第158話【ルーカスSide2】

 話が一段落したそのタイミングで。


「それで、そなたから見て小娘の周辺はどう思う?」


 と、テレーゼ様から聞かれて俺は口を開く。


「俺の主観でいいんですか?

 でしたらあの子の側についている騎士はかなり危険ですね。

 ……この国の騎士でありながら、彼が忠誠を誓っているのはこの国でもなければ、陛下でもない。

 ただ一人だけ、彼を動かすことが出来るとしたならば、それはお姫様だけだと思いますよ」


「……ふんっ、本当にあの瞳の色といい、アレの騎士は何処までも私の神経を逆なでしてくるものだ」


 お兄さんのことを頭の中に浮かべながら、つらつらと淀みなく声を出した俺の言葉を聞いて。


 テレーゼ様が唇を歪めたあとで、あからさまに嫌そうな表情を浮かべるのが見えた。


 その反応は予想通りのものだったので、俺は特段、驚きもしない。


 時として行き過ぎているのではないかと思うほどに、殿下のことを何よりも大切にされているこの方にとっては、“赤色の瞳”を持つお兄さんのことは到底、受け入れることなど出来ないだろう。


【まぁ、その気持ちは分からなくもはないけど】


 内心でそう思いながら、俺は苦笑する。


 俺だって一応殿下のことを思いながら、家の謝罪をしに行ってお姫様をデートに誘った時。


 不躾に色々と、お兄さんの事情を根掘り葉掘り聞こうとしたもんな。


 結局、あんなにも身体能力の高い人間が、何故、この国の騎士になり、どうしてお姫様に心からの忠誠を誓って付き従っているのかの理由も……。


 赤色の目を持って生まれてきて、今までどういう生き方を強いられてきたのかも、明確な回答を得ることは出来ずに、何一つとして教えては貰えなかったけど。


 逆にあれで、俺のことを余計に警戒させてしまったことだけは確かだろう。


 あの時のあの発言は、どこまでも悪手だった。


 殿下との対比で色々と頭の中で考えながら動いたことは否定もしようがないけれど。


 性急にあれこれと、聞きすぎたのは自覚している。


 まぁでも、お姫様自信は気付いてなさそうだったけど。


 あの時のお兄さんって、自分のことを聞かれて過去のことを言いたくないから殺気を一瞬、俺に向けたっていうよりは、に対して怒っていたんだとは思う。


 一度目の……。


【そいつは答えなきゃいけない質問か?】


 って聞かれた時には、そこまで怒った雰囲気でもなかった。


 問題は2回目に、同じ言葉を出して俺に対して明らかに鋭い視線を向けてきた時だ。


 あの時、俺は確かに……。


【謂わば、極端な話、“覇者”にだってなろうと思えばなれるのに、そんな人間が、、俺にとっては】


 って、言った記憶がある。


 ともすれば……。


【どうして、そんな風に一人でも生きていける身体能力があるのに、わざわざ誰かの下に、好んで付いてるの?】


 と、捉えられかねない発言をした自覚はあるし。


 それで、お兄さんの怒りの沸点を超えた可能性の方が高いだろう。


 いつだって、騎士のお兄さんが怒りの感情を露わにする時は、お姫様に関することでのみだ。


 逆を言うなら、自分の事に関してはある程度何を言われても、全く動じないだけの強さみたいなものをひしひしと感じることが出来る。


 ――あーあ、本当、嫌になるよなァ。


【あの人、マジでお姫様至上主義なんだもん】


 俺の経験上、その動機が自分の為じゃなく、誰かの為にある人間ほど厄介なものはない。


 そういう奴ってのは、自分が主軸を置いている人間を守るためなら、自分の保身に走ることすらしない。


 ストッパーみたいなものが外れて馬鹿になってる、って言った方がいいだろうか。


 自分以上に大切な人間がいるってことは、その人の為に人生すら棒に振ることをも厭わないってことだから。


 本当に、つくづく敵には回したくない厄介な人だよ。


 ちょっとでも仲良くなってくれればいいのにさァ。


 常に、俺の行動に疑いを持っている前提で、お姫様の傍で目を光らせている以上、本当に動きにくいったらありゃしない。


 お姫様に何かあったとき、まず一番に、あの人が動くであろうことは想像に難くない。


 そして、その時、お兄さんはお姫様に牙を剥いた人間を全員見つけ出した上で、自分の事なんてまるで省みることすらせずに、あっさりとこの国を捨てる方向に動くだろう。


 その過程で、たとえ、自分が死ぬことになろうとも。

 

