第193話 複数人の証言

 それから騎士達が連れてきた医者に関してはその場にとりあえず待機して貰うよう伝えたあと、お父様がアルを引き連れて、今度はパーティーの際に給仕していたであろう皇宮で働く使用人たちの方へと話をしに向かっていった。


 きっとさっきと同じ方法でアルに犯人候補を絞って貰うのだろう。


 お父様がアルを連れて話をしに行ってくれている間に……。


「皇女様、ウィリアム殿下。

 お二人は倒れた貴族の治療にも当たっていたので、大丈夫かとは思いますが、念のため、当時のことについてお聞きすることをお許し下さい」


 と、此方に戻ってきた若い騎士から言われて、私達も簡単な事情聴取を受けた。


 私とセオドアとアルは飲み物を飲んだタイミングも一度きりのことだったし。


 その際には、別の飲食スペースを利用していたから、問題になっている飲食スペースには一度も行っていない。


 お兄さまも、私達と一緒に飲み物を飲んだときが初めての利用だったみたい。


 因みに騎士の話によると、ギゼルお兄さまにもテレーゼ様にも既に同様の質問はしており。


 二人も該当の飲食スペースには立ち寄っていないということが今の段階でも分かっているらしい。


【つまり、私達皇族はこの件には全員、関与していないってことだよね】


 そのことを聞いて内心でホッと安堵しながら……。


「あのっ、途中でパーティー会場から帰ってしまった人については調べが済んでいるのでしょうか?」


 と、不意に思いついたことを騎士に問いかければ。


「えぇ。

 今回のパーティーは皇女様のデビュタントでしたからね。

 余程、重要な用事を抱えているような方や、特殊な事情があったから出て行った人間以外は基本的には途中で退席するようなことはマナー的にもNGですから。

 出て行った方も少なくて、そちらに関しては既に調べがついています」


 と、教えて貰えた。


 もしかしたら、毒を盛ったあと、パーティー会場から出て帰ってしまった可能性もあるんじゃないかと思って問いかけたけど……。


【……それなら、あまり外に出たような人はいないのかな?】


 特殊な事情があったから出て行った人間というのは、お母様のことで私に向かって声をかけてきた、アルの風魔法のお蔭でカツラを被っていたことが判明したあの貴族のことだろうか?


「パーティー会場から出たのは、カツラを装着していることが判明したあの貴族の方のみですか?」


「えぇ。……それと、公爵様もそうですね」


「……お祖父さまが?」


 私が問いかけると、目の前の若い騎士は私達に向かって思いがけない人の名前を口に出した。


 まさか、ここでお祖父さまが出てくるとは予想もしてなかったので驚いていると。


「お忙しい中、皇女様の為に時間を縫ってお越し頂いていたのでしょう。

 普段は、どなたのパーティーであろうが滅多に参列することはない御方なので、今回皇女様のデビュタントに来られていたこと自体が奇跡のようなものです」


 と、続けざまに言われて私は更にびっくりしてしまう。


 そう言えば、お祖父さまがパーティーに来ること自体が余程珍しいことだったのか。


 テレーゼ様も今日のパーティーの最中、お父様に向かってお祖父さまが参加していることを凄く不思議に思っていた様子だったな……。


 お父様とお祖父さまが今日を迎えるにあたって、どんな風に遣り取りをしていたのか全く分からないけれど。


 お祖父さまが私の為に忙しい中時間を作ってわざわざ来てくれたのだと……。


 思いもかけないタイミングで知ることが出来て、嬉しい気持ちが湧いてくる。


 私達が騎士から話を聞いていると、お父様が宮で働く使用人達を3人連れて戻ってきた。


 ……アルが犯人候補については絞ってくれている筈だから、この人達は全員、関わっている可能性のある人達なのだろう。


【使用人達が一番、グラスに近づきやすいから、勝手なイメージでもっと人数は多いんだろうな】


 と、思っていたけれど、意外に少なくてびっくりした。


 でも、確かに犯人がいようがいまいが関係なく……。


 仕事で近づく以外は毒を盛った可能性があるだけで、それぞれに担当していた箇所も違うだろうし。


 仕事内容もグラスの入れ換えから、グラスをクロスで拭いたり、少なくなった飲み物の補充をしたりで、グラス自体に近づいた人間という所で見ると関わった人間はそう多くないだろう。


