第30話ーそれぞれの贈り物ー

ジルは街での買い物について話してくれた。まだ渡していないから内緒にしてくれと。そんなふうに言うジルが可愛くて仕方ない。


「で、君自身のものは買ってないのかい?」


聞くとジルは微笑む。


「私のは良いの。」


そして俺を見上げて言う。


「あなたがくれる物以外、欲しい物なんて無いもの。」


そう言われて微笑む。


「そうか。なら街ごと買ってやる。国でも良いぞ?」


言うとジルが俺をホンの少し押す。


「もう!そんな事言って!」


笑ってジルを抱き寄せる。



仕事に戻って行くテオに付いて行く。途中でテオの侍従であるダイナスとノリスが合流する。私は二人に錫製のマントの留め具をプレゼントする。二人とも飛び上がりそうな勢いで喜び、その場で付けてくれた。詰所に行くと参謀のマクリー卿と団長補佐のマドラス卿が居た。その二人にもプレゼントを渡す。


「頂いても宜しいのですか!」


マクリー卿が聞く。


「あぁ、構わない。ジルが選んで来たんだ、貰ってくれ。」


テオがそう言うと二人とも震える手でプレゼントを開ける。中にはルビーをあしらったマントの留め具がある。


「これは!」


「何と!」


二人とも言葉を失い、感動しているようだった。


「す、すぐにでも…いや、家宝にするべきか。」


マクリー卿が言う。私は笑う。


「すぐに使って頂けるかしら。その為に買って来たのだから。」


そして後ろに控えているダイナスとノリスを見る。二人とも嬉しそうに胸を張っている。マドラス卿に至っては既に感動して泣いていた。


「アイツはすぐ泣くんだ。」


テオが耳打ちする。


「あなた。」


呼ぶと一瞬、空気が止まったかのように皆が動きを止める。私はもう一つの包みをテオに渡す。


「これもあなたに。」


テオは驚いている。


「まだあったのか。」


テオが笑う。包みを開けたテオは顔を綻ばせる。


「美しいな。」


そう言ってシルバーとサファイアの留め具を手に取る。付けていたゴールドの留め具を外し、新しい留め具を付ける。


「どうだい?似合うかい?」


サファイアブルーのマントに良く似合う。


「えぇ、とても。」


言いながら惚れ惚れする。私の夫は本当に美しい。


「いやはや、さすがですな。」


マクリー卿が唸る。そして自身も留め具を付けて言う。


「でも私めも負けておりませんよ。」


ルビーが光っている。


「似合うわ。」


言うとマドラス卿が泣きながら言う。


「何をお返しすれば良いのか…」


私は笑って言う。


「ではテオの補佐を。しっかり頼みます。」


言うと二人が片膝を付く。


「御意。」



「送らなくて良いのかい?」


テオに聞かれて頷く。


「大丈夫よ、ルーシーが居るもの。」


ルーシーはアメジストの留め具に誇らしげに手を当てる。



屋敷に戻りながら、またワクワクする。人にプレゼントを贈るのは本当に楽しい。屋敷に戻り、目的の人物を探す。ギリアムは私が戻って来るとすぐに私の元へと来てくれる。


「奥様、お茶はいかがでしょう。」


私は部屋に入りながら言う。


「そうね、お願いするわ。」


ギリアムがお茶を入れてくれる。


「ねぇギリアム。」


呼ぶとギリアムが返事をする。


「はい、奥様。」


私は微笑んで言う。


「今日街へ行ってね、これを見つけたの。」


そう言って包みを出す。


「これは…?」


ギリアムが聞く。


「あなたによ。」


ギリアムが驚く。


「何と!私めに!」


ギリアムが入れてくれたお茶を飲む。ギリアムは恐る恐る包みを手に取ると開ける。


「奥様、これは…!」


中からは眼鏡用のチェーンが出て来る。


「ギリアムはいつも眼鏡でしょう?今付けているのも良いけど、やはり格式高い我が家の執事にはこれくらいのものを身に付けて欲しいわ。」


わざと仰々しく言う。ギリアムが涙ぐむ。


「嫌だわ、泣くなんて。」


言うとギリアムは涙を拭って頭を下げる。


「ありがとうございます。」


私は貰い泣きしそうになりながら言う。


「良いのよ。」


そして言う。


「メアリーを呼んでくださる?」



ノックがしてメアリーが現れる。


「お呼びですか、奥様。」


入口に立っているメアリーに言う。


「そうなの、ちょっとこっちへ来てくれる?」


私の座っているソファーにメアリーが近付く。


「ここへ座って。」


すぐ横をトントンと叩く。メアリーが遠慮がちに座る。


「何でしょう。」


メアリーが聞く。入口にはギリアムが立っていて、含み笑いをしている。


「あのね、メアリー。あなたに渡したい物があるの。」


そう言って包みを出す。メアリーは包みと私を交互に見て聞く。


「これは…?」


聞かれて私は微笑む。


「あなたによ、メアリー。」


途端、メアリーは息を飲む。


「私に?」


メアリーの手にそれを載せる。


「開けてちょうだい。」


言うとメアリーが包みを開ける。中には眼鏡用のチェーンが入っている。


「奥様…」


メアリーの目にはもう涙が溜まっている。


「あなたにはいつも助けて貰っているもの、テオも私もね。この御屋敷の侍女たちを纏め上げてくれているあなたに、感謝を込めてね。」


メアリーの肩を撫でる。メアリーが俯いて肩を震わせる。


「泣かないで、貰い泣きしそうだわ。」



「アンを呼んでくれる?」


言うと二人が微笑む。


「はい、奥様。」


二人とも新しい眼鏡チェーンがよく似合っている。ギリアムには黒い鎖のものを、メアリーには金細工のものを贈った。パタパタと足音がしてアンが現れる。


「奥様、お呼びでしょうか。」


アンはまだ若い。私とそんなに歳も変わらない。子爵家の令嬢だけれど、ここへ奉公しに来ている。


「アン、ちょっとこっちへ来て。」


アンは私の傍まで来る。私は立ち上がってアンの前に立つ。ここの侍女の服はちょっと特殊だ。普通一般的には黒の侍女服なのだが、ここは濃紺。色だけで王弟に仕えていると一目で分かる。普通、装飾品などは付けないのが一般的だけれど、出自の家柄が高い者は首元などにブローチを付けたりする。この屋敷にも何人か、そういう侍女が居るけれど、アンは違った。私はアンの首元にアメジストをあしらったブローチを付ける。


「奥様、これは…?」


アンが聞く。私は微笑んで言う。


「あなたがここで私に仕えているという証よ。これを付けていれば、どこへだって行けるわ。私の侍女なのだから。」


アンはポロポロと涙を零して泣く。


「奥様…」


アンを抱き締める。


「泣かないで。あなたにはこれからもっと頑張って貰うんだから。」



ジルのプレゼント攻勢はひとまず収まったようだった。皆、一様に胸を張り、仕事に邁進している。困ったな、ジルに何を贈ろうか。

その日の夜、夕食を終えるとテオが耳元で囁く。


「ジルにプレゼントがある。部屋に置いてあるから確認して。」


そう囁いてテオは席を立つ。私は不思議に思って自分の部屋に入る。ベッドに白い箱が置かれている。開けるとそこには見た事も無い程のセクシーな下着が入っていた。メッセージカードがある。


    『それを身に付けて 部屋においで』