僕のリアが可憐すぎて、害虫ばかりが寄ってくる。
迷子で声をかけた男児は「お姉ちゃんをお嫁さんにしたい」と言い出したので、リアは僕のものだから絶対に譲れないと理解させた。まだ子供だからと思っていたが油断ならない。
戻ってきたら偉そうなどこかの貴族に絡まれていた。
あいつらのリアを見る目には下心しかなかったから、二度と近づかないように追い払った。
祭壇にたどり着くまでも僕のリアに見惚れる男が多くてどうしたものかと思ったのだ。しかもリアがそのことにまったく気付いていない。
さっさと婚姻して、すべて僕のものにすれば安心できるのだろうか。
こんなに不安になるのは、僕が自分に自信を持てないからだ。
だって愛しいリアを前にしたら、本当に役に立たないダメ男になってしまう。
もしリアに拒絶されたら、みっともなく泣いて縋るのは間違いない。
いくら魔神になったからといっても、そういうところは変わっていないんだ。
だから、今だけでも僕に独り占めさせてほしい。
嫉妬にまみれた醜い欲望は押し込めるから、僕にだけリアの笑顔を向けて。
僕だけをリアの瞳に映して。
そんな気持ちで転移魔法を使った。
「まあ! ここはキャンピングスクールで来た海岸ですわね!」
「うん、リアと一緒にこの海辺を散歩したかった」
「ふふ、わたくしもですわ。来年まで来られないかと思ったのですが、ライル様のお陰でこんなに早く夢が叶いましたわ!」
収穫祭が行われる頃には、海辺は冷たい風が吹き付けて観光客もいなくなる。シーズンオフは寂しい景色となっていた。
でも目の前の海は僕の悩みなんてちっぽけなんだと感じるくらい広くて、青い空を映して輝いている。
黒髪に染めたリアは新鮮で、花が咲くような笑顔を浮かべてどんなものよりも眩しい。
張りがあり透き通る声で名前を呼ばれただけで、心が沸き立つ。
どれだけ愛情を示しても足りない。愛してるなんて言葉だけでは、この気持ちをあらわせない。
だけど愛しすぎて、いつかリアが僕から離れていくのではないかと、不安でしかたないのだ。
「リア」
「はい、ライル様」
「ずっと僕のそばにいてくれる?」
そんな陳腐な質問しか出てこない。
こんな情けない僕を晒し出すのが怖くて、少しでもリアによく見せたくて、短い言葉に隠して伝える。
「もちろんですわ。ライル様が嫌だと言ってもそばにいますわ!」
そんな風に僕の不安を包み込むリアには、きっとこれからも敵わない。
僕のリア。僕の女神。
「リア、愛してる」
愛してる以上の言葉があるなら今すぐ知りたい。
こんな僕でもいいと受け入れてくれるリアがいる奇跡に、心の中で感謝する。
「わたくしも、ライル様を愛してますわ」
柔らかな身体を抱き寄せて、僕のマントで包み込んだ。リアの花のような甘い香りと背中に回された手が温かくて、それだけで幸せだった。
その後、ジュリアス様たちと大広場の外で合流して、帰りの馬車に乗り込んだ。
ジュリアス様たちも楽しんだようで馬車の中は平和でほんのり甘い空気が流れていた。
リアをマルグレン伯爵邸に送り、屋敷に戻ってきた僕はジークを呼びつける。
「ジーク、問題が発生した」
「問題? どうなさいました? 詳しく聞かせてください」
僕は今日リアと過ごした時間を簡潔に伝えた。
そして僕の密かな目標を知るジークは、話を聞き終わると思いっ切り呆れ返った様子でため息をついた。
「はあ!? そんなシチュエーションでキスができなかった!?」
「うん……いや、もう感極まってしまい、それだけで胸いっぱいで……」
「ええー……その空気でキスできなかったらいつするんですか?」
それでもいつものように「まあ、ライオネル様だからしかたないですね」と言いながらも僕の力になってくれるのだ。
僕の恋愛指南書である【恋人の心を繋ぎ止める99の方法】も、今は中級編を実践している。
初級編はすべてクリアして日々実践しているが、中級編はなかなかハードルが高い。
ここからはスキンシップが増えてくるので、情けない僕には勇気が必要なものばかりだ。
大勢の前でリアは僕のものだと宣言したし、今日のデートではいわゆる恋人繋ぎをしてリアは僕のものだと知らしめた。
この指南書がなければ、手を繋ぐことすらなかったかもしれない。
僕が目下挑戦中なのは次の項目だ。
