第15話

「サイモンさん、来てたんですね!」

「あ、ああ」

「わあ! 何か、あんまり変わってないですね?」

「アリアは……少し大きくなったか?」

「むっ。女性らしくなったと言ってください」


サイモンの言葉に、口を尖らせるアリア。心地いい会話のリズムは懐かしい反面、少しだけサイモンの心を緊張させている。久しぶりの会話なのだ。空気が掴めないのも無理はない。

サイモンは再びアリアを見つめた。肩までしかなかった髪はいつの間にか腰までに伸びており、後ろで柔らかい三つ編みにされて一つに括られている。丸かった頬も少しだけシャープになり、大人びた印象を受けた。身長はあまり伸びなかったのか、一目でわかるほどの変化はなかったが、その分身に着けているものに気遣いをしているのが伺える。

腰に刺した小型の剣がサイモンが町を出る前に渡した剣と同じものであることに気付き、何となく嬉しい気持ちになる。


「みんなは無事なのか?」

「あ、はい。嵐の時、丁度教会までみんなで散歩していたところだったので、そのまま教会に避難させてもらいました。とはいえ、教会も無事じゃ済まなかったんですけど」

「そうか。よかった」

「まさかサイモンさんとお会いできるなんて……あ! 私はたまたま孤児院の様子を見に来ただけですよ!? 別にサボりじゃないです!」


ブンブンと首を振るアリアに、サイモンは「わかってる」と微笑んだ。照れくさそうに頬を掻く彼女の姿を見て、サイモンは元気にしている彼女の様子に少し安堵した。

アリアは孤児院の状態を見て、あちゃあと顔を顰めている。使えそうなものを持っていた籠に入れているのものの、ほとんどは壊れてしまっており、廃棄になるだろう。サイモンはアリアの作業を手伝いつつ、もう一人の弟子の顔を思い浮かべていた。


「ウィルはどうしてる?」

「兄さんは町の修繕に行っていますよ。若い男手は貴重ですから」


なるほど。確かに町の人は力強く、逞しいが、それでもあの状況では若い男の力は重宝されるだろう。

サイモンはアリアの言葉に納得しながら、孤児院の中を漁っていく。使えそうなものを一通りまとめたアリアが教会に戻るというので、サイモンも挨拶がてら教会に顔を出すことにした。

最初は娘と距離感の掴めない父親のような気分でいたが、アリアの人懐っこさに少しずつ緊張がほぐれ、教会に付いた時には前と同じ感覚で接することが出来ていると思う。


「ただいま、お母さん」

「おかえりなさい、アリア。あら? 後ろにいるのはもしかして……」

「お久しぶりです、シスター」

「まあ。まあまあ!」


シスターの朗らかな笑みが、サイモンを出迎える。彼女の周りには見覚えのある子供たちが集まっており、楽しそうに笑みを浮かべている。シスター含め、皆小さな傷は見受けられるものの、大きな怪我はなさそうだ。そのことにサイモンが安堵している横で、アリアが手早く使えそうなものを広げている。大切なものが戻って来た喜びや、戻ってこなかった悲しみが忙しなく行き交う中、サイモンはシスターに「大変な時に来てしまったわね」と声を掛けられた。これを言われるのは三回目である。

その言葉に首を振り、サイモンは空いている椅子に腰かける。お土産を催促する子供たちに「すまんな」と手ぶらであることを謝罪していれば、アリアが声をあげた。


「そういえば、サイモンさんはどうしてビーバーの町にいらしたんですか?」

「ああ……。実は、次の町に行くのに船に乗っていたんだが、俺も嵐に遭ってな。海に放り出された。お陰でほとんど一文無しだ」

「えっ!?」


ほれ、と懐からサイモンが出したのは、銀貨三枚と金貨一枚。一文無しというには随分と持っている状況ではあるが、身ぐるみはがされたような状態で荷物を一から揃えるとなると、ほとんど残らないだろう。

サイモンの言葉にその場にいた全員が驚いた顔をする。まるで幽霊でも見ているような目をする子もおり、慌てて笑みを取り繕った。


「ま、まあ。丘の上のビーバーが助けてくれて、事なきを得たんだが」

「いやいや! 普通嵐の中で海に流されたら助かりませんよ!?」

「そんなことないだろ。ほら、俺はピンピンしてる。不思議なことに怪我一つ無いぞ」

「そういう事じゃないですって!」


アリアの叫びに、サイモンは首を傾げた。どうして彼女が慌てているのか、よくわからなかったがまあ生きているので問題はないだろう。

サイモンは慌てるアリアを一旦落ち着けることにした。どうどう、と宥めていれば、シスターからこれからの事を問われる。

(シスターたちの無事も確認できたし、本当ならこのまま王都に向かいたいが……)

それには色々と足りない。


「そうですね。せめて次の町村に行くための物を揃えてから、出ようかと。王都までは距離がありますから。あ、もちろん復興のお手伝いもしますんで」

「あら、王都まで行くの?」

「ええ。ちょっと野暮用が出来まして」


シスターの満面の問いに、サイモンは苦笑いを浮かべた。王都に行って何をするかまでは言わなくてもいいだろう。まだ何も知らない彼女たちの生活を更に混乱させたくはない。

とはいえ、今の状況ではいつものように買い物で物を手に入れるのは難しいだろう。復興の手伝いをする代わりに、何か物を得られればいいが、果たして出来るだろうか。

(できれば剣とバッグ、可能であれば最低限の調理器具が欲しいな)

水と食料は魔法と道中の狩りでどうにかなるだろうが、基本的なものが無いと困るのはこっちだ。急がば回れ。王都の事は気になるが、まずは目先のトラブルを処理してからだ。

必要なものを頭の中でリストアップしていれば、ふと、視線が突き刺さってくるのを感じてサイモンは顔を上げた。アリアの大きな瞳と目が合う。そういえば、さっきから何も話していないが、何かあったのだろうか。


「どうした?」

「あ、あの……! わ、私も、一緒に連れてってくれませんか!?」

「えっ」


アリアの申し出に、サイモンの頭に描いていた買い物リストが一瞬で吹き飛んだ。