は今日の昼休みってことで!

 あ、さすがに行ってすぐ試験はやらないよ。

 初日は宿泊する場所で休もう! 満喫しよう!


 それではみんな、また!

 ――――――――――


 ……おおう、なんとも言い難い。

 光崎さんらしい文面に、どう反応すれば良いのかわからないし、ツッコミどころがあまりにも多すぎる。

 途中、私情が盛り込まれていた。

 これ、本当に通達文だよね……?


 そして、先生のため息と少し青掛かった表情が理解できてしまったのも、なんだかやるせない。

 先生、本当にありがとうございます。このご恩は絶対に忘れません。




 あれから数授業、全然集中できなかった。

 授業の内容はほとんど頭に入らず、ただ書き写すだけ。


 だけど、いよいよこの時がやってきた。

 他の人たちは先に出発したのだろう、魔車の前には僕たちと門崎さんたちのパーティしかいない。


「じゃあ皆さん、頑張ってきてくださいね」

「先生は同行しないのですか?」

「うん。行きたいのは山々なんだけどね。現地には非常勤講師の西鳩先生が行ってるから、指示は全部任せてあるんだ。あー、志信君はあんまり見たことがないかもね。転校初日に廊下ですれ違ったんだけど、憶えているかな」

「――はい、薄っすらとですが」

「無理もない、あのすれ違いざまの一瞬だったからね。まあ、堅実的な性格だからそこまで気を張る必要はないよ」

「わかりました」


 先生の見送りを背に、僕たちは男子3人だけで乗車した。


 車内は広々としたとはお世辞にも言えないけれど、3人が座る分には申し分ない。

 両手を広げて、とはできないけれど、対面式の座席は互いに足がぶつからないほどだ。


 扉を閉めて、先生に頭を下げると同時に、魔車は動き出した。


「俺、こういうのに乗るの初めてだな」

「僕も引っ越しの時ぐらいしか乗ったことがないかな。桐吾は、乗り慣れていると思うけど」

「まあ、ね。大体の移動手段とかはこういうタイプなんだ。1人で乗るには少し広く感じて気が休まらないんだけど」


 あはは……少しばかりスケールの大きい話に、僕と一樹は空笑いをする。

 操縦士もとい運転手には会話が聞こえないように敷居があるため、完全に個室状態。


 ここで、僕と同じことを思っていたであろう一樹が言葉にしてくれた。


「なんだか、つい最近にもこんなことあったよな」

「「だね」」


 つい最近、このような。

 といえば、やはり僕の家で行われたお泊り会。

 男子だけで赤裸々に心の内を話した記憶が鮮明に残っている。


「俺はあれが初めてだったから、ぶっちゃけ寝不足になっちまったんだよな」

「まあ、あんなにいろいろ話してたら寝不足にもなるよ」

「あれでも、一樹が一番最初に寝てたような気がするんだけど」

「ああ、そういえば確かに。僕と志信が最後に謎の腕相撲を始めた時には、一樹はもう寝てたっけね」

「そうそう」

「あるぇ」


 僕と桐吾は、一樹が顔をこれでもかと歪ませて考える顔の面白さに笑わずにはいられなかった。


「くっ、俺が寝ちまった後にそんな面白そうなことをやってたなんて。俺が居たら、絶対に一番だったのに」

「いや、だから僕と志信だけでやったんだよ」

「そうそう、その腕を観てるからこそ、なんだよ」

「くぅー……」


 悔しそうにする一樹。

 実際のところ、一樹と桐吾がやりあったらわからないけれど、僕は絶対に勝てない。


「僕はやめておくけれど、宿泊先の部屋に着いたらやってみればいいんじゃない?」

「確かにな、その手があった。志信、お前やはり天才か」

「なんで僕だけなんだい。と、言いたいところだけれど、そうだね、仲間外れは良くないから」

「おっ、言ってくれるじゃねえか。てか、その口ぶりだと、志信お前負けたな」

「そりゃあね」


 その言葉を聞いて、一樹は眉間に皺を寄せ、顎に手を当て考え始めた。


「いや……桐吾、それも全て含んだ何かの作戦があるのかもしれないぞ」

「な、なんだって」

「いやいやいや、桐吾も悪ノリしないでよ。普通に考えたら、クラス的に勝ち目なんてないでしょ」


 どうしてそうなった。


「考えてもみてよ。前衛っていうのは普段から武器を構えて戦うんだから、トレーニングとかしているよね。対する僕は、杖とか盾とか軽装だし、重い物を振り回すような筋トレとかトレーニングとかするはずじないじゃん?」

「いいや? 僕は志信と組んで長いからわかる。――そんなことを言っておいて、志信はそうとうなトレーニングを積んでいる」

「だよな。短い俺にだってわかるぜ。あの軽やかな迷いのない動き。そう易々と思い付きだけでできるもんじゃねえ」

「なんでそうなるのさ。桐吾、なんか物凄く長い期間一緒にいるような雰囲気出してるけれど、僕が転校してきてまだ一カ月も経ってないよ! なんならまだ三週間目だよ! ――まあ、一樹の言っていることを否定できないのはあるけれど……」


 一樹は、腕を組んで得意そうに表情で「ほらな」と言っている。

 桐吾は、「あはは……」と、少しだけ悪ノリが過ぎた「ごめん」と若干申し訳なさそうにしている。


「まあでも、僕も少しばかり楽しみだってのは隠せないみたいだ」

「僕も、こうしてみんなと出掛けられるだなんて思ってもみなかったよ」

「だな。俺は…………もっと頑張らないとな」


 こんな感じで現地に辿り着くまでの間、談笑やら雑談が続いた。