【お付き合い中級編 その⑧二回目のキスはしたか?】
そうだ、二回目のキスだ。
一度目は目的が明確だったのと勢いもあって実践できたが、二回目がなかなかうまくできなかった。
できることなら毎日したいくらいなのだが、如何せん僕は不器用なのでそういう流れに持っていけていない。
予習のためにも上級編まで目を通してはいるが、こちらはさらに過激だ。
同じキスでも、濃厚で具体的な方法まで書かれている。この項目が該当のものだ。
【お付き合い上級編 その⑤恋人をメロメロにさせよう!】
メロメロになるのは間違いなく僕だと断言できる。この指南書の通りのキスをして、自分を保てるのかすらわからない。
そもそもこの本は大衆向けであるから貴族の教育とはまた別なのかもしれない。閨のことまで丁寧に説明されていた。
僕とリアは結婚するまでは清く正しい関係でいなければいけないが、後々参考になりそうだ。
ただ、なかなか刺激的なのでジークがいない時にこっそり読んでいる。
「ライオネル様の場合は、シチュエーションがよくてもヘタレすぎて行動に移せないので、いっそハーミリア様に気付いてもらうのはいかがですか?」
「リアに気付いてもらうか……だが、気付いてもらった後はどうすればいいのか。思い切って口づけさせてくれと頼んでみるか?」
「いやいやいやいや、直接頼むのだけはやめてください。ライオネル様の鬼気迫る様子で頼んだら雰囲気とか台無しですよ。絶対にやっちゃダメです」
「そ、そうか……」
やはりジークに相談して正解だった。
次にダメなら真剣に頼んでみようかと思っていたのだ。
「いいですか、ベストなのはハーミリア様に空気で察してもらって、ご対応いただくことです。ハーミリア様が目を閉じて待ってくだされば、さすがにライオネル様も本懐を遂げられるでしょう?」
「リアが瞳を閉じて……う、うん、大丈夫だと、思う」
まずい想像しただけで、心臓がバクバクとうるさい。僕を見上げて瞳を閉じたリアはなんて危険なんだっ!
「はー、あんまり気が進みませんが練習しますか?」
「頼めるのか!?」
「ライオネル様のためですから、協力しますよ」
嫌そうなジークには申し訳ないが、やはり練習しないと自信がないので頼むことにした。
「それじゃあ、私がライオネル様役を一旦やりますから、その後同じように私にやってみてください」
「わかった」
僕の方が身長が高くてやりづらいという理由で、ジークは立ったままで僕はソファーに座ったまま教えてもらう。
確かにリアは僕の肩より少し低いくらいだから、この高さがちょうどいいようだ。
「くっそ、これがお嬢様なら役得なのに……ていうかいっそ実地訓練するのに……!」
ジークがなにか呟いているけど、よく聞こえない。きっとジークなりにいろいろと考えくれているのだと思う。
「はあ、よし。いきますよ、ライオネル様」
「ああ、よろしく頼む!」
ジークは僕が腰掛けているソファーの前にやってくる。
ソファーに片膝を乗せて、僕を挟み込むようにソファーの背もたれに手をついた。
ジークの瞳は真剣そのもので、これが女性だったなら確かに胸がときめくだろう。ジークの紅い瞳が熱に浮かされたみたいに揺れていた。
「なにを考えてるんですか? 余計なことは考えちゃダメでしょう?」
「いや、余計なことなど……」
ここでジークの人差し指が僕の唇に触れて、言葉を続けさせてもらえない。
「今は私のことだけ見て、私のことだけ考えてください」
そう言って、ゆっくりと紅い瞳が近づいてくる。
僕は思わず目を閉じた。
「はいっ! こんな感じです! どうですか?」
「っ! こ、これはなかなか難しいな……!」
「うーん、そうですねえ、全部を同じにしなくてもいいんですけど、空気の作り方はこんな感じです。さすがに通信機は映像も入っちゃうんで使えないですし、後は練習して頑張ってください」
一瞬で切り替えたジークが「場所交代です」と言って、ソファーに腰を下ろす。
さっきのやり方でリアにアピールできるように、練習をするしかない。
「ジーク、ダメなところは遠慮なく言ってくれ」
「わかりました。今回はさっさと終わらせたいんで、遠慮しません」
その後、本当にズケズケと遠慮なく的確な指摘をもらい、なんとかジークの許可が出るまで頑張った。