第189話 不吉な存在

 ウィリアムお兄さまの後を追い、私がその場所に着くと。

 口から泡を吹いて床に膝を突き、苦しそうにヒュー、ヒューと息を溢す男の人が目に入った。


 さっき、お父様に挨拶をしていた中にいたから、やっぱり彼は貴族で間違いないだろう。


 バートン先生が、目の前の男の人の様子をしっかりと診てくれている間、ウィリアムお兄さまが傍にいた何人かの参列者の手を借りて、その人の身体をそっと楽な体勢になるようにと身体を横に向けるのを確認する。


 周囲の人も何が起きたのかなど、ざわざわと遠巻きに彼を見ているけれど……。


 ウィリアムお兄さまを手伝ってくれた数人以外の殆どの人が、その様子を見ているだけで。


 動こうとはしていないのが分かって、私は、自分の持っていた、既に中身が空っぽになった、ティーカップに近くにあった飲食スペースに置かれていた水を入れる。


 別に動こうとしていないからといって、彼らを責める訳にもいかない。


【こういう時って、確かにそんな状況に陥ったことがないと、どうしていいか分からないよね】


「アル、ごめんねっ、この水一回、確認してくれる?

 “”? 大丈夫かな?」


 直ぐさま、私を追ってきてくれていたアルとセオドアの方へ振り返り、短い言葉だったけど、アルにティーカップの中身を確認して貰えれば……、アルは私が何が言いたいのか、それだけで察してくれたのだろう。


「うむ、問題ない。

 ……ティーカップの方も大丈夫だ、アリス」


 アルから、お墨付きの言葉を貰ったあとで、私は直ぐに振り返る。


 毒殺や刺殺……。


 それから……、お母様と拉致された時に殺されかけた時のこと。


 色々と頭の中で思い出しながら、苦笑する。


【全く自慢出来ることではないけれど。

 全て未遂だったとはいえ、中々普通に生きている人は遭遇しない事のオンパレードじゃないだろうか】


 自虐的になりつつも、今はそんなことに思いを馳せている場合でもない。


 決して悪いことばかりじゃなくて、あの時のことは自分の中でも教訓になっている。


 その中で毒殺されかけた時も……。


 私は、自分がミュラトール伯爵から毒を送り込まれたあと、二度とあの苦しみは味わいたくないなって思って、色々とそっち関係の事は勉強したつもりだから。


 毒に関しての処置なんかも、ある程度知識として頭に入っている。


 毒の種類にもよるけれど、もしも目の前の人が何か毒物を飲み込んでしまったのなら……。


 直ぐにお水を飲ませて、食べたものや飲んだものは適切に吐き出させてあげないといけない場合もある。


 目の前の男の人が助かる道がまだ残されているのなら、応急処置は早い方がいいだろう。


「ウィリアムお兄さまっ、お水を持ってきました。

 もしも、毒を摂取した症状があって、直ぐに食べたものを吐かせる必要があるのなら此方のお水を使って下さい」


「あぁっ、助かる、アリス」


「……っ、皇女様っ!

 素人の判断でお水を持ってこられては困りますっ!

