第257話 東の国の民族衣装



 それから暫く、ブライスさんも含めて、エリスのご家族と談笑しながらも、この家でゆっくりさせて貰ったあと。


 夕方頃になって、そろそろ、準備も出来ている頃だろうということで。


 祝祭として開かれる予定になっているという、催し物会場にみんなで一緒に歩いて向かうことにした。


 領主である彼らの館から出るために、私達が客室の椅子から立ち上がった瞬間……。


「あぁ、そうだわ、皆さまっ!

 良ければ、遠いを着て行かれるのはどうかしら?

 皇女様も、折角のお祭りなのに、お顔を隠してしまうようなローブでは勿体ないですしっ」


 と、まるで妙案を思いついたかのように、夫人からそう提案されたことで、私は首を傾げながら……。


「東の国に伝わる、民族衣装、ですか……?」


 オウム返しになってしまったけれど。


 それがどんな物なのかよく分からなくて、彼女に問いかける。


「えぇ、そうなんです。

 何でも東の国では“着物”と呼ばれているそうなんですが……。

 和柄、という東の国特有の独特の柄をあしらった布地を使っているんです。

 なんと言っても、我が国でも主流のドレスのようにコルセットなどを着ける必要もなくて、慣れればもの凄く楽な着心地のものなんですよ」


 それから、夫人にそう言われて私は思わず目を瞬かせて驚いてしまった。


 “着物”と呼ばれる民族衣装は聞いたことがなかったし、遠い東の国に伝わっているという物なのだとしたら。


 此方では、滅多に手に入れるようなことは出来ないだろうし。


 話に聞いただけでも、それが貴重であり、高価な物のような気がしてしまう。


「あの……、でも、そんな、貴重そうな物を……」


 ――私が着させて貰っても良いんだろうか……?


 という、戸惑いの視線を向ける私に対して


「あぁ、それは良いアイディアだな……っ!