 考えて見れば至極当然のことだった。


 貴族が5人、使用人が3人、医療関係者が2人、と……。


 合計10人にまで、犯人候補が絞られていることにアルのお蔭だな、と思う。


「陛下、その使用人の方達は……?」


「詳しい話は後でする。

 ウィリアム、休憩室で待機している貴族を全員此処に連れてきてくれないか?」


「承知しました、父上」


 騎士に問いかけられたお父様がウィリアムお兄さまに声をかけたそのタイミングで。


「陛下。

 やはりわたくしも事件がどのように進展しているのかが気になって、こうしてギゼルと共に駆けつけました。

 ウィリアムやアリスも動いている中、私達2人だけが、部屋で待機して休むようなことは皇族の一員としてもあってはならぬこと……。

 私やギゼルに出来るようなことがあれば微力ながらお手伝いさせて頂ければと」


 と、テレーゼ様と、ギゼルお兄さまが、パーティー会場に戻ってきてくれた。


「そうか……。

 お前達の心遣いに関しては有り難いと思うが、お前達の手を借りずとも、事件はあれから大分進展している」


「……では、犯人がお分かりに?」


 お父様の言葉に対してテレーゼ様が首を傾げたあとで、問いかけるのが聞こえてくる。


 その言葉に、お父様はふるりと首を横に振り……。


「いや。

 そこまではまだ分かっていないが。

 改めて今残っている人間に更に詳しく事情聴取を行おうと思っていたところだ」


 と、声を出してこれからのことを私達にも分かりやすいように教えてくれた。


 ウィリアムお兄さまは、テレーゼ様やギゼルお兄さまの姿が見えても、お父様に頼まれたことを優先させてこの場を後にしたから、もうすぐ貴族を連れて戻ってきてくれるだろう。


「皇后様、ギゼルお兄さま、ありがとうございます」


 私が2人にぺこりとお辞儀をしてお礼を伝えると、ギゼルお兄さまから少しだけ唇を尖らせて……。


「……べっ、別にお前の為じゃないっ!

 例えお前であろうとも、皇族としてこのまま舐められたままじゃ沽券に関わることだと思ってるから、この問題に関して調べようとしているだけでっ!」


 という言葉が返ってきた。


 その言葉に私が何か返事をするよりも先に……。


「……ギゼル。

 そなた、いつから、アリスに対してそのような口を聞くようになったのだ?」


 と、テレーゼ様がいつもよりも数段低い声で窘めるようにお兄さまに向かって声を出してくれた。


 その言葉に、お兄さまが『……うっ』と小さな声を出して、罰が悪そうに私からそっと顔を背けるのが見える。


【お兄さまの態度は通常運転というか、いつもと違ってこれでもかなり照れ要素が強めだと思うんだけど……】


 だから、私自身はそう気にもならなかったけれど。


 テレーゼ様は私の事を考えてくれたのか……。


 それか、もしかしたら、一応ここが公の場だからと、お兄さまの言葉遣いを気にしてくれたのかもしれない。


 2人の遣り取りを見ながらぼんやりとそんなことを考えていたら……。


 ウィリアムお兄さまが、5人の貴族を引き連れて戻ってきてくれた。


「陛下、いきなり我々を呼び出すだなんて、一体どのようなご用件でっ!?

