その日も、いつものようにライル様が私を迎えにきて、学院へ向かう馬車の中で仲睦まじく過ごしていた。
「リア、来月の収穫祭なんだが……その、今年はいつもと違う趣向にしたいんだ」
「ええ、かまいませんわ。ライル様はどのようにされたいのですか?」
「もし嫌でなければ、街人たちがするように仮装してみたいと思っている」
「まあ! それは楽しそうですわ!」
収穫祭とは毎年秋の終わりに開かれ、実りの季節を迎えられた感謝を捧げ、来年の豊作を祈願する祭りのことだ。
もともとは地方の農産地帯で行われていたのだが、十年ほど前から王都でも開催されいる。
領地に戻っていない貴族や、地方から出てきた民たちが祭りを盛り上げていた。
民たちはその祭りで神々や妖精、悪魔やゴーストなどの格好を模倣して、大広場に設置される祭壇に祈りを捧げるのだ。
この仮装が民の間では楽しみの一つになっており、毎年この時期になると衣装や小道具が飛ぶように売れる。
そうねえ、ライル様はやっぱり神々の仮装が似合うかしら。そもそも神々しいから、なんの違和感もなく衣装を着こなせそうだわ。それならわたくしは、少し方向性を変えようかしら?
「わたくしも仮装に挑戦してみたいです」
「いいのか!? そうか、では、衣装は——」
「当日のお楽しみにしましょう! わたくしいいことを思いついたのです! ライル様を驚かせたいので、収穫祭まで内緒ですわ」
ライル様はキョトンとしたけれど、すぐに破顔して「わかった」と頷いた。ライル様がどんな格好をするか、とても気になるけれどここはグッと我慢だ。
それにどうせなら、ライル様が驚くような仮装に仕上げたい。さらに他のご令嬢と被らないものがいい。
そうだわ、シルビア様にも相談してみましょう!
そうして、四人でランチをする時間でシルビア様に相談することにした。
「仮装をいたしますの? それは楽しそうですわね!」
「そうなのです。そこでシルビア様に衣裳の相談に乗っていただきたいのです」
「任せてちょうだい! ハーミリアさんを可憐に美しく優雅に仕上げてみせるわ!」
「でもライル様には当日まで内緒なので、よろしくお願いしますね」
わたくしたちの会話を聞いていた王太子殿下が、ワクワクした様子で会話に参加する。
「その仮装は民たちだけがするものなのか? 貴族の令嬢子息の参加は許されているか?」
「はい、領地に戻れない貴族の方は王都の収穫祭に参加されますので、中には仮装する方もいらっしゃいますわ。貴族の方は神々や妖精などが多いですわね」
これはきっとご自身も仮装したいのだ。ソワソワしているところを見ると相当乗り気だと思われる。でも伯爵令嬢のわたくしが気軽に王太子殿下を誘うわけにもいかない。
チラリとライル様を見ると、わたくしの気持ちを察してくれたのか、わずかに微笑んで王太子殿下に声をかけてくれた。
「ジュリアス様も一緒に参加されますか?」
「えっ、いいのか?」
「警備の問題がないのであれば、僕はかまいません。リアもそれでいいか?」
「はい! それならシルビア様も一緒に参加されませんか? わたくしもシルビア様の衣装を考えたいですわ」
「私もよろしいの? 殿下がそれでもいいとおっしゃってくださるなら、参加してみたいですわ」
最近では随分と素直になったシルビア様が、チラリと王太子殿下に視線を向けた。ぱあっと満面の笑みを浮かべた殿下の気持ちは、返事を聞くまでもない。
「いいに決まっている! では、一般的な貴族として参加しよう。それなら仮装しても問題ないな?」
「もちろんです。警備の問題もありますので、そちらはよく相談してください」
「ああ、警備についてはしっかり対応する。シルビア嬢も一緒に参加するなら併せて準備しよう」
王太子殿下がシルビア様に想いを寄せているのは、四人でランチをともにしはじめてすぐにわかった。
シルビア様が他所を見ている時にジッと見つめて、視線が合うとパッと逸らしてしまうのだ。ある日の帰りの馬車でライル様に尋ねたら、もう三年もそんな状況らしい。
