陽が少し傾きかけた頃、リル達はカロッサの家の焼け跡に残された、地下への扉を掘り起こした。
「扉が無事で良かったわ」とカロッサが言いながら、瓦礫の下に埋まっていた、人一人がやっと入れるくらいの石の扉へ手をかける。
グッと引くも、扉はびくともしない。
「うーーーーんっ」と頑張るカロッサに「わ、私が……」とレイが慌てて手を伸ばしかけ、手と手が触れそうになって大慌てで引っ込めている。
久居は、それを見なかった事にして「リル、お願いします」と呟いた。
「じゃあボク開けるね、これ引っ張るの?」
尋ねるリルに、
「そうそう、引き戸なのよ、こっちにグーっとね」
とカロッサが指差す方へ、リルがゴリゴリ音を立てながらも、軽々といった様子で戸を動かした。
「そんなヒョロイのに、流石は鬼だな」
ぽつりと呟いたレイが、首を傾げて続ける。
「……いや、将来はムキムキの鬼になるのか……?」
レイの言葉に、久居は先日対峙した大男や、逆三角形の上半身を持つクザンを思い浮かべてしまい、思わずかぶりを振る。
「うーん。ボクも強くはなりたいけど、あんまり大きくなったら、久居に抱っこしてもらえなくなっちゃうよね」
と苦笑するリルに、レイが明るく笑って提案する。
「そしたら、リルが久居を抱っこしてやればいいんじゃないか?」
リルは「あ、そっかー」と妙案を得たような顔で頷いたが、久居はどうにも納得しきれないまま、その扉をくぐった。
カロッサの次に久居、その後ろにリルが続く。
扉の先は薄暗く、地下へと向かう石の階段が続いていることしか分からない。
後ろで、レイがごくりと唾を飲む音が聞こえた。
「俺はここで…………、いや、そういうわけにはいかない、か……」
どうやら、先の見えない暗闇を前に、天使は怯えているようだ。
「下の部屋には明かりがあるんだけど……、そこまでが、難しいかしら?」
カロッサの気遣いに、久居がリルを振り返る。
「リル、灯りをお願いできますか」
「うん」と頷いて、リルが指先へ小さな火を灯す。
「えっと、燃えると困るものがあるから、気を付けてね?」
まだまだ制御力不足のリルに、カロッサが不安げに声をかける。
「……引っ込めたほうがいい?」
リルの声に、久居は「おそらく大丈夫でしょう。何かあれば対処します」と返事をした。
ほとんどの場合で、力を出す際にはある程度の制御力が必要となる。使うための力を過不足なく集め、それを正しく形作る必要があるからだ。
だが、リルの場合はちょっと特殊で、そこに力を集め放出しているというよりも、その部分の栓をちょっと弛めるだけ、という感覚らしい。
そのためか、炎をただ灯しているだけの場合に限り、リルの炎が揺らぐことはほとんどなかった。
「ありがとうな」
レイはリルに声をかけて、その幼い指先に灯った明るいオレンジの炎を頼りに、地下へ続く階段へ、足を踏み入れた。
地下階段は、ヒヤリとして、埃っぽかった。
「いやぁ、たまには掃除しないとって、思ってはいたんだけどね……」
カロッサが言い訳をしながら先を行く。
普段は明かりを手に降りていたのだろう、その階段は思っていたよりも長く、地下深くへと繋がっている。
「ネズミとか、いないんだね」
リルが耳を澄まして言う。
「食べ物を置いてないからかしらね。もぐらならいるかも知れないわよ?」
そんな二人の何気ない会話を耳にしつつ、久居は、やたらに静かなレイを振り返ってみる。
薄暗くてよくわからないが、どうやら、顔色が悪いようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、……少し、闇が滲みてるだけだ……」
よくわからないが、天使にとって暗闇というのは思ったより厳しいもののようだ。
「光を出したら良いのでは?」
「光はその場に止めるのが難しい。加減を間違えたら生き埋めになる」
言われて久居は『光』について、そういう物らしいと認識を改めた。
「リル、炎をなるべく明るくしてあげてください」
「うん、このくらいかな?」
リルが両手を椀のようにして、掌いっぱいに白っぽい炎を出すと、辺りは昼のように明るくなる。
レイが、ホッとしたような顔をしたので、応急処置にはなったようだと、久居は判断した。
今より少し前、空竜の上での「時の魔術師殿は、今どこでどうなさっているのですか?」というレイの質問に、カロッサは「……きっと見る方が早いから、一緒に来てくれる?」と返した。
明るくなった炎に照らされて、階段の終わりがハッキリ浮かび上がる。
そこから繋がる通路の先には、少し開けた空間が広がっている。
そこに、その答えはあった。
「これは……」
掠れるような声で、レイが口にできたのはそこまでだった。
「……このおじいさん、凍結してるの?」
尋ねるリルは、その膜に覆われた空間に、見覚えがあった。
久居には、この答え……時の魔術師がこの地下で凍結膜に包まれているという状態は、予想通りのものだった。
いや、レイも薄々気付いていたかも知れない。
先ほど、久居の印を落とした時、血まみれの草陰をカロッサがひょいと覗き込んで言った。
「それ、ここに残しちゃおうか」
まだ僅かに生きていた久居の切れ端に、カロッサが手を翳す。
中心から凍結膜でふわりと包まれて、久居の切れ端は、コロリと丸いボール状に固められる。
印は消え去る事なく、膜に包まれた姿で、あの草むらに残った。
それと同じことだった。