 皇女様、是非とも遠慮などなさらずに、お召しになって下さい」


 と、夫人と私の間に入って声をかけてくれたのは、エリスのお父さんである領主だった。


 私が彼の発言に困惑していると、どこか照れくさそうに笑いながらも……。


「……実は、古くから私達とは家族ぐるみで懇意にしている商人が、物珍しい物には目がなくて、そういった商品をコレクションするのが好きな人間でして。

 各地色々な所を巡りながらも、骨董品などを商売に出来るかどうかは度外視して、買い集めているんです。

 東の国にある“着物”という民族衣装も、彼が珍しい物だと大量に購入して大赤字になってしまった物だそうです。

 我々も借金をする前に、幾つも安く譲って貰ったのですが……。

 この辺りでは着方がそもそも分からない人間ばかりですし、売っても高値では買い取って貰えないので、こういう祝祭や特別な時くらいにしか着ることが出来ない代物なんです」


 と、ほんの少し眉を下げてから、本当に困ったようにそう言われて、私は『成る程……』と頭の中で納得してしまった。


 数年前に彼らが借金を負ってしまった際に、少しでも売ってお金になればと思ったのかもしれないけれど……。


 この辺りでは、あまり高い金額にはならなかったのと、家族ぐるみで付き合っているという商人さんから譲って貰ったということで。


 今もその着物という、東の国の民族衣装を大事に保管しているのだと思う。


「あの、皆さまっ、それでも、品質の面ではきちんとしていることは私が保証します。

 あまり、見慣れない衣装なので、この辺りでは価値がないと思われがちですが。

 一つ一つの、柄や細工などを見て頂ければ、本当に丁寧にこだわって作られているのが分かりますので……っ」


 そうして、控えめながらも、夫人から補足するようにそう言われたことで。


 私は彼女に向かって『気にしないで下さい』と声に出して、ふわりと微笑み返した。


 領主であるエリスのお父さんの話だけだと……。


 一応皇族である私達が着るのに、大した価値がないとも取られかねない物を勧めてしまったということで嫌な思いをしたかもしれないと、配慮してくれたのだと思う。


 そういう所からも、2人の優しい人柄が窺えるものになっていて、私は思わずほっこりしてしまった。


「皇女様だけではなくて、男性が着れる着物も取りそろえておりますので。

 良かったら、皆さまでお祭りに行く前に着替えては如何でしょうか?」


 そうして、彼女にそう言って貰えたことで、私達は揃って顔を見合わせる。


 私の髪色が赤いことも、特に気にする様子もなく。


 図らずも、水質汚染の件もあって……。


 ここに住んでいる領民の人達が私に対して好意的に接してくれていたのは、さっきこの村に来たことで分かっているし。


 多分、フードを目深に被って髪の毛を隠そうとしなくても大丈夫そうだとは、思う。


 それに、折角、こうして“貴重な体験をしてみる”ということに声をかけて貰っているのだから、断るのは何だか勿体ないような気がして。


 夫人に向かって、にこっと笑みを溢したあとで……。


「……ありがとうございます。

 折角なので、私は、着物を着させて貰えると嬉しいです」


 と、お願いすれば。


「うむっ! ということは、僕達もお揃いという訳だなっ……?

 異国の民族衣装など、中々、着ることが出来ぬからなっ!

 どんな物なのか、今から楽しみだっ!」


 と、アルがノリノリで私達に向かって声を出してくれた。


 嬉しそうな表情を浮かべながら、張り切りつつ、声をかけてくれるアルに。


「オイ、アルフレッド、ナチュラルに俺の事をその中に入れるんじゃない」


 と、お兄様がほんの少し困ったような言葉を出せば。


「うん……? だが、ウィリアム、お前、この間、アリスのデビュタントで僕達がお揃いの服を着ると言った時、仲間はずれにされて、少しいじけた様子ではなかったか……?

 やっと念願が叶って、僕達とお揃いが出来るのだぞっ!? 嬉しくないのかっ……?」


 と、唇を尖らせてから、アルの純粋な瞳がお兄様の方を向いて……。


 そういえば、確かに私達がその話をした時。


 『お兄様は、ちょっとだけ残念そうな雰囲気だった気がする』と、思い出した私はお兄様とアルの方へときょとん、と、しながらも視線を向ける。


 その言葉を聞きながら、一瞬だけ『違う』という否定するような表情を浮かべて、何かを言いかけたものの。


 けれど結局、それら全てを飲み込んでしまったかのように何も口に出すことはなく、どこか疲れたような仕草で、小さく溜息を溢したお兄様を見ながら。


 その肩にポンと、手を置いて……。


「オイ、アンタ、諦めろ。

 アルフレッドコイツは、マジで100%善意でしかねぇぞ」


 と、セオドアがお兄様に声をかけるのが聞こえてきた。


「そんなことは、お前に言われなくても俺も分かっている」


 それから、お兄様がセオドアに向かって声を出したことで。


 2人には、まるでその意味が正確に分かっているかのように、意思疎通が図れていて、会話が進んでしまっていることに。


 『どういう意味なんだろう?』と、私は1人、首を傾げたけれど。


 2人に、その意味を詳しく問いかける前に……。


「まぁっ、まぁっ、!

 そうと決まれば、少しお時間がかかりますので、善は急げで、早速お支度に取りかかりましょうっ!

 あなた、皇太子様も含めて男性陣の着物の着付けはお願いしますねっ!

