「おお、これは」
「わぁ、かわいい!」
町の呉服屋に、エビモンに連れられてやってきたレインとアウミの二人は、早速浴衣を購入する。
レインは雪の結晶がデザインされたの、アウミはアニメっぽい鶴と亀が散りばめられたのを着て見せた。
「お二人とも、とてもお似合いです」
「ああ、ありがとう」
「エビモンちゃんは着替えへんの?」
「私は姉さんみたいに着飾るのを好みませんので」
「ほうか~」
色々相談した結果、前夜祭の花火まで、二手に分かれて観光する事になった一行。
女性組はまず、
「でもレインさん、こっちのよみふぃ柄の方がええんちゃう?」
「わ、私はその、かわいいのは似合わないし」
「そういうのあかんよ、一番なりたい自分にならんと」
「そ、そうかな? そうかも……」
「シソラとの花火デート、一番かわいい格好見せてあげましょ」
「デート!? いやいや、皆で遊ぶのだろう!?」
鏡の前でガールズトークする二人、
そこに、
「――レインさん達は、明日のイベントには参加されないのですか?」
エビモンが、そう問うた。
「桜国城の天守閣にある、氷水晶を目指すサバイバルレースやっけ」
「クリアすれば桜国の囲いは解氷する――今の所は出るつもりは無いが」
「……桜国の人達は、期待しています」
エビモンは、続けて言った。
「義賊では無く怪盗に、開国の未来を」
それを告げる声と表情は、会った時と変わらず、淡々としたものだった。
◇
一方その頃、シソラ、アリク、そしてゴエモンチーム。
「うわぁ! でけぇ滝を鯉が登って、龍になったぁ!? どこいくねーん!」
「桜国はリアル江戸と同じく水の都なのさアニキ! 桜と一緒に凍らずに良かったよ!」
「え、あれかき氷売ってる!?」
「――
「すげー! 食おうぜ! 奢ってやるから!」
「さっすがアニキー!」
そんな感じでかしましく、アリクとゴエモンは、初めて会ったとは思えない勢いで盛り上がっていた。なので、
「二人とも、あんまりはしゃいじゃ
「俺、メロン!」
「アタイ、いちご!」
「聞いてないなぁ」
今のシソラは二人の保護者ポジである。とはいえ、連日ログインする度に注目を浴びていたシソラにとって、ほっとかれるというのは今この時は正直有り難い。
(桜国の人達も、気を使ってか遠巻きに眺めてくるだけだし)
シソラの知らない所で、ゆっくり観光してもらおうぜ! というメッセージが桜国に出回った結果であった。おかげでシソラは、滝の前にある緋毛氈の敷かれた台、ゆたりと腰を落ち着ける。
飛沫の煌めきや、滝壺で水爆ぜる音等、五感で自然を感じながら、VRの中では久しく忘れていた、何もしないでいい事の幸福を、ゆっくりと噛みしめる。
――ただ、その時
「すまない」
「え?」
「怪盗スカイゴールドか?」
自分に話しかけてくる、侍が居た。
編み笠を被り、黒い羽織を着て、腰に刀を下げる。
様々な衣裳で個性を主張出来るVRMMOにおいて、この侍の
「我に何か用かな?」
「――いや、ただ顔を見たかっただけだ」
「そうなんだ」
その後に訪れた沈黙は、不思議と心地良く。
笠が影になって表情も解らないが、何故だか、相手もそう思ってると感じる。
そして、やにわに侍は、かき氷が作られていくのを見て目を輝かせるアリクに目をやり、こう言った。
「あの男は、仲間か?」
「――アリクは」
問われて、それに答えるまでのごく僅かな時間、
シソラの頭の中で、沢山の感情が流れていた。
この2週間、怪盗業で忙しい中、ずっとアリクやアウミの事が気に掛かっていた。
もうこのまま、仲が疎遠になるのではないかという恐怖すら覚えていた。
――中学一年生
幼馴染みとの別離という、自分が悲しさに追い込まれた時、
無邪気に、ただ、隣で遊んでくれた人。
だからそれは仲間と言うより、
「友達だよ」
そっちの方が、しっくり来た。
「そうか」
侍はそう一言落とすと、会釈をし、そのあと去って行く。
暫くの間、遠くなっていく背中を眺めていたが、
「おーいシソラ、かき氷」
「あ、我の分まで買ってきてくれたのか?」
「買うわけないじゃん、ねぇ、アニキ!」
「そうだそうだ、お前はこのあとレインと一緒に食えよ-」
そう言って二人とも、これ見よがしにかき氷をパクつく、そして、
「うっ!?」
「頭キーンときた!?」
「バーチャルでなんで!?」
二人とも、かき氷が作られてる間に、リアルの冷蔵庫にもかき氷があったのを思いだして、
◇
桜国城近くにある広場は、かつては花見の名所として親しまれていた。
今は全ての桜が氷漬けになっており、前夜祭を前にしても、人が訪れる様子は無い。
「三年前――ちょうど姉さんが、桜国からゲームをスタートして1週間後に、この国は氷で覆われました」
ツルカメポップな浴衣を着たアウミと、雪結晶柄の浴衣を着たアウミが、エビモンの淡々とした語りに聞き入る。
「それから1年経った時、とあるプレイヤー達が”悪代官”を始めました」
「ああ、
「グドリーさんみたいな楽しみ方する人、やっぱおるよね」
アイズフォーアイズは他のMMOに比べ、悪い事をしやすい。殺人、強盗、詐欺、なんでもござれ。ただしそれらはあくまでプロレス。
「ヒーローやる人も、悪役がいるからこそやもんね」
「はい、おかげで時代劇みたい、と大好評でした、ただその悪代官の内何人かが――」
エビモン、一度息吐いてから、
「裏でこっそり、RMTもやってたんです」
「嘘!?」
「何!?」
衝撃の事実であったが、
「で、それを暴いたのが姉さん、義賊のゴエモン、つまり姉さんでした」
「ええ!?」
「なんだと?」
更にソレを上塗りする衝撃――義賊RPをした彼女は、満座の前で予告状を出し、悪代官からすれば受けて当然の無理ゲー条件のPVPでことごとく勝利、GETしたレアアイテムを換金し、庶民達に配っていたとか。
「で、ケツの毛まで毟り取られた悪代官の中の人が、逆ギレしてRMT業者と自白した時は、目を丸くして驚いてたようです、慌てて運営に通報して」
「し、知らへんままに、RMT業者を倒したん?」
「それはもう――英雄じゃないか」
レインからすれば、感動しかない。シソラがグドリーにやった事を、既にやった先輩がいたのだ。
今すぐにでも彼女の元へ行って、お礼を言いたい気持ちだった。
「確かに一時は名声を得たのですが、一番望まれた事が叶えられなくて、やがて、姉さんの人気は陰っていきました」
「それって」
「――開国ですよ」
この国の氷は、徳山の秘宝を手に入れれば解けるけど、
「毎回レースに参加しても、後一歩の所で届かない、盗み稼業も精彩を欠き、かつての信頼はもう無くて、蔑み無くとも
「……そうか、それは、辛いな」
「だから、私からもお願いします」
エビモンは、頭を下げた。
「怪盗殿、どうか貴方達が、明日のレースで秘宝を手に入れて下さい」
「――お前は、それでいいのか?」
「……もう姉に、幻想を
エビモンは笑う、良く見ればその顔は、
「姉さんは、英雄じゃなくていいんですから」
ゴエモンの顔立ちとそっくりだった。