 そちらに関しては今調べておりますが、もしも毒物の反応があるのなら、会場にあったその水も危険やもしれませんぞっ!」


 私が貴族の人の傍に座って対処しているお兄さまの傍にティーカップをことりと置くと。


 未だ苦しそうに呻いている貴族の人の症状を確認していたバートン先生から至極真っ当な言葉が返ってきた。


「いえっ、それなら問題ありませんっ。

 此方は先ほどまで私が飲んでいたティーカップですし。

 お水も、アルに見て貰って、大丈夫だと確認出来た物なのでっ!」


 普通なら、そう思われて当たり前のことだけど、今は一分一秒を争うような緊急事態だ。


 説明すらも焦れったいような気がするけど、自分に出来ることはしっかりと説明をしなければいけない。


 私が普段よりも少し語気を強めて声を出したことに面食らったのか。


 バートン先生が、驚いたように私の方を見て……。


「……っ! な、なんですと……?」


 と、困惑したような声を上げるのが見えた。


「バートン、アリスの言っていることは間違いない。

 俺が保証するっ!」


 お兄さまがそう言ってくれたことで、少しは説得力が出ただろうか。


 バートン先生も混乱したような表情を浮かべたまま、目の前の患者の呼吸音や口元に鼻を近づけて、その匂いを嗅いだりしてくれる。


「バートン、患者の容体は? 一体、どうなっている?」


 そこに会場のかなり離れた場所にいたためか、遅れてやってきたお父様が、バートン先生に向かって、声を上げたのが聞こえて来た。


 お父様の低い声がその場にそっと響き渡り、場の空気がさっきよりも更にピリッとした緊張感に包まれていく。


「……へっ、陛下……。

 えぇ、その、今、確認してはいるのですが。

 吐き気などはないが、泡を口から吹いている、呼吸は出来ているようですが。

 口からの匂いは無味無臭で、本当にこれが毒物なのかどうか直ぐに私にも判断が……。

 ……っ、この貴族の方と親しい間柄の方で、何か持病を持っているなど詳しいことが分かる方はいらっしゃいませんかっ?」


 バートン先生の呼びかけにシーンと静まり返る会場内で、目の前の貴族の人が持病を持っているのかどうかは誰にも分からないのだということがはっきりと確認出来た。


「と、とりあえず。パーティー会場ここだと必要な器具もなく詳しく検査も出来ません。

 陛下、この方は、いち早く皇宮の処置室につれて行った方がいいでしょうっ!」


「あぁっ、そうだな、バートンよ。

 お前が連れてきた弟子たちも師に付き従って、全員が全員患者の周りを囲む必要などない筈だ」


 バートンさんの言葉に、お父様が小さくため息をついたことに。


 倒れている貴族を囲むようにしてバートンさんの周囲にいた医者の人達が困惑したように顔を見合わせるのが見えた。


「お前達はそこでぼーっとしている場合ではないだろう! 直ぐに人を運ぶ用の担架をここに持ってこいと言っているんだ」


 お父様の言葉の意味が瞬時には通じなかった医者達に、続けて、お父様が怒ったように指示を飛ばすと……。


「……っ!

 は、はいっ、ただいまっ!」


 と、弾けるように、医者であるマルティスを含め、バートンさんに付いて目の前の患者を診ていた数人の医者が会場を出て行くのが見えた。


「バートン、この患者には水を飲ませることは可能か?」


「い、いえ、陛下……。

 まだ何が原因か分かってませんし、仮に毒だとしても、毒の種類がまだ判明していない以上は何とも……」


「っ、そうだ。……オイ、アルフレッド。

 お前ならば、もしも毒が使われているのならば、この男に使われている毒の種類の判別が出来ないか?

 悪いが、担架が来るまでの間、この患者のことを詳しく診てくれたら嬉しいんだが」


 そうして、ウィリアムお兄さまから交代して指示を受け継いだお父様が的確にあれこれと聞いてくれている間。


 ウィリアムお兄さまがアルに向けて放ったその言葉に、アルが一瞬だけ私の方を確認するように見てきてくれたので……。


【アル、お願い出来る……?】


 と、視線だけで、返せば。


 アルは、同意したようにこくりと頷いてくれた。


「なっ! で、殿下っ!

 私の診察が何か可笑しいと?

 私でも、分からないものが、彼に分かるとでもいうのですかな?」


「そうは言っていない。

 ……だが、今は猫の手も借りたいくらいの緊急事態だ。

 こうしてただ悪戯に時間が過ぎていくのを待つよりも、この時間を使って、可能性として知識が豊富な人間に、診て貰うのは道理だろうっ?」


「……っ、知識が、豊富……?」


 お兄さまの一言にどういうことなのか分からないとでも言うように、未だ混乱状態のままの、バートン先生を置いて。


「ふむ、確かに僕の知識が役に立つこともあるかもしれぬな。

 悪いが、ちょっと失礼させて貰うぞ」


 と、アルが患者さんに近づいて、その口元に鼻を近づける。


 匂いを嗅いでくれているのだろう、ということは直ぐに分かった。


 気絶するまでにはいかないからこそ。


 余計、患者さんは今も苦しそうにしていてその目は大きく見開き、じわりと浮かんできた涙からもその辛さを物語っていて。


 近くにいながらも私はその様子をここから、そっと見守ることしか出来ない。


「うむ。

 ……ウィリアム、この男が毒の摂取による中毒症状を引き起こしているのは間違いない。

 この毒ならば水を飲ませても大丈夫だ。吐き出せるのなら吐き出させた方がいいだろう。

 アリスが置いた、さっきのティーカップの水をこの男に飲ませてやってくれ」


 アルの一言で、ウィリアムお兄さまが手早くティーカップの中の水を目の前の患者に飲ませていく。


「ウィ、ウィリアム殿下っ。ちょっと待って下されっ!