 皇女様は、どうぞ此方へ……っ!」


 と、夫人からそう言われて、あれよあれよという間に、私はみんなと別れて夫人の手を借りて着物を着させて貰うことになってしまった。


 パッと見て、私にはどれも同じような物に思えてしまって、分からないけれど。


 着物の中でもドレスと同じようにフォーマルな物や普段着で着ることが出来るようなものなど、それぞれに格式があるみたい。


 今回、私は“小紋こもん”と呼ばれる全体に模様や柄が繰り返されている型染めの着物。


 東の国の人達は普段“外出着”として着用しているという着物を着させて貰うことになった。


 この家には、まだ小さな子供たちもいるからか。


 子ども用の着物も幾つもあって、柄も好きに選んでいいということだったので。


 白地に梅の完全な赤というより、少し落ち着いた茶に近いような色合いのものをあしらった着物を選ばせて貰ったんだけど。


 普段着るドレスとは違い、本当に異国情緒感が漂っていて、これはこれでもの凄く可愛い。


 更に、着物に合わせて、“巾着”という東の国独特のバックを持って歩くのが主流なんだとか。


 びっくりしたのは、着物の柄にはこっちでは忌み嫌われているような赤色の柄も普通に使われていることだった。


 東の国の方では、もしかしたら“赤”に対する偏見などはあまり無いのかもしれない。


【小物類も含めて、こういうの、ジェルメールのデザイナーさんが見たら、大喜びしそうだな……】


 内心で、『インスピレーションが湧く』とウキウキしながら話しかけてくれる彼女の姿を思い浮かべつつ、夫人から着付けの仕方を教わって着物を着せて貰ったら。


 普段、私自身、特にお化粧などをすることはないけれど、淡いピンク色のリップのようなものを唇に引いてくれた。


 全部が整ったあとで、鏡に映る自分の姿は、何となくいつもよりも大人びたような雰囲気で落ち着かずにそわそわしてしまう。


「皇女様、髪の毛も折角なので、セットさせて貰ってもいいでしょうか?」


 そうして、夫人からそう言われて、私はこくりと頷いたあとで、鏡台の前に置いてあった椅子に座らせて貰った。


 普段、ローラ以外の人からは、あまり髪の毛自体触られることがないから、最初は凄くドキドキしてしまったけれど、夫人の手つきはとても優しいもので。


 ――もしも、自分に頼れる大人の人がいたら、こんな感じなのかな、と……。


 ちょっとだけ思ってしまう。


 腰くらいまである自分の赤毛を、くるりと綺麗に纏めてもらって。


 東の国の髪飾りである、かんざしという小物を髪の間に刺して貰うと、まるで自分が別人みたいになった気がしてくるから本当に不思議だった。


「……あぁ、やっぱり、よくお似合いですっ!

 我がには、折角、良い生地が沢山あるのに、エリスはいっそ、男の子に生まれた方が良かったんじゃないかっていうくらい、こういう可愛らしいものにはあまり興味が無くて、昔から、幼なじみでもある商人の家に入り浸っては、計算などに明け暮れてましたしっ!

 12になる二番目の娘も、私が何度も“着てみて頂戴”って、お願いしていたからか、いい加減うんざりするって言われてしまいましてっ……!

