「じゃあここからは静かに、な。もし分からないところあってら言ってくれ。一旦ここを出てから教える」
「は〜い。お互いがんばろっ!」
今日触るのは数学。正直文系教科なら一人で勉強させても問題なさそうだし、何より考えて解くといいよりは暗記量が勝負を言うものだ。俺から特別教えられることもないし、夜に自室で勉強という形を取ることにした。
(って言っても、俺も教えられるかどうか……)
由那ほどではないが、俺も数学の点数は良くなかった。
中間テストでは五十二点。その点数だけ切り取ればあまり問題はないように見えるものの、これから難しくなっていくことを考えれば少し怖い。
だから普段の授業でも特に理数系はよく話を聞くようにしていたのだが、やはりいざ数式を前にすると一度頭がフリーズしてしまう。まあ、シンプルに嫌いだからだろうな。いつの間にか苦手意識がついてしまっていた。
(方程式の展開と因数分解……か)
眉間にしわを寄せながら、頭を回す。
エックスやらワイやらを使うこれらは、数学の先生いわく「慣れ」らしい。
とにかく問題数を解くこと。解けば解くほど解き方は分かるし、速度も上がる、と。
聞いていた時は脳筋かよと思ったが、いざ向き合ってみるとそれが正解のようにも思える。
社会や現代文の漢字のような暗記みたいに全く同じものをやる訳ではなく、同じ解き方を使うとしても常に数字が移り変わる数学。
文系の考え方で言えば、これも一種の暗記だ。漢字を何度も何度も書いて覚えるように、何度も式を解いてやり方を染み込ませる。少なくとも今の範囲なら、それで充分対応していけるはず。
テキストに途中式を書き込みながら、チラりと由那の様子を伺う。
彼女もまた俺と同じように、頭を悩ませながらもシャーペンを走らせていた。思っていたよりも集中していて、横顔が少し頼もしい。
「?」
あっ。
由那と目が合う。どうやら俺の送っていた視線に気づいてしまったらしい。
こてっ、と首を小さく傾けながら「どうしたの?」と目で聞いてくるので、申し訳なくなりつつも何もないと首を横に振る。
すると、彼女は小さく微笑んで────
「イチャイチャはまたあとで……ね?」
「〜〜ッッ!!」
と。俺にしか聞こえない声で呟いてから、再びテキストに視線を落とす。
(これじゃまるで、俺の方が我慢できてないみたいじゃないか……)
今日は人の目もあるし、前の時のように手を繋がずに勉強している。
別に普通のことだ。普通のこと、なのに。
変に意識させられたせいで、左手が少し寂しい。全く、なんでこう……コイツは俺の気持ちを煽るのが上手いのか。
またあとで。次のイチャイチャまで、まだ二十分ある。せっかく由那は我慢して真面目に取り組んでいるのに。彼氏の俺が先に折れてしまうなんてこと、絶対にあってはならない。
(集中。集中だ。この気持ちはあとで、たっぷりぶつけてやればいいんだからな……)
ふぅ、と小さく息を吐いて、心を落ち着かせる。
俺が、由那に教えてやれる立場にならなきゃいけないから。気合いを入れて、もう一踏ん張りだ。