 幾ら陛下の紹介で知識も豊富かもしれないと言っても、こ、子供の言うことですぞっ!

 その言葉を完全に鵜呑みにしてしまうのは……。

 もしかしたら、間違っている情報の可能性もっ」


「……いやっ、それはない!」


 お兄さまの素早い行動に、慌てて声を出すバートン先生を一喝して黙らせたのはお父様だった。


「……せっ……コホン。……その、なんだ……。

 彼は特殊な環境で育ったこともあり、一般人が知り得ないような知識も有している素晴らしい才能の持ち主だ。

 彼の言うことに、万に一つも間違っていることはないと、今この場で私が断言しよう」


 アルのことを普段から“精霊王様”と呼んでいる為に、緊急時に、しかも公の場で一瞬何て呼べばいいのか悩んだ末に声を出したのだろう。


 ちょっとだけ、誤魔化すように咳払いをして声を出すお父様に、バートン先生が驚いたような表情を浮かべたあとで、押し黙ってくれた。


 お兄さまが目の前の貴族の人の上半身を起こしてゆっくり水を飲ましていくことを続けてくれれば……。


 やがて……。


 “うっ”と、なりながら、患者であるその人の口から吐瀉物がごぽっと、表に出てくるのが確認出来た。


 胃酸特有の酸っぱい匂いが辺りに広がっていく。


【嗚呼……。

 こういう時って、吐くのだけでも体力がごっそりと持って行かれてしまうんだよね】


 体内にあるものを、逆流させて口から出すっていうだけで、手や足は震えて血の気が無くなっていくのに対して、お腹には力が入って、吐き戻すのにも、本当に精神的にも体力的にも色々な物が削られていって苦しい思いをするということを。


 私も巻き戻し前の軸の時はクッキーを食べて、酷い目にあったから、その辛さは記憶に残ってる。


 だからこそ、本人は、何より辛いだろう。


「あのっ、宜しければ、私のハンカチを使って下さい」


 口元にこびり付いた嫌な匂いを、出来るだけ取ってあげた方がいいんじゃないかと思って、そっと、ハンカチをお兄さまに差し出せば。


 お兄さまがそれを受け取って、躊躇いもなく、貴族の人の口元をそっと拭ってくれる。

 見れば、ティーカップの中は既に空になっていて、私が慌てて再度カップに水を入れにいこうとすれば。


「……姫さ……アリス様、これを使って下さい。

 さっき俺が使っていたカップで、アルフレッドには、確認済み……です」


 と、最適なタイミングで、セオドアがスッと、自分の持っていたカップを差し出してくれた。


【全部吐き出すまではもうちょっとかかるかもしれないし。

 吐き出せたあとも、口の中に吐瀉物が残っている場合を考えても口の中をゆすぐ意味でも水はあった方がいいと思ってたから助かった】


「ありがとう、セオドア。

 もしかしたら、まだもう少し水が必要になるかもしれないから、私のカップに再度水を入れてきて貰ってもいいかな?」


「あぁ、……っ、わかっ……承知しました」


 はっきりとそう言ってくれたセオドアに安心しながら目の前の患者さんに視線を向ければ。


 ヒューヒュー、と荒い息を繰り返していたその人が横目で私をみて。


「……でん、か……こ、じょ、さま……り、がとう、……ぃます」


 と、息も絶え絶えにお礼を言ってくるものだから、私は慌てて首を横に振った。


「いえ、辛い時に喋らなくても大丈夫ですので……。

 今はどうか無理をせず、身体を治すことを第一に考えて下さい」


 顔色は青白いままだったけど、お兄さまが適切な判断で直ぐに処置してくれたお蔭もあってか、少しでも喋れるくらいには回復してくれたのだと安心しながらも。


 まだまだ油断は出来ないだろうし、心配だな、と考えていたら、バートン先生のお弟子さんたちが担架を持って戻ってきてくれた。



 バートンさんも含めて、患者さんを皇宮に運んで行ってくれているのを見て。

 この後は、ちゃんとした処置室でお医者さん達に委ねることが出来そうで私もホッとする。

【アルが、毒が原因だと言っていたということは、誰かが故意に毒を混ぜたということだろうか……】

 何にせよ、これからその件についての詳細は調べられていくだろうけど。

 この後は、飲食出来るものは誰も手を付けるようなことがないようにしないといけないだろう。

 私が内心でそう思って周りの人達に声をかけるよりも早く、お父様がもう既に、会場で給仕していたボーイ達に声をかけて、全ての食事や飲み物を片付けるようにとテキパキと指示を出してくれていた。

