「そういえば、この前の配信切り抜いてくれた人ありがとねー! 切り抜き動画なんて初めてだからすごく嬉しい! 切り抜きから知ってくれる人もいるだろうから、よかったらみんなもどんどん切り抜いてくれると嬉しいな」
そんなようなことを話して配信を終える。VTuber活動は順調で、最近では同接が50人を超えることも多くなっていった。
「ふー……今日も楽しかったなぁ!」
シャワーを浴びて体をさっぱりさせてから、ベッドに座る。そうしてスマホを開いてSNSでエゴサをするのが日課になっていた。最近ではファンアートを描いてもらえることも増えていて、ファンの動向をチェックするのが本当に楽しい。
私のSNSには、歌を聴いてくれた人、ゲーム実況を見てくれた人、雑談配信を見てくれる人、切り抜き動画やイラストをアップしてくれる人などなど……色々な人がいて本当に見ていて飽きない。みんなが私に好意的な意見をくれるから、私もその好意的な意見になるべく応えられるよう努力していた。
「げほっ……」
少し長めに配信をしてしまったからだろうか、風邪でも引いたのか咳が出る。でもこれくらいの体調不良なら、いつものことだからと特に気に留めることもなくそのまま眠りについた。
「こほっ……うぅ……なんか喉に違和感が……」
翌日の朝、喉のイガイガ感と少しの痛みを覚えて目が覚めた。痰が絡んだような違和感が気になって何度か咳払いをしてみたものの、不快感が消えることはなかった。
「まぁでもこのくらいなら……」
私はそんなに気にすることなく支度を始めた。今日は学校で授業を受けてから、しおりお姉ちゃんと次の歌ってみた動画の話し合いがある。学校も苦痛じゃないし、配信も楽しいし、毎日が充実していると思う。
でもそんな生活を続けているとやっぱり疲れは溜まってしまうようで、私はその日、学校で何度か咳き込むことになった。
「ごほっ……んんっ!」
「……かなちゃん、ちょっと頑張りすぎなんじゃない?」
「いやいやー、そんなことないって……げほ」
放課後、しおりお姉ちゃんと次の歌ってみた動画の打ち合わせをしていた。話し合い自体は順調に進んでいたものの、咳が止まらず上手く話が頭に入ってこない。少しでも咳を堪えようとすると自然と会話が途切れ途切れになってしまうので、どうしても時間をロスしてしまう。
しおりお姉ちゃんもそんな私の様子を見て少し心配そうにしている。私は大丈夫大丈夫と手を振ってアピールしたけど、やっぱりあまり説得力はなかったかもしれない。そんな私に見兼ねたのか、しおりお姉ちゃんはため息をついた。
「病院行ってみようか」
「え……? 大丈夫だって、ただの風邪だと思うし……」
「風邪なら尚更ちゃんと診てもらおうよ。最近配信も増えてきたし、疲れも溜まってるんでしょ。喉壊しちゃったらそれこそ活動できなくなっちゃうよ」
しおりお姉ちゃんにそう言われてしまうと、それ以上反論することはできなかった。確かに最近の私の生活は少し無理があるのかもしれない。
VTuber活動は喉が大事。それはわかっているんだけど、どうしても活動に熱が入ってしまうと体調のことまで気が回らなくなってしまう。
「とりあえず、明日にでも病院に行こっか」
「……うん」
しおりお姉ちゃんの言葉に素直に頷く。しおりお姉ちゃんの言う通り、このまま無理して喉を壊してしまったら活動自体が難しくなるかもしれない。今活動を頑張るより、休んだ方がメリットが大きい。そう考えれば、しおりお姉ちゃんの言うことは至極当然だった。
「薬局なら駅前にあるし、とりあえず応急処置くらいはしようか。ボクが車出すし」
「えっ、いいよ。それくらい自分で……げふんっ」
しおりお姉ちゃんは優しいけど、さすがにそこまで甘えられない。そう思って断ったものの、しおりお姉ちゃんは頑なに譲ろうとはしなかった。
「いいからいいから。ほら行くよ」
「もー……ごほっ、わかったから服引っ張らないでよー」
そんなやりとりの末、結局しおりお姉ちゃんが私の家に車を出してくれることになったのだった。薬局に着いたはいいものの、喉が痛くなった経験はなかったため、なにを買えばいいかわからなかった。喉ケア用品をじーっと見比べる。
「どれがいいんだろ……」
「こういうのは専門家に聞くのが一番だよ。すみません」
しおりお姉ちゃんは薬剤師さんに声をかけ、おすすめの商品を紹介してもらっている。私が買うものなのだが、しおりお姉ちゃんの説明が上手すぎて、私が口を挟む余地がなかった。
しかもなぜか意気投合したようで、全然関係ない世間話まで始めてしまった。長くかかりそうなので、その間に私は店内をぐるっと見回すことにする。
色々な薬や食べ物なんかも置いてあって、ちょっと気分が上がる。中には近所のスーパーより安く売られているものもあって新たな発見になった。……これだけじゃ、配信のネタとしては弱いかな?
「……あれ、かな?」
「ん? まり!」
冷凍食品を見ていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはクラスメイトのまりの姿が。
「どこか悪いの? そういえば今日結構咳してたわね」
「あはは、ちょっと喉をやっちゃってね……けほっ。まりは? まりもどこか悪かったりするの?」
私が尋ねると、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。その笑顔を見て、私は彼女がカゴに入れている商品がなんなのかを察する。
「あ……あー、そっか。そんな時期かぁ……」
ついそんなことを言ってみたけど、これじゃあちょっと変態みたいだ。しかし、他になんて言っていいかもわからない。私の言葉選びは失敗だっただろうか。……悩む暇もなく失敗だろう。前世でリスナーがふざけてVTuberに【今日生理?】って聞いていたものよりはだいぶマシだと思うが。さすがにあれはライン越えが過ぎている。
しかしまりはあまり気にしていないのか、引いてるそぶりも気まずいそぶりも見せなかった。それどころか表情ひとつ変えていない。強者だ。
「そうね。来てしまったものは仕方ないし、潔く受け入れようと思うわ」
「そ、そっか……あはは……ごほごほ」
私はもう乾いた笑いしか出てこない。自分がまだまだ子供であることを痛感させられたようなそんな気分になる。
そんなやり取りをしているうちに、薬剤師さんとの雑談を終えたしおりお姉ちゃんが戻ってきた。
「かなちゃん、こんなとこにいたんだ。あれ? キミは?」
「まりだよ。クラスの友だち」
「こんにちは。えっと、そちらは?」
「しおりお姉ちゃん! まりには話したことあるよね」
「……! そうなのね、この人が……」
しおりお姉ちゃんの名前をあげた途端、まりの様子が少しおかしくなった。なにか変なこと言っただろうか。しおりお姉ちゃんが不思議そうにしていると、まりはなにかを察したのか少し申し訳なさそうな表情で笑った。なんだかよくわからないけど、とりあえず落ち着いたみたいだしよかった。
結局私は喉の痛み止めと、ついでに咳止めも購入することにした。お会計を済ませて薬局を出る。その時にはもうすでにまりの姿はなく、しおりお姉ちゃんの車に乗って帰路についた。