 もっ、もしかして、犯人が分かったのでしょうかっ!?」


 さっき、私のことを“呪い”と表現していた貴族が口火を切ったのを皮切りに。


 ここに集められた人間は、他にお父様に対して直接何かを言うことはしないまでも、不安そうな瞳で事の成り行きを眺めていた。


 実際、『どうして自分たちだけこうして呼び出されたのだろう』と、内心気が気ではないのだと思う。


「ふむ、そうだな……。

 私の調べでは、ここにいる全ての人間が、飲食スペースの利用をした時に問題のワイングラスにかなり近くまで接近していたということが把握出来ている。

 当然、全員が全員、犯人ということはあり得ないだろうし、此処にいる殆どの人間が無関係であることは私も分かってるが。

 だからこそ、今一度事件解決のために何か思い出すようなことがあればより詳細に当時の状況について聞いておきたいと思ってな」


 とお父様がはっきりとそう言ったことで、小さなどよめきが彼方此方あちこちから湧き上がるのが聞こえてきた。


「まさか、もう既にそのような所まで事が進展していたとは……。

 わたくしの想像よりもずっと早くて驚きましたが、これはそれだけ陛下が事件解決へと向けて真剣に取り組んだことの証。

 陛下がそのように仰るのでしたら、皆も早期解決のために私達わたくしたちの為に是非協力して欲しい」


 そうして、テレーゼ様が周囲の貴族を含め全員にそう声をかけると。


 彼らは一様に困ったような表情を見せてくる。


【突然、そんな風に言われても困るよね……】


 誰も何も言葉を発さない中で。


 お父様が……。


「誰も何も伝えるようなことがなければ、これから時間を取って一人一人、私から個別に当時の状況について更に詳しく聞いて行く事になるが……。

 ここにいる人間は、全員かなり近い時間帯に飲食スペースを利用している者の筈だ。

 その際に何かを見たり、または複数人で利用したがために互いの動向を見ていてその動きに問題がなかったなど、覚えていることは無いか?」


 と、声をかけてくれる。


 お互いに顔を見合わすものの、シーンと静まり返ったこの場所で『陛下……』と手を上げて、一番最初に声を出してくれたのは、貴族の40代くらいの女の人……、夫人だった。


「私と、此方の……確か茶髪でしたので此方の使用人だと思うのですが。

 彼がグラスを入れ替えるのと、私が丁度飲食スペースを利用したのとは、ほぼ同じタイミングだった筈です。

 そして、その際にもう一人、其方そちらのご令嬢とご一緒したのを覚えています。

 ですが旧知の間柄ではなく、お互いに会釈をした程度で、そこからは飲み物をグラスに入れることに集中していて、お互いの手元まではきちんと確認出来ておりません。

 ですが、私の覚えが正しければ彼女は確かティーカップを手にしていたと思います」


 彼女が証言してくれたのは、この中では一番年下と思われる成人したてくらいの10代の令嬢と丁度飲食スペースで出くわしたということだった。


 そして、もう一人。


 どこにでもいるような茶色の髪の毛で……。


 パッと見ただけでは直ぐに顔を覚えられないかもしれなくらい、無個性な感じであまり特徴のないあっさりとした顔の目立たないような年若い男の使用人が、彼女たちの傍でグラスを交換したのだということが伝わってくる。


 あまりにも特徴のない顔をしているからか、夫人も本当にこの使用人であっているのかと半信半疑っぽい口調だったけど、他の使用人達が茶髪ではなかった為、多分そうだろう、というような雰囲気で……。


「ふむ、それは本当のことなのか?」


 それを聞いたお父様が事実確認をするために問いかければ、話を振られた令嬢がこくりと同意するように頷いたのが見えた。


「はい、陛下。

 ……間違いありません。

 私は桃を使ったフレーバーティーが珍しかったのでそちらにしようと思ったのですが、ティーカップを手に取る際にその隣にあった幾つかのワイングラスを倒してしまって……。

 幸い割れたグラスはありませんでしたが、そちらの使用人の方に助けて頂きました。

 応対してくれたのでそのお顔もしっかりと覚えています」


 桃を使ったフレーバーティーは私も飲んだものだったし、会場に置いてあったのは間違いのないことだ。


 それにプラスして、ティーカップの横にあったワイングラスを倒してしまったせいで、アルがワイングラスから、より濃密に関わったと思われる人の魔力を解析したリストの中に彼女が入っていたのも頷けた。