 その際、きちんと出されていた飲み物や食べ物だけではなく、グラスなども含めてきちんと調べるようにと言い含めてくれてもいて。

 その事に内心で安堵していれば。

 周囲の貴族の人達から、思った以上に注目を浴びていることに今気付いた。

 シーンと静まり返ったこの場で嫌そうな表情を浮かべるだけではなく。

 中には私を見て、あからさまに恐怖というか、怯えたような表情を見せてくるような人もいて、そのことに私が首を傾げていると。

「……ふ、不吉なっ! 皇女様のデビュタントでこのようなことが起こるとはっ。

 やはり、赤を持つ者は呪いの象徴っ。……人が死にかけるようなことも起こってくるものなのだっ!」

 と、何処からか、声がかかったのを皮切りに。

「えぇ、ウィリアム殿下の時も、ギゼル殿下の時も、このような事は起こらなかったはず。

 それなのに、皇女殿下の時には毒が盛られるというような事件が起きたとあっては」

「……っ、そうですとも。

 例え、どんなに陛下が最近の皇女様のお姿をお認めになられていたとしても。

 公の場にこうして出てくることで、このような事が頻繁に起こってしまうようでしたら……。

 皇女様のデビュタントはやはり、行うべきではなかったのではないでしょうか?」

 矢継ぎ早に降ってくる言葉に目を丸くしたあとで苦笑する。

【……そう言えば、あまりにも最近私のことを認めてくれるような人が多かった為か、忘れかけていたけど、本来の私に向けられる言葉って、これが正当なものなんだよね】

 元々、私に向かって嫌な感情を向けてくるような人も、会場内には多くいるなって思ってたから、私のデビュタントで、こんなことが起こってしまって、それが一気に爆発してしまったような形だろうか……。

「……っ、オイ、テメェ等……」

 低い声で、セオドアが私の前にすっと庇うように出てくれた瞬間。

「なんだとっ……? お前達、馬鹿にしているのか? アリスは率先してあの貴族を救おうとしていたんだぞっ。

 今の発言は、どう考えても皇族を貶めるような不敬な発言だろうっ!」

 ウィリアムお兄さまが、セオドアと同じように低い声を出しながら。

 周囲で声を上げる貴族の人達に私を助けてくれるために声を出してくれたのが目に入った。

「いえ、ウィリアム殿下っ。

 私達は何も、皇女様を貶めようとしてこのような発言をしている訳ではありませんぞっ。

 赤を持つ者が呪われているというのは一般的な思想であり、長い歴史の中でこの世界でも信じられていることの一つ。

 皇女様もまた、髪が赤いということで、そのような存在であるということはどう足掻こうとも変えられぬ事実なのですっ!」

 だけど、ウィリアムお兄さまに低い声を出されても。

 目の前の貴族の人は一歩も引くことは無く、寧ろ、世論だとか、思想のことまではっきりと言葉に出して『自分は至極真っ当なことを言っていて、何ら間違ってはいない』と、此方を説得しようとしてくる。

 その言葉には、彼らの言う通り、本当に“”貶めようとする意図はないのだろう。

 ただ、彼らにとって赤を持つ者が不吉な存在であり、呪われている存在なのだと、文字通り信じ切っているだけで……。

【巻き戻し前の軸の時から、変えることも出来ないほどに。

 それが世間一般の感覚でもあり、彼らにとってはそれこそが正義なのだろうから】

 魔女狩り信仰派の人達だけではなく、一般的に世間の目が私にとって冷たいものであるということ自体が、今さらのことなので……。

 悲しいという感情はもうとっくに私の中にはないけれど。

 その辺りのことは、難しい問題だ。

 ボートン夫人の時みたいに必要以上に私の出自のことを貶していたら明確に不敬罪みたいな感じにもなるけど……。

【これは、どうなんだろう……? 黒にはならないんじゃないかな……?】

 そもそも私自体がこういう扱いをされるのは慣れているっていうのもあるけど。

 巻き戻し前の軸の時でも、あからさまに私に向かって、こういう風に言ってくるような人は多くいたし。

 今回、私のデビュタントで、毒を摂取してしまって、誰かが辛い思いをしてしまったのは事実だ。

 ……馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないけど。

 例えそこに因果関係が無かったとしても、それが『私の髪色が引き起こした呪い』だと、世間一般の人達の感覚が故にそう言っているのだと言われると、明確に罰することも出来ないんじゃないだろうか。

