第234話 その冒険者の行方



 それから、私とアルは一度、今日宿泊する予定だった部屋に戻り。


 この洞窟の中に入る前、事前にセオドアに言われて、私たちの生死に関わるような問題が起きてしまった時のためだけに、アルの空間魔法の中に入れていた分の食料も熊にあげるために一度出して貰って。


 ギルドの職員さんに今、持っている分の食料の殆どを提出した。


 私たちの手持ちを把握しているヒューゴだけは、その状況に違和感を感じたみたいで、驚いた様子だったけど。


 もう既に、アルが“”ではないと、ヒューゴはさっきアルが魔法を使ったことで、分かってくれているみたいで。


 アルの事を知らない周囲の人達も沢山いる中、あれこれと詮索しない方が良いと判断してくれたのだろう。


 此方に向かって、色々と聞きたそうにしながらも、それ以上突っ込んで聞かれるようなことは無くてホッとする。


 食料なども含めて、重たい荷物はヒューゴも含めた冒険者の人が全て持ってくれた。


 ヒューゴと話をしていた歴戦といった感じの、年齢の高いギルドの職員さんは私達に付いてきてくれて。


 アルと一緒に怪我をしていた冒険者を診てくれてた職員さんがこの場所に残って、怪我人の様子を見つつ、何人かの冒険者達とバリケードなどを立てるのに尽力してくれるみたい。


 それから緊急で何かあった時のために、5つ目の洞窟小屋の方に事情を説明しに行ってくれている人達も、冒険者の中から2人ほど、名乗りを上げてくれていた。


 朝、痺れ玉の罠が設置されていたことから、5つ目の洞窟小屋から6つ目の洞窟小屋に来るまでの道に関しては今日のお昼頃には、全面的に通行止めにしてくれているみたいで。


 ここから新規で『此方に向かって来る様な冒険者がいないのは幸いだった』と、ギルドの職員さんに教えて貰った。


 猫の手も借りたいような状況下で、アンドリューの結成していた冒険者パーティーのメンバーも、自分たちが悪いことをしたとは認識してくれているみたいで。


 サムを筆頭に、この場所に残ってバリケードを作って立ててくれる為に。


 ギルドの職員さんの指示のもと、色々とこの場にある材料を使って、奮闘しながら頑張ってくれるみたいだった。


「良しっ、準備は整ったなっ! お前達、ここからは慎重に進むぞ」


 そうして、大剣を背負ったベテランのギルド職員さんが私達に声をかけてくれたことで。


 ようやく、セオドア達の元へと救援物資を届けに行けることになって、安堵と共に心配で頭の中がいっぱいになってくる。


 今もなお、一生懸命、熊さん達を殺さないよう、手加減をしながら戦ってくれているだろう。


 あの場で、怪我人のことも含めて考えてくれて。


 私達を逃がすために、大変な任務を引き受けてくれて、二人だけ残ってくれたのは分かっているし。


 一匹、はぐれて私達の方に来たといえども……。


 全部で6匹いた熊さん達の頭数を考えると、どうしても不安は拭い去れない。


【セオドアも、お兄さまも大丈夫かな……? 怪我とか、してなければいいんだけど】


 ――どうか、無事でありますように


 と、私があのフロアに残ってくれた二人に思いを馳せていると。


 ツン、と手の甲に何かが当たる感触があって、視線を下へ向ける。


 少しだけ不安なのが表情に出てしまっていたのか。


 これから、私達に付いて家族の元へと向かう予定の熊さんが、私の手のひらに湿った鼻を“ちょん”と擦りつけたあとで。


 心配そうに私の顔を見てくれているのが分かって、私は熊さんに、にこっと微笑みかけた。


「心配してくれてありがとう。……熊さんも、早く、家族に会えたらいいね」


 私がそう言うと、熊さんが嬉しそうに私の顔を見て、一鳴きしてくれる。


 人間の言葉は多分通じていないと思うんだけど、この子は私が言いたいことは、雰囲気などで何が言いたいか察して理解してくれる賢い子なのだろう。


 私がセオドアとお兄さまのことを心配するように。


 この子だって家族のことは心配なはずだし、離ればなれになってしまって、寂しい思いをしていると思う。


 見た目は成人している熊のように見えるけれど、アルの話曰く、この子はまだ小熊みたいだから。


 そう考えると、この子のことも、早く母熊の元に返してあげたいな、と思う。


【今、狂暴化している熊さん達も、食料をあげることで、何とか落ち着いてくれたらいいな】


 体力を消耗すればするほど、お互いに苦しくなってしまうようなことは目に見えているし。


 お兄さまやセオドアが心配というだけじゃなく、熊さん達の為にも早く行ってあげるに越したことはないだろう。


 私が熊さんの方に視線を向けていると。


 ほんの少し、ゆっくりとしたテンポながら『ハァー……、ハァー……っ』と、熊さんの呼吸音が次第に荒くなっているのを感じて、もしかしたら眠り玉が効いてきているのかもしれないと思う。