「話は分かった。それで、お前は何を飲んだんだ?」


「はい、私は倒れた貴族の方が飲まれていたのと同じで赤ワインを頂きました」


 お父様が令嬢の方の言葉に頷いたあとで、貴族の夫人へと問いかければ。


 彼女はあっさりと、自分の飲んだものを教えてくれた……。


 此処に来るまでもお兄さまや騎士達から同様の質問はあった筈だし。


 その時答えたものと、今、答えてくれている物に適合性が取れなくなってしまったら、たちまち怪しいとは思われてしまうだろうから。


 たとえ嘘をついていても、基本的には全て、個別にそれぞれ騎士やお兄さまから聞かれた質問に対して答えたことをここでも話さなければならないだろう。


【肝心なのは騎士やお兄さまから彼らに向かってされた質問が、それぞれの証言に対して一人一人、個別に別途部屋を用意して聞いているということだ】


 もしも、その時答えたことと、別の人の証言で今、食い違うようなことがあれば。


 一気にその人が、犯人である可能性は高まってくる。


 ……とはいっても、私はこういうのを見抜くのって本当に苦手だから役には立てそうもないんだけど。


「グラスを入れ替えていたと言っていたが、倒れてしまった患者がワインを飲む前に、最後に新しいものにグラスを取り替えたのはお前で間違いはないか?」


 何か自分でも役に立てそうなことはないかと内心で探しつつ、話を聞いていると。


 続けてお父様が茶髪の使用人へと声をかけたのが聞こえてきた。


「えぇ、陛下。

 その後何度か他の使用人が、少なくなった飲み物の補充などに来た筈ですが。

 グラスを最後に入れ替えたのは僕だと思います。

 彼女たちが、僕がグラスを替えた時に一番最初に利用した人達で間違いありません。

 一度そちらのご令嬢がワイングラスを倒してしまったのを直したあと、厨房に古いワイングラスを下げに行ってから……。

 暫く僕はそこに留まってグラスを丁寧にグラス拭き用のクロスで磨いていました」


 どこか抑揚のないような声で淡々と此方に向かって喋ってくるその人に、一人称が“僕”の所為か何処となく年齢の割には幼いような雰囲気を持っている人だなぁと思いながらも……。


 私がその証言に耳を傾けていると……。


「そ、それならっ!

 私だって飲食スペースには一人で利用したが、このボーイがずっとワイングラスを磨いていたのを見ているぞっ!」


 と、私に向かってデビュタントの時に“赤”に嫌悪感を持って声を出してきた貴族が、吠えるように声をあげたのが聞こえて来た。


「……事実か?」


 お父様のその問いかけに、目の前の茶髪の使用人が特別表情の変化も見せずに、こくりと頷き返すのが見える。


「はい、この方が仰っていることは、事実です」


「他に、お前がいる間に利用した人間はいるか?」


「えぇ、ですが……。

 ここにいる殆どの方がそうだと思いますよ。

 皆さんワインを飲むのにワイングラスを手にしているようでした。

 ただ、僕も仕事の片手間のことでしたので、ずっと貴族の方を見ていた訳ではありませんし……」


 そうして、お父様の問いかけに少しだけ困ったような声を出したあとで、今ここで、突然思い出したかのように。


「あぁ、でも……、そう言えば、そちらのお医者さんは僕がこの場を立ち去るまで飲み物をどうするか悩んでいるご様子でしたね。

 僕が立ち去る際、服の袖口から何か小さな小瓶の様な物が視界に入ったのを覚えています」


 はっきりと目の前の使用人がそう言ったことで、一斉にこの場にいる全員の視線が、彼が口に出した“”の方へと向いていく。


【……えっ、マルティス……?】


 驚いて、目の前の人を見ていれば、使用人の証言で出てきた肝心のマルティス本人も、もの凄く驚いた様子で、全員の視線に耐えきれなかったのか、わたわたと目に見えて慌て出すのが見てとれた。


「……なっ! 変な言いがかりはやめて下さいっ!

 ……私が犯人である証拠なんてどこにもないでしょう!?」


「では、この使用人が言っている、持っていたと思われる小瓶は勘違いだと?」


「もっ、勿論です、陛下。

 その使用人の言うことはデタラメですよっ!

 私はそんなもの持っていませんし、彼の言う証言が正しいなんて保証もどこにもない筈っ!

 第一、小瓶だなんて見間違いかもしれないでしょう?」


「……えぇ、確かにそう言われてしまえば、僕の見間違いかもしれません。

 ですが、袖の部分の内側に縫い付けたボタンから垂れてる糸、何のためのボタンで、一体何の為の糸でなのでしょうか?

