「うぃ〜、ヒック! うぁれぇ? フラフラするぅ〜」
「わっ、ちょ先生!? タバコとお酒どっちの匂いもして臭い!!」
「うわぁ、嬉しそうに飲んでるの面白いからって煽るんじゃなかった。酔っ払いめんどくさぁ……」
打ち上げを始めて数時間。高校生は十時までという縛りがあるお店だったので(というかここら辺の地区は全体的にそういう決まりがあるらしい)、俺たちは各々解散を始める。
支払いのお金は校長先生のクレジットカードによって行われるらしい。こういう時用に作っておいた物らしく、暗証番号と共に湯原先生が預かっていたそうだ。酔いが回りベロベロになりながらも、なんとか支払いだけは済ませてくれた。
「ったく、こういう大人にはなりたくねえなぁ」
「んえ〜ぇ? 薫ぅ、おぶってよぉ……もう歩けないぃ……」
「あ〜ん? うるせえよぉ。ほら、立って湯原先生……って、もういいや。奈美ねえ、家まで送るから」
「な、奈美ねえ……?」
「あ〜、あれだ。まあちょっと家族ぐるみの知り合いでな。もちろん本当の姉妹じゃないぞ。近所のお姉ちゃん的なアレだ」
い、いきなりの新情報。思い返してみれば在原さん、やけに先生への距離感が近いし扱いも悪かった気がするけれど。なるほど、昔からの知り合いだったからなのか。にしても、中々な扱いだった気がするが……。
支払いも終わり、時間的に二次会というわけにもいかない。クラスメイトの奴らが次々に店の前から姿を消していくと、やがて周りにはもう十人も残ってはいなかった。
「じゃ、私は奈美ねえ送ってから帰るからここで。みんな気をつけて帰るんだぞ〜」
「あっ、わ、私も手伝います! 一人で肩貸すの大変そうですし!」
「マジ? 助かるよひなちゃん。よぉし、じゃあ二人でこのダメ大人支えるぞ〜!!」
こうして、在原さんと蘭原さんも先生を連れて離脱。後に中田さんと寛司も俺たちに別れを告げてから同じ方向へと帰って行った。
「じゃあ私たちも……帰る?」
「そう、だな。こんな時間だ。寄り道する訳にもいかないだろ」
楽しい時間はあっという間だった。
結局王様ゲームもどんどん盛り上がっていって、最後の最後までやってたし。中田さん、ずっとポンコツが発動してて面白かったな。由那はもう俺に甘えてばかりでゲームを放棄してたけど。
「お家まで、ついてきてくれる?」
「もちろん。由那一人、夜道に置いて行けるわけないからな。俺は由那の家に寄ってから帰るよ」
「ふふっ、じゃあ私もゆーしを夜道に歩かせるの不安だから、ゆーしの家までついて行ってい〜い?」
「おい待て。それじゃあお前の家まで送って行く意味がなくなるだろ。俺の家についてから帰りはどうするつもりだよ」
「えへへぇ、バレたぁ♡」
ったく、コイツは。
「ふあ〜ぁ。今日は楽しかったぁ。お腹もいっぱいだし、眠くなってきちゃったよぉ」
「由那、めちゃくちゃ食べてたもんな。ポテトなんておかわりしてたし」
「むぅ。食いしん坊みたいに言わないでよぉ。そういうゆーしだって唐揚げいっぱい食べてたくせに!」
「そりゃ……あれだよ。由那と食べてると美味しいからつい、な」
「んぬぬぬ、私だって同じだもん。ゆーしの膝の上で食べるご飯、すっごく美味しくて……」
手を繋ぎ、歩きながら他愛もない話をする。
もう夜だというのに、薄長袖でも少し暑くなってきた。肌で夏が近づいていることを感じる。
そろそろ七月。うちの学校では七月中旬から八月末までが夏休みだから、あと二週間ちょっと。
期末テストという障害はあるものの、それさえ乗り越えてしまえば念願の長期休みだ。由那と迎える、初めての。
「? どしたのゆーし? 何か考え事してる?」
「え? あー、大したことじゃないんだけどな。ほら、もうすぐ夏休みだなって」
「あっ、そっか。もうちょっとだ! ゆーしと毎日、授業にも行かずにラブラブイチャイチャ……へへっ、えへへっ♡」
「毎日会うのか?」
「へっ!? い、嫌……?」
不意を突かれたのか。ビクッ、と由那の身体が揺れ、おそるおそるといった表情でこちらを見つめてくる。
「ははっ、そんな訳ないだろ。俺もそのつもりだったよ」
「も、もぉ! 驚かさないでよぉ……」
「ごめんって。俺の家もそうそう親が日中にいるってことはないと思うから、毎日来てくれても大丈夫だと思うぞ」
「ほんと!?」
「ほんとほんと。それにまたしばらく忙しいのが続きそうって言ってたから、多分泊まっても……ああ、いや。今のは無しだ。うん、忘れてくれ」
「えぇ!? ちょ、えっ!? 泊まっていいの!?」
「忘れてくれって! 流石にそれはその……アレだろ」
由那の両親が門限的に許してくれないだろ、というのが建前。
……俺が色々と持たないだろ、というのが本音。
そんな、毎日毎日泊まるなんて。実質同棲みたいになってしまうじゃないか。……いや、やぶさかではないけども。なんか由那と夫婦になれたみたいで、絶対嬉しいし楽しいけども。
「ぶぅ。期待したのになぁ。せっかくいい将来の予行練習になるかなって思ったのに〜」
「よ、予行練習って、おま……」
「ふふっ、冗談だよっ♪」
と、そんなことを話していると。あっという間に由那の家の前に到着していて、さっきそろそろ帰ると連絡を入れていたからか。由那のお母さんがベランダからこちらを見つめていたので、一度会釈。
そろそろ、お別れの時間だ。たった数時間、一晩のお別れ。
何度も経験しているし、明日の朝にはまた会えるのに。なんでこう、毎回毎回少し名残惜しく感じてしまうのか。やっぱり俺も由那の甘えんぼのことを、あまり強く言えないかもしれないな。
「おやすみ、ゆーしっ。また明日ね!」
「ん。また明日、な」
お別れのキスを、そっと頬に交わしてから。ひらひらと小さな手を振って、由那は扉の向こうに消えて行く。
「……っし、俺も帰るか」
由那がいなくなり、一人。手のひらに未だ感じる彼女の体温の余韻を、ぎゅっと握りながら。俺は帰路へと着くのだった。