【だとしたら、セオドア達の方にいる熊さん達も。

 この子と同じように、眠り玉の効果が効き始めているのかも……】


 熊さんの今の状況を確認してから……。


 既に6つ目の洞窟小屋から出て、先頭で歩き始めてくれていたギルドの職員さんとヒューゴに向かって、私は熊さんの状況を説明する。


「なるほど、眠り玉が効き始めているということか……」


「はい、恐らくですけど。……そのっ、ほんの少しでも急いだ方が、熊たちも体力の消耗が激しいでしょうし、ご飯を食べてしまう前に眠ってしまうといけないなって、思って」


 そうして、私が今後、起こりうるかもしれない状況について声を出すと。


 私と、熊さんの様子を交互に見てくれた後で。


「分かりました。ほんの少し歩くペースを上げましょう」


 と、ギルドの職員さんが頷いてくれた後で。


「……えぇっと、アルフレッド様、でしたよね?

 ヒューゴから事前に聞いてはいるものの、本当に地図などを見なくても案内などが出来るものなんでしょうか……?」


 と、アルに向かって声をかけてくれる。


「うむ。洞窟などは、ぱっと見、どこを見ても茶色い土で似たり寄ったりに見えるものだが。

 その形状が、全く同じ物というのは欠片も存在しない。……お前達も、大船に乗ったつもりで僕に任せてくれると良い!」


 そうして、アルが自信満々に微笑んでくれたあとで『お前ももうすぐ、はぐれた家族に再び会えるから、もう少しの辛抱ぞ』と、熊さんに声をかけてくれれば。


 熊さんが嬉しそうな表情をしながら、アルの方へと視線を向けたのが、私からも確認出来た。


 2人ほど、松明を持ってくれて。


 ヒューゴが懐中電灯を持ってくれて。


 アルが先陣を切って、私達の事を誘導してくれれば。


 6つ目の洞窟小屋に私達が帰る時よりも、怪我人がいない分、道中、何ごともなく、大分スムーズに進むことが出来る。


 ヒューゴと、ギルドの職員さんを除いて、冒険者の人達も、2人ほど追加で来てくれているけれど、彼らも6つ目の洞窟小屋の方まで奥に進んで来れるだけの腕前はあり……。


 どの人も、はっきりと見た目で視認出来るくらい筋肉が付いていて、各々の武器を持ってくれている。


 食料などを背負ってくれている分、重い荷物で大変かもしれないと思っていたけれど。


 ペースを上げても、特に問題が無さそうで、何となく心強い。


「うむ、お前達、そろそろ、あの男のいるフロアまで来るぞっ」


 そうして、アルが声をかけてくれて、私達は警戒し、臨戦態勢を整えた。


 アルの言う、“”というのはアルの雷撃らいげきで麻痺して痺れてしまったため、その場に放置したアンドリューのことだ。


 とりあえず、ヒューゴとサムが、みんなに事情を説明する際に口裏を合わせてくれたみたいで。


 私達が洞窟小屋まで、熊たちから逃げる途中、一匹、現れた熊に驚いたアンドリューが。


 自分の手持ちで一個だけ所持していた『痺れ玉の罠を投げた時、思いの他、前に飛ばなかった痺れ玉が自分の近くに落ちたため、粉を吸い込んだ』という説明をとってくれたみたいだった。


 それから、アンドリューが、今日、私達に罠を使ってきた理由について。


 酒場での恨みと、という思いもあったのかもしれないということをヒューゴが説明してくれて。


 ナイフで私の頬が切られてしまったことなども含めて、全て自業自得なので、怪我人を連れて帰るのを優先して、その場に痺れた状態で、ナイフと共に一先ず置いてきた。


 と、何も知らない人達には、言ってくれているらしい。


 みんなの話が纏まって、私達がアルの持ってきてくれた食料を取りに行くフリをする為に宿泊施設に戻る前に、こっそりとヒューゴが『そういうことにしている』と、私達に教えてくれた。