 ここ最近は本当に宝の持ち腐れで、出してあげることも出来ない状態でしたので、皇女様にこんな風に着こなして貰えると嬉しいです」


 そうして、にこにこと、声を出しながらそう言ってくれる夫人に、私はほんの少しだけはにかんだ後で……。


「いえ、私の方こそ、髪まで素敵に仕上げて頂けて、凄く嬉しいです」


 と、声に出す。


 今、夫人に出した言葉は、紛れもなく私の本心だった。


 着物の着付けをして貰っただけではなくて、髪のセットや、唇にリップのようなものまで引いて貰って。


 ここまで、見た事もなかった民族衣装に勝手が分からず。


 何から何まで本当にお世話になりっぱなしだし、夫人の温かい視線に、気恥ずかしいような嬉しさのようなものも感じてしまっていた。


 お母様とは、そんな遣り取りさえ、したことはなかったけど。


【もしも、私がお母様と普通に親子の関係を築くことが出来ていたら、こんな風に、一度でも温かいような会話をすることが出来たのかな……?】


 内心で、そう思いながらも。


 そんな物は、、“ただの夢物語”でしかないと、自分自身が一番分かっていた。


 どんなに私が、お母様に視線を向けていても、決してその瞳が一度たりとも私の方を向くことは無かったように……。


 いつだって、『こっちを、向いて』と、渇望すればするほどに、自分がただ、惨めになってしまうだけだった。


 ――お母様の、最期の瞬間ですら……。


「……皇女様?」


 不意に、夫人に声をかけられて、ハッとした。


「あ、ごめんなさい。……えっと、……?」


【今、何の話をしていたんだっけ……?】


 一瞬、全く別の所にトリップしてしまっていた自分に、慌ててかつを入れて。


 首を傾げてから、取り繕ったあとで、小さく口元を緩めた私を見て、夫人は特にその事には疑問を持たなかったみたいで、内心で一人、ホッと安堵する。


「いえ、準備が出来たので、そろそろお祭りに向かった方が良いかと思いまして。

 恐らく3人分とはいえ、男性陣の方は髪のセットなども必要ない分、もう、準備が整っていると思います」


 そうして、夫人からそう言われて、私はこくりと頷き返して、着付けをしていた部屋から夫人と一緒に出ることにした。


 みんなの準備が出来ているのだとしたら、待たせてしまう訳にはいかないだろう。


 慣れない衣装だからなのか、それとも着物というこの衣装の性質がそうなのか。


 足下が見えるか見えないくらいまで布地があるのと、足袋たびという物を履いているせいもあって。


 もしかしたら、東の国の人はこの格好でも走ることなどが出来るのかもしれないけれど。


 自然に、淑やかな歩幅で歩くように出来ていて、走ることにはあまり向いてなさそうだな、と思いながらも……。


 私は、なるべく急いでみんなの所へと向かう。


 夫人の言う通り、遠くで、私と同じように着物を着ていたみんなが私のことを待ってくれていて、慌てて小走りで駆け寄れば。


 お兄様とセオドアが、私の方を見て驚いたような表情を浮かべた後で。


「……っ、姫さん、別に急がなくてもいい。

 そうでなくとも、普段着慣れない服を着てるんだ。油断してると、転んじまうぞっ……」


 と、セオドアが咄嗟に、私に手を差し伸べてくれた。


 その手を、そっと取らせて貰ってから……。


「ご、ごめんね、みんな私のことを、待っていてくれたんだよね……?」


 と、顔を上げて、声をかければ。


「……いや、大丈夫だ。お前が気にするほど、待ってはいない。

 それより、普段、ドレスを着ているお前が異国の衣装を着ていると、大分雰囲気が変わるものだな」


「あぁ、そうだな、姫さん本当によく似合ってる」


「うむ、アリス、可愛いぞっ!」


 と、皆から口々に褒めて貰えて、思わず気恥ずかしいような気持ちになりながら、ふにゃり、と笑みを溢して……。


「ほ、ほんとに……? ありがとう」


 と、私は声に出して、みんなにお礼を伝える。


 ……そこで、改めてみんなの着物姿を私もしっかりと確認することが出来たんだけど。


 セオドアも、お兄様もアルも、みんな違う色の着物を着ながらも。


 全員、本当にスマートに着こなしていて、私は目をパチパチとさせてから……。


「みんなも着物姿、凄く似合ってるね……。

 特に、セオドアは、何て言うか、凄く馴染んでる……?」


 と、声に出した。


 女の子が着る着物とはまた違って、男性向けの着物は、あまり柄などがついているような物は無いのか、みんな無地だったけれど。


 お兄様は、グレーっぽい着物に紺色の羽織を合わせたもので、セオドアは黒色の着物、アルは濃い緑色っぽい物を着ていた。


 みんなそれぞれに着ている着物の色や帯などが違うものの、セオドアは特に普段から着物を着ていると言われても可笑しくないくらい、もの凄く馴染んでいて。


 私がセオドアの着こなしに、驚いていると……。


「……そういえば、東の国の人間はみな、黒髪だと聞きますから。

 それで、この中では騎士様が一番違和感がなく、着こなすことが出来ているのかもしれませんね」


 と、エリスのお父さんから、セオドアが私達の中で一番着物が似合うだろう理由について教えて貰うことが出来た。


【そっか、東の国の人達は、黒髪の人が多いんだ……】


 ――だから、セオドアも着物が似合うのかも。


 内心で、私がその言葉に、1人で納得していると……。


「あぁ、普段は皮製のソードベルトを付けているが、この着物っていう奴は、帯に剣を刺すだけで持ち運びが可能と来た。……そういう意味では滅茶苦茶、楽だな」


 と……。


 セオドアは、どちらかと言うのなら、自分が着物が似合っているというよりも。


 着物の帯に剣を刺して持ち歩くことが出来ることの方に喜んでいるみたいで。


「おい、お前……。

 異国の衣装を着させて貰っておいて、言うに事欠いて、それだけか?

 絶対に、剣以外の感想が他にももっとあっただろう……?」


 と、お兄様からは呆れたような視線で見られていた。


 そうして、何故かアルは、白色の不思議な物を頭の上に付けていて、私は思わずそれに釘付けになってしまう。


「えっと、あの……、アルが、頭の上に付けているのは……?」


「うむっ! よくぞ聞いてくれた、アリス!

 これは、“狐面”と言うそうだっ! 本来は顔につけるものなんだぞっ!

