「無理言っちゃってごめんね」
「大丈夫だよ」
放課後、ちらほらとクラスメイトが居る中、僕と美咲も同じく机に向かっている。
机の上には、マス目が全面に広がる用紙と指先程度の石の粒を用意。
勉強用にあるこの石は、よく授業中にも使用されていて、モンスターや人間に見立てるための物。
だからこそ今、実技の振り返りにはうってつけの小物になっている。
「さっきの授業、いろいろと迷っちゃって、自信なくなっちゃったなぁ」
美咲は珍しくため息交じりに弱音を吐いている。
「僕も、自信があるわけじゃないよ。答えがわからなくて、迷って、それでもみんなのために答えを出さなくちゃいけない」
「うん……」
「でも、これだけは言える。勝敗だけが全てじゃないって」
「そうなんだろうけれど……」
初めての試みであり練習なのだから、そこまで思いつめる必要はない。とは思う。
だけど、僕はそれを言葉に出せなかった。
なぜなら、その悩みに覚えがあるから。
責任感、後悔、情けなさ。
それぞれの感情がぐちゃぐちゃに混ざって、投げ捨てたくても勝手に留まり続けて、自分をかき回して。
吐き出したくても上手く言葉にできなくて。
表情に出て、態度に出て。
自分に腹が立って、泣き出しそうになって。
だからこそ、誰かからの慰めの言葉が余計に苦しくなる。
真剣だからこそ余計に。
でも、美咲には別の言葉が必要だとわかった。
あの目は、そう。
気落ちして足を止めているようならば、この場が設けられることはなかった。
なら、僕が今することは慰めることじゃない。
「もっと上を目指したい、勝ちたい。だよね」
「――うん。だから、もっと勉強したい。知識を蓄えたい。みんなの役に立ちたい」
回復から指揮まで幅を広げ、今でも十分みんなの役に立っているのに。なんて野暮なことは言えるわけがない。
その言葉に、目に、こっちもあてられそうなほどの熱を感じたから。
「最初に言っておくけれど、美咲が思っているほど僕もそこまで幅広い知識を得られているわけじゃない。人より本を読んだり、自分で体を動かしたり、応用を考えて実践してみたりしているだけだから」
「うん、わかった。でもそれって物凄いことだと私は思うんだ。普通――私みたいな、学業なんかの目の前にあることしか見えていない、やれていないと思うの」
「学生の本分からは外れていないし、それでいいと思うけど?」
「ううん。志信くんが転校してきて、偶然だけどパーティを組んで、いろいろなことがわかった。見えていなかったものが見えるようになった」
「そんな大袈裟な」
「全然そんなことないよ。志信くんが何事にも真剣に取り組んでる姿っていうのは、志信くんが思っている以上に他の人へ影響を与えていると思うんだ」
僕も、そんな言葉を耳にするのは初めてだった。
だって、いつも自分のことで必死だったから。
「誰かと話をしたわけじゃないけど、たぶんそう。少なくとも、私はそうだよ。たぶんね、頭のどこかではずっと思っていたんだと思う。変わりたいなって」
「……」
僕だってそうだ。
変わりたいって、憧れに近づきたいって必死に。
「私ね、初めて目標ができたんだ。まあ、それは言わないけどね」
「……なにそれ」
「だって、恥ずかしいし。それに、やっぱりこういうのって達成してから言葉にした方がかっこいいじゃない?」
「そ、そうなの?」
「だから、私も志信くんに聞かない。――正直な話、そんなもっと先を見据えられるほどの目標とか気になって仕方がないところだけど、言わないのに聞くなんてフェアじゃないからね。じゃあ、さっきの反省と改善点をお願いします」
礼儀正しいお辞儀をされた。
そこまでかしこまる必要はないと思うけど――美咲が顔を上げ、目線があったところで首を縦に振る。
「こちらこそ、よろしく」
僕と美咲の目線が一枚の用紙に落ちる。
「じゃあ、まず初めに行動の話をしよう」
石を計四個、初期位置へ。
それぞれに指を乗せて、動きを加える。
「まず最初に僕と叶対結月と彩夏の戦い。この戦いは、攻めと守りというのわかりやすい戦いになったわけだけど、素直に戦わなかったのは美咲の読み通り」
「体力温存と相手の体力消費、そして時間稼ぎ」
「そう、そして僕はここで一つだけ奇策を組み込んだ。音、という」
「音?」
「うん。ほんの些細なことなんだけれど、僕の盾を思い出してほしい」
「あの両手に装備した小盾?」
「そう。盾と盾をぶつけて、小さな音を出したんだ」
美咲は、眉を寄せ首を傾げている。
だけど、すぐに表情を晴らして納得したようだ。
「ああ、なるほど。だから叶があんなことを言ったんだね。確かに……納得」
ここは苦笑い以外の選択肢をとれない。
叶が言っていることは正しいのだろうけれど、笑える資格なんて僕にはないから。
「だから、叶は再現度の高いものではないって」
「……そうなのかな? この仕組みを理解できたとしても対策するのは実質的に……――なるほど、相手は人間だからってことだね」
「うん。確かに、対応するのは難しいと思う。だけど、相手が違えばいろいろと変わってくる。例えば、攻めて引いてを繰り返されるような戦い方をされた場合、こちらとしては攻める手段がないからお手上げだったり」
「そうだよね。今回は、結月の猛攻に彩夏が攻めの援護だったからこそ音にも反応できないし、体力の消費も激しかった。結果論じゃなくて、戦法自体が最初から決まっていたようなもの。……対人戦って本当に奥深くて難しいね」
物凄く感心している美咲に、僕も共感する。
対人戦というのは、本当に難しい。
今回のように相手へ有効な作戦や戦術があったとしても、戦いの最中に対応することだってできてしまう。
策士策に溺れる、という状況にならないためにも、いつ如何なる時でも慢心だけはしてはいけない。
「次は、スリーマンセルについて話そうか」
「今回は驚きの連続だったよ」
小石の数を足し、再び視線を落とす。
「そちら側の戦術としては、結月の即効力に桐吾の連携力を活かした戦い方。対するこちらは、一華の鉄壁な防御を頼りに、叶の応用力を活かした戦い方。要するに、矛と盾」
「うん、その通り」
「当然、両チーム共に良い点と悪い点がある。そちらは、前衛がもしも攻撃を加えられたとしても、回復しながらどんどん攻められる。こちらは、守って避けてで時間を稼ぐことに特化している」
「最初は、絶対に負けるわけなんてないって思ってた」
「そうだね。この構成だったら誰だってそう思うよ。だからこそ、僕はこれを試したかったんだ」
「油断の誘発ってこと?」
「端的に言ってしまえば、その通り。だけど、意図はそれだけじゃない。最悪の状況を想定した構成なんだ」
「――なるほど。確かに、最後に残ったのが盾盾支援って、絶望的状況だよね」
「そうなんだ。――そして、さっきの戦いで起こしたアクション、攻めと守り。当たり前のことだけど、ここに戦法を仕込んだ」
「対モンスターだと当たり前なんだけど、対人戦になるとつい忘れちゃうよね。本当に盲点だった」
相手を知っているからこそ、というのもあるかもしれない。
だけど、美咲が言っていることはその通りで、対人戦というだけで戦い方の幅が物凄く増える。
モンスター戦では基本中の基本、ヘイト管理。
「あれをやられちゃうと、本当に何もできなかった」
「ズルいといえばズルい戦い方ではあるんだけどね。」