 アンドリューの普段の素行の悪さは、この辺の冒険者達からすると殆どの人が知っているくらい有名だったみたいで。


 アンドリューの行いに対して、憤るような人はいるものの……。


 アンドリューが熊に向かって痺れ玉を投げようとしたというのも、そもそも冬眠している熊たちに毒玉を投げて彼らを起こしたのはアンドリューだし。


 『自分の身を守るためにしたこと』だという、認識を持たれた上の自業自得だと。


 ――誰もその言葉を、疑わなかったみたいでホッとする。


 流石にヒューゴやサムなどは口が堅いかもしれないけれど。


 大勢の人に、アルが人間ではないとバレるのは回避出来るなら、回避しておきたい。


 それから、結局、みんなで話し合ってくれた結果。


 商人の人達から、縄を借りて、アンドリューの事は捕まえることにしてくれたみたいだった。


 サムや他の人達は、バリケードなどを作る為に頑張ってくれているけれど。


 何もせずに、このまま放置していたら、アンドリューという人間は何を仕出かしてくるか分からないというのが、みんなの総意だったみたい。


 アルの指示の下、慎重になりながら、私達が、丁度、アンドリューを置いてきたフロアの入り口で止まったあとで……。


 パッと、ヒューゴが懐中電灯をフロア内に向けてくれると。


「……ッッ!」


「……オ、オイ……コイツは一体、どういうことだ……っ?」


 アルの雷撃で、その場に蹲っていた筈のアンドリューの姿が、どこにも見当たらず、私達は顔を見合わせる。


 ヒューゴのぽつりと、呟くような声だけがフロアの中に響いて消えた。


 それから、そこまで広くないフロアの中に入って。


 くまなく、何度もその場を確認してみても、アンドリューの姿も、置いてきたサバイバルナイフもどこにも見当たらなかった。


「……痺れ玉の罠から回復して、ふらふらとしながらも、何処かの道へと進んだ可能性はあるな」


 そうして、ギルドの職員さんがそう声をかけてくれると。


「あぁ、けど、あの男は、灯りになるようなものなんざ、何一つ持ってなかった筈ですぜ」


 と、ヒューゴが答えてくれる。


「どちらにせよ、俺たちの今やることは、皇太子様のいる熊たちの方へと向かうことだ。

 正直に言うが、アイツのやったことも含めて考えると、その責任は重大であり。

 アイツの為だけにフロアマップが分かっていないこの先に、今は、そこまで人員を割けるほどの余裕もない。

 アンドリューの、その生死について探すのは、……捜索隊に任せることにする」


 そうして、少し考えたあとで、ギルドの職員さんは苦渋の決断をしたみたいだった。


 ということは、自分たちでは探さないということに直結するし。


 サム達が、どれほどの日数、洞窟の中に滞在するつもりなのか。

 事前に入り口で、ギルドの職員さん達から聞かれていた日数よりも、更に時間が経過してからの捜索になるということで。


 発見できたとしても、死んでいるのかどうかの確認をするだけになるだろうし。


 灯りも何もないこの洞窟内では、恐らくその生死については、希望を持てない状況に置かれてしまうだろう。


 もしも、アンドリューがアルの雷撃から少し回復出来て、私達のいる6つ目の洞窟小屋の方へ向かっていたのだとしたら、もう既に、私達と鉢合わせしていなければ可笑しい。


 アンドリューのしたことは、到底許せるようなものではないし。


 ギルドの職員さんの判断が間違っているとは思えない。


 今、この状況で、アンドリューのためだけに、割けるような人員はいないというのも確かだから。


 ――甘いのかも知れないけれど。


 内心で、その安否については心配の気持ちが少なからずあった。


 “アンドリューのことを思って”というよりは、アンドリューの身に、もしも万が一のことが起きてしまったら。


 直接的な要因ではないけれど、アルがアンドリューに攻撃をしたことで。


【もしかしたら、優しいアルの傷になってしまうんじゃないかと思ってしまったから……】


 そっと、アルの表情を確認するように窺ってみたけど、アルは普段通りの雰囲気を醸し出していて。


 そのことに、どうしようもないくらい安堵している自分がいた。


 ――そんな自分のことを、卑怯かもしれないと思ってしまう


 だって、私も、ここに来て優先するのはアルの気持ちも含めて、セオドアや、お兄さまのことで。


 今は大部分が、みんなの安否のことで頭の中がいっぱいで。


 直ぐにでも、セオドア達のいる方に、救援物資を持って向かいたいという気持ちから……。


 アンドリューのことまで、気にかける余裕なんて、とてもじゃないけど持てなくて。


 その身の安全を天秤にかけた時、きっと『どっちも助けられるのなら助ける』と言える人は格好いいと思うし、極力そうしたい気持ちが無い訳じゃないけれど。


 それでも、のなら、私は私の大切な人達の方を取ってしまう。


「皇女様、そんな暗い顔しないでください。……あの男の今までしてきたことを考えると、正直言って俺は、自業自得だと思いますぜ?」


 そうして、ヒューゴからそう言われて、私はハッと顔をあげた。


「あ、……はい、そうですよね」


 純粋にアンドリューのことだけを心配していた訳じゃなかった分、何となく申し訳なくなって、私は困りながらもヒューゴに向かって微笑み返したあとで。


 まだ、アンドリュー自体が洞窟内を彷徨ってしまって見つからないと決まっている訳じゃないし。


 迷子になってしまって、偶然私達と遭遇したサムみたいに、もしかすると灯りが見えれば、アンドリューも、私達とバッタリ出くわして合流する可能性もあるだろうな、と思いながら。


 気持ちを切り替えて、みんなの言うように、セオドア達の方へと向かうことにした。