 僕の見たことが正しければ、そこに小さな瓶の蓋の役目を担っていたコルクを巻き付けていたと、思うんですけど……」


 焦ったように声を出すマルティスに、きょとんと首を傾げたあとで、マイペースな口調で、茶髪の使用人が声を出した。


 その言葉で、全員の視線がマルティス本人から、彼が着ているワイシャツのその袖口の方へと向かっていく。


 言われて見れば、スーツを着ているマルティスのワイシャツの袖口の内側にボタンが縫い付けられ……。


 そこから、だらんとだらしなく黒い糸が少しだけ垂れているのが確認出来た。


 袖の部分の外側にボタンがあるのは普通のことだけど。


 そんなところに、何の役にも立たないボタンが縫い付けられているのも不自然だし。


 余る糸なんてどこにも無いならまだしも、余分に糸が垂れ下がっているのも可笑しいと言われれば確かに可笑しい。


 何か、物をぐるぐると巻き付けてそこに固定していたととられても、仕方のないような状況ではあった。


【もしそうだとしたら、手から誤って瓶が滑り落ちたりしないように固定する必要があった、とかだろうか……?】


 使用人である彼の言葉を聞いて、咄嗟に袖を隠そうとするマルティスに……。


 お父様の不審がるような視線が鋭くなっていく。


「……そう言えば先ほど、私達が治療室へと出向いた時、お前は薬品の整理をしていたな?

 倒れてしまった患者に乗じて上手くこの場を後にし、治療室の棚へと他の薬品と紛れ込ませて持っていた瓶を入れたとしたら、医者の立場であるお前ならば毒を入手することも、最終的に処分するようなことも容易に出来る筈だ」


 そうして、お父様の発言を聞いて、びくりとマルティスの身体が震えるのが分かった。


「へ、陛下……。

 たっ、確かにその方法なら出来ないことも無いかも知れませんがっ!

 そもそも、私には動機がありませんっ! 倒れていた患者は私とは縁もゆかりもない方ですっ!

 なぜ、見知らぬ人間に毒を盛る必要があるんですかっ?」


「うむ、そうだな。

 無実と言うならば、薬品棚や、お前がここを出てから触ったと思われる箇所を今から騎士に調べて貰うことにしよう。

 なに、私も、犯人が捕まればいいと思って過敏になっているだけで、決してお前を犯人扱いしたい訳ではない。

 ……マルティス、に、協力は惜しまずしてくれるな?」


『お前が罪を犯していないというのなら、難しいことでは無いはずだ』


 ポンと、お父様が優しげにマルティスの肩に手を置けば……。


 ごくり、と小さく息を呑んだ様子のマルティスが、少しだけ左右に目をきょろきょろさせているのが見えた。


 明らかに、動揺しているのは誰の目にも明らかで……。


 周囲からは冷たい視線がマルティスの方に降り注いでいく。


 特にテレーゼ様からは、まるで汚物を見るかのような蔑むような強い視線がマルティスの方を向いていて、思わずびっくりしてしまう。


【テレーゼ様って、こんな表情をされることもあるんだ……】


 それでも私は、確かにマルティスは怪しいと思うし、いまの状況を見てその言動に不信感も抱いていているけど、どうにも腑に落ちないというのが、先にきてしまった。


 お父様の言う通り、医療関係者であるマルティスが毒を入手することに関しては比較的に容易であるということは確かにその通りなんだけど……。


 もしもマルティスが犯人なら、本人が言っているようにという面で考えた時には凄く薄く感じてしまって……。


 一体、どうしてそんなことをしたのだろう、と思ってしまう。


【……私のことを、パーティーを潰したいと思う程にそんなにも嫌っていたのかな……?

 そう言えば、さっき治療室で私と目が合ったとき、凄く驚いたような表情を浮かべていたよね。

 あれにも何か意味があったんだろうか……?】


 私が頭の中で、そんなことを考えている間にも。


 お父様が騎士に向かって的確に指示を飛ばしてくれたあとに、コホンと咳払いをして、私達の方へ向き直ると、仕切り直しをするように。


「騎士達がマルティスのことを調べている間、他に何か気付いたことなどあれば私に伝えて欲しい」


 と、声をかけてきたのが見えた。