 本当は、もっと、他に、人間の顔を模した“ひょっとこ”、というお面もあったのだがな。

 ウィリアムも、セオドアも、僕がひょっとこを付けることは断固反対で、仕方がないから妥協案として狐面になったのだ。……出来れば、両方とも付けたかったのだがっ!」


『お前に見せることが出来ずに残念だ……』


 私の問いかけに、胸を張って堂々と満足そうに声を出したあとで……。


 お兄様とセオドアに“ひょっとこ”というお面を付けるのを拒否されてしまったと、急に、ショボンと、落ち込んだような表情を浮かべて、アルが頭に付けていた狐のお面を取って見せてくれた。


 白色で確かに動物の狐を模したような物には目の周りなどに、独特の赤色の装飾がされてある。


 明るいところで見たら何とも思わないけれど、夜に、このお面を付けた人が出歩いていたらドキっとしてしまうかもしれない。


 アルは、異国の文化や、こういう物には誰よりも興味を示している様子だったし、ここでも、色々なことを体験したいと楽しんでいるのだろう。


 狐面を頭の上に付けているアルの姿は、独特の雰囲気がありながらも、色々な意味で似合っていた。


 ……そしてやっぱり、改めて、東の国の人達は、“赤”を使うことには全く何も抵抗がないんだと思う。


 着物の柄に赤色が使われていることも、この狐面に赤が使われていることも。


 赤に対してあまり偏見もなく、差別のない国だと思うと、凄く不思議な感じがしてしまうけれど。


【東の国には、魔女という存在は居ないのかな……?】


 内心で、そんなことを思いながらも、私自身、お祭りとかパレードとか、そういう物には巻き戻し前の軸も含めて参加したことがなかったから。


 初めてのことに、ドキドキしながら、凄く楽しみだな、っていう気持ちが湧いてくるのと同時に。


【折角だから、ローラも一緒に来ることが出来たら良かったのにな……】


 ――みんなでお祭りに行くことなんて、本当に滅多に出来ないことだから。


 と……。


 ほんの少し残念に思ってしまう。


 こんなことになるなんて、思ってもなかったから、今日もローラには別荘で仕事をして貰っていた。


 ……巻き戻し前の軸にも建国記念日などの時には、パレードみたいな催し物が開催されていたけれど、結局外に出ることの出来なかった私は。


 いつもそれらが開催されている時期については、把握していても。


 一度も参加することも、楽しむことも出来ないまま。


 そういった催し物がどんな物なのか頭の中で想いを馳せながら、自室で一人、過ごすことしか出来なかった。


【そういうとき、度々、ローラが外で売っているものを、こっそりと差し入れして持ってきてくれたりしたことがあったなぁ……】


 と、思い出す。


 巻き戻し前の軸は、本当に、周囲にいる人全てが敵だと思ってしまって、誰にも心を開くことがなかったけれど。


 今なら、私が一人、寂しくしている姿を見て……。


 ローラが、あれこれと気にかけてくれていたのだと分かる。


 その優しさも、温かさも、私に向けてくれるローラの視線はいつだって、柔らかなものだったのだったから……。


 だからこそ『折角だから一緒に楽しみたかった』という気持ちが、むくむくと湧き上がってきてしまって。


 無性に、今、ローラのことが恋しくなってしまって、私は苦笑する。


 その考えをそっと振り払うように。


 みんなに視線を向ければ、着物を着ているのは私達だけで、ブライスさんは。


「私はもう、いい歳ですから、流石に今から異国の衣装を着るというのは……」


 と、着物を着ることは、やんわりと辞退したみたいだった。


 領主であるエリスのお父さんと、夫人も、特に今日は着物を着ることはせず、二人の子供たちも同様で。


『普段から事あるごとに、嫌ってくらい、着飾らされているので、飽きてしまって……』と、エリスの妹である女の子がそう言っていて、今日は着物を着ることはしていないみたいで。


【今の今まで特に何とも思わなかったけれど、殆どの人が着物を着ていない以上、私達はかなり目立ってしまうんじゃないだろうか……?】


 と、思ってしまう。


 何となく、私がその事に不安に思ってしまっていたら、夫人から、普段から東の国の人達が外を歩く為に使っているという草履ぞうりという履き物を推奨されてしまった。


 普段、私達が履いている靴とは違い、鼻緒と呼ばれる足の指を挟むような装飾がついていて、凄く不思議な感じがする。


 だけど、足袋と会わせればこの二つがきちんと整合性の取れたものだということがよく分かって、私は四苦八苦しながらも、夫人が用意してくれた草履へと足を通した。