【恐怖や、不安って言うものは、伝染してしまう……】

 一人、二人ならまだしも、ここにいる半数くらいの人が無言ではあるものの、私に今、冷たい視線を向けてくるのを感じとれば……。

 この世界にいる大半の人がそういう価値観の元、育ってきたということを。

 ――そう簡単に変えることは出来ないのだと改めて実感するしかない。

 一方で、ジェルメールのデザイナーさんを筆頭に、私のことを思ってくれているような視線が少なからずあるというだけで、巻き戻し前の軸と比べれば。

 私にとっては、気持ち的に雲泥の差なんだけど……。

「……今回の件はきちんと調べるつもりだが、アリスの髪色と毒物が混入していたことには何の因果関係もない。

 どのような思想を持とうと自由だが、勝手にそれを呪いだと判断して、一国の皇女を貶めるようなことをするのは許されることではない。

 1度目は目を瞑るが、2度目はないと思え」

 私がこの場をどう収拾付ければいいのかと、困っていたら。

 お父様が想像以上に厳しい顔をして、目の前の貴族に対して、怒ってくれた。

「ふむ、陛下の言う通りだ。……例え、“”であっても。

 このようなデビュタントで、毒物を摂取してしまい、一人大変な思いをしてしまったことが起ころうとも。

 そこに因果関係などは存在しない。

 陛下がこの件に関しては必ず調べて解決へと導いてくれるであろう。……そなたたちも、安心するがい」

 そうして、テレーゼ様がふわりと声をかけてくれたことで。

 テレーゼ様側にいる貴族の人の大半も、その言葉で場が鎮まり収まってくれたのが分かった。

 唐突に降ってきたテレーゼ様からの有り難い援護に、びっくりしながらも。

 お礼を伝えた方がいいのかな、と思っていたら……。

「アリス、折角のそなたのデビュタントなのに、最後の最後で“”な?

 このような事になってしまって、わたくしも残念に思う」

 と、テレーゼ様から本当に心配そうな表情をされて、慰めるようにそう言われてしまい……。

 折角、お祝いムードだったパーティーが不測の事態によって壊れてしまったのはテレーゼ様の言う通りで、私は慌てて謝罪する。

「はい。……そのっ、このような事になってしまい申し訳ありません」

「そなたが必要以上に気に病む必要などない。……わたくしもこの件が早期に解決することを願っているぞ」

 そうして、ふわりとかけられた言葉に『あ、ありがとうございます』と、お礼を伝えれば。

 テレーゼ様から『大丈夫だ』と言って貰えるように、私の肩にそっと、手を置いて貰えた。

 それを見て、義理の娘である私にも分け隔てなく接してくれるテレーゼ様がやっぱり皇后に相応しくて素晴らしい方なのだと、周囲の貴族達から褒め称えるような声がそっと上がるのが聞こえてくる。

 私とテレーゼ様が会話をしている間にも続けてお父様が貴族の人達に『自分がこの件は何としてでも解決するから、安心するように』と、声をかけてくれて。

 その場は何とか、収束に向かっていた。

 お父様がアルの方を見て、毒などについても何が使われていたのかなど詳しく教えて欲しいと助力を願っているのを見て。

 このあと、参列してくれた貴族の人達には一人一人、事情を聴くために拘束してしまう時間はあると思うので、そういう意味ではまだもう少しかかると思うけど……。

 それでも……。

【色々と、大変なこともあったけど、やっと終わりそう】

 と、ホッとする。

 テレーゼ様の言う通り、最後の最後で参列者である貴族の人達には嫌な印象を持たれてしまったかもしれないけど、それはもう仕方がないことだし。

 私にはどうしようも出来ないことだったから、諦めもつく。

【それに、私の味方になってくれそうな人も中にはいたということをまずは喜んだ方がいいだろう】

 誰も彼もが信用も出来ずに敵だった巻き戻し前の軸と比べれば、本当に今の方が恵まれているのは実感しているし。

 ゆっくりしたペースでも、そういう人達が増えてくれるのなら、それに越したことはない。

 それに私がここで落ち込んだ素振りでも見せようものなら……。

 そこに付け込まれてしまう可能性だってある。

 アルの魔法で身体を支えて貰えなかったら、もう既に立てないくらいには。

 足とかに、負担みたいなものが、来ているのは感じていた。

 それでも、出来ることなら一刻も早く休んでしまいたい気持ちを堪えて、私は最後の瞬間までは表情に気をつけながら……。

 あと少しだけ、つつがなく自分のデビュタントを終えることが出来るように頑張ることにした。