王族は学院の卒業パーティーまで婚約者を決められない。
もしシルビア様に王太子殿下が想いを伝えても、状況によっては結ばれない可能性がある。だから気持ちを胸に秘めたまま、タイミングが来るのを待っているというのだ。
だから、わたくしとライル様はそっと王太子殿下の恋を応援することにした。シルビア様は特に好きな男性はいないようなので、チャンスは十分にあると思う。
「それでは、ライル様も王太子殿下も衣装は当日のお楽しみということでお願いします」
そうしてわたくしたちは収穫祭の準備を着々と進めたのだった。
当日はわたくしがシルビア様のお屋敷にお邪魔して準備を整えてもらっていた。
時間になれば王太子殿下とライル様が乗った馬車が迎えにくる手筈だ。
警備の兼ね合いもあるので、王都の中心部までは飾りのない馬車で向かうことになっている。
「シルビア様! 本当の女神様のようですわー!! 王太子殿下がこの美しさに失神してしまわないかしら?」
「ハーミリアさんも、なんてキュートなのかしら! これならライオネル様の心に一生残るわ!」
シルビア様は月の女神アルテミスに、わたくしは魔女が使役する黒猫を模した仮装をしていた。
スタイルのいいシルビア様はヒラヒラと舞うような純白のドレスを着こなし、優雅な立ち居振る舞いで見るものを魅了する。
いつもはきっちり巻いている水色の髪は、緩くウェーブをつけて下ろしていて妖艶な美女となっていた。
わたくしは髪の色を魔道具で黒に変え猫耳をつけて、膝丈のレースがあしらわれた黒いドレスに尻尾をつけた衣装に身を包んでいる。
手には触感にこだわった肉球付きの手袋をはめて、蜘蛛の巣模様のストッキングに黒のショートブーツを合わせた。首元のチョーカーには猫らしく鈴もあしらっている。
ふたりで鏡の前で褒めたたえあっていたら、家令から声がかかった。
「シルビア様、ハーミリア様、王太子殿下とライオネル様がお迎えにいらっしゃいました」
「わかったわ、今行きます」
迎えにきたライル様たちの前に姿を現すと、ピシリと固まったまま動かなくなった。
わたくしもライル様の仮装のレベルの高さに、息が止まるほどの衝撃を受けた。
漆黒のマントをはおり、血を思わせるようなベストに細身の黒いパンツを合わせ、繊細な刺繍が施されたシフォンブラウスの首元には真っ赤なシミがついていた。
口元には鋭い牙をはめて、乙女を狙うヴァンパイア姿のライル様が佇んでいた。
嫌だわ、カッコよすぎるのよ——っ!!
ライル様にならわたくしの血でも心でも捧げますわ—— !!!!
ちなみに王太子殿下は頭から爪先まで包帯に巻かれ血に塗れたミイラ男に仮装していた。なるほど、これなら王太子殿下だとわからない。
そして当然だがシルビア様の女神っぷりに圧倒されて、なにも言えないでいた。
女神とミイラ男が並んだ異様さにはそっと目をつぶる。
それよりもライル様だ。このまま外に出たら、女性が寄ってきて危険ではないかしら!?
どうしましょう、今から参加を取りやめる方法はないの!?
「リア、今日の収穫祭に行くのを止めないか?」
「まあ、ライル様。奇遇ですけれど、わたくしも同じことを考えてましたの」
「おい、ふたりともなにを言っている。今日のために死に物狂いで公務も片付けてきたんだ。絶対に取りやめないぞ」
「そうですわ! 私、ハーミリアさんとも収穫祭を楽しみたいのよ」
あっけなく王太子殿下とシルビア様に反対されてしまった。当然なのだが、ライル様が他の女性に言い寄られるのではないかと不安になってしまう。
「リア、すまない。あまりにも可憐でかわいくて、僕だけが今のリアを堪能したいと思ってしまった」
「いいえ、わたくしもライル様があまりにも素敵で他の女性に言い寄られるのではと不安になってしまったのです」
「それなら心配いらない。僕はリアしか目に入らない」
「わかったから、そろそろ行くぞ」
呆れ気味の王太子殿下の声でわたくしたちは馬車に乗り込み、大広場を目指した。