 ――そういう、危うさみたいなものはずっとある


「それで、陛下からの紹介のあの茶髪の少年に関しては?」


 俺が頭の中であれこれと思考を巡らせていたら、俺の言葉が続かないことに焦れたのか、テレーゼ様から声がかかって。


 その言葉に俺は現実へと意識を引き戻した。


「……あぁ、それはちょっと難しいな。

 うーん、アルフレッド君は何て言うか、一言で言うならまるで雲みたいにつかみ所が全くないんですよね」


 俺の曖昧な表現に、テレーゼ様は此方を見て、ほんの少し驚いたように目を見開いた。


「そなたが、などと言うとは、不思議なものよな。

 そなた以上につかみ所のない人間がこの世にいるというのか?」


「そりゃぁ、まぁ。世の中って広いですから」


「……そなたの口から、一体どういう意味でその言葉が出たのか、興味深いものだ」


「だって雲って絶対に掴めないじゃないですか。

 ……下から見ればふわふわしてて、乗れそうなのに、近づいて掴もうとすれば途端に霧になって消えてしまう」


「ふむ、そなたにしてはえらく珍しい、あまりにもファンタジーな言い回しではないか」


「あぁ、そうですね。

 ……彼の存在自体が、ある意味ファンタジーっていうか。

 その正体を少しでも探るよう努力はしてみましたけど、多分俺には彼のことは永遠に分からないと思います。

 そもそも、陛下がその正体を隠している時点で、俺なんかには探ることも出来ませんって」


 俺は困り顔を表情に浮かべながら、テレーゼ様に彼の正体に関してはお手上げであることを告げる。


 そう言えば今日、お姫様の侍女が侍女長にアルフレッド君のことを伝えていたな。


 確か、“森に住んでいたこと”があるかもしれないんだったよな。


 ……彼女の話は俺にとっても興味深い内容だったけど。


 アルフレッド君って確か、古の森にある砦をお姫様が貰い受けた直後のタイミングで陛下から紹介されて、お姫様の側に付くようになったんだったよな……?


【“森”、ねぇ……】


 この一致は、果たして本当にただの偶然に過ぎないのかな……?


 頭の中でそう思いながらも、俺は自分が気付いたこの事実をテレーゼ様に伝えることはしない。


 今日の遣り取りは当然、侍女長からテレーゼ様に話が伝わってると思うけど。


 今の段階では、だから何だって話だし。


 そこに明確な意味が見いだせない以上は、余計なことを言うつもりも無い。


【本当にアルフレッド君は、お


 なんて、そんな話。


 余計な混乱と、新たな火種をばら撒いてしまうだけだろう。


 マイペースなようで、時々核心にも近い鋭いようなことを突いてくるから油断ならないと言えば、その通りなんだけど。


 あの子もまだ幼い子供であることには代わりないし、出来ることなら傷つけたくはない。


【まぁ、今出来る俺の精一杯がこれなだけで、いざとなれば、その身を守ってあげることなど出来やしないだろうけど】


 だから……。


「今日、私の侍女が聞いた話ではの少年は紙を高価だと言っていたそうだ。

 どこまでの話を、聞いていたのかは分からぬが、そなたも、聞いていたのではないか?」


 テレーゼ様から、そう言われて、俺は首を横に振った。


「うん? 紙が高価、ですか……? 申し訳ありません、俺が侍女長とお姫様の侍女との会話の遣り取りを聞いたのはその後のことだと思いますよ」


 元々そんな話は聞いていないし、と関与自体を否定し、我関せずのスタンスを取ってはっきりと言葉を口にすれば。

「ふむ、小娘のあの役に立たぬ侍女から、私の侍女が聞いたことは。

 、と言っていたそうだ」


 テレーゼ様は俺を見て、侍女長にお姫様の侍女が伝えていたことを一語一句、違うことなく声に出した。


 俺はその言葉を聞きながら、困り顔をしたあとで、苦笑する。


「アルフレッド君って確か年齢は、お姫様と同じ10歳ほどですよね?」


「あぁ、そうだ。

 ……それに“外界の人間”と口に出したことも気にかかる。

 普通は、自分以外の他人のことを外界の人間と表現するようなことにはならぬ筈であろう?」


「まぁ、確かに、テレーゼ様が違和感を感じるのも分かります」


 いっそ白々しいまでにその内容を、俺は既に一度聞いて分かっているのに、あたかも今初めて聞いたことのように装いながら、テレーゼ様のその言葉に同意したあとで。


 にこりと笑って、『でも』と続けた。


「アルフレッド君って、基本的に古風な喋り方をする子なので。

 自分以外の他人のことをそのように表現する事も、あの子ならあり得るかなって思うんですよね。

 ……だから、俺からしたら、あまりそこに違和感は感じないっていうか。

 ほら、どんなに陛下から優秀な子供としてお姫様の傍につくよう紹介されたとしても、あの子もまだお姫様と年齢が変わらない年端の行かない子供ですから、そういう表現をして、自分の事を誇示したかったのでは?」


 俺のその言葉に、テレーゼ様は少し考えた素振りを見せたあとで。


「ふむ、有り得ぬ話ではないな」


 と、此方に向かって声を出してきた。


 森に住んでいたということよりも、そっちの方が気にかかっているのだろう。


 特にそれ以上、言及されることもなかったので、俺はにこりと笑いながらその場をやり過ごす。


 【さてと、俺にこの方が聞きたいことは以上かな?】


 と、内心で思いながら、そろそろおいとました方がいいかなと。


 テレーゼ様がティーカップの中の紅茶を全て飲み終わるのを待っていると。


「ルーカス様とのお話中、申し訳ありません、テレーゼ様」


 と、珍しく俺たちが話している間は、話を振られない限り余計なことなど一切口にしない侍女長が俺たちの間に入ってきた。


「一体、どうしたというのだ?」


 テレーゼ様がまだ、紅茶の残っているティーカップをことりとテーブルの上に置いて、侍女長の方へと視線を向ける。


 その仕草を見たあとで、侍女長が俺を一瞬だけ見てから、テレーゼ様の耳元で何か小声で話しかけるのが見えて。


【あぁ、これは本格的にここから退散した方がいいかもな】


 と、思った俺は……。


「……誰か来客でしょうか?

 俺、席を外した方がいいですか?」


 と、二人から声がかかるその前に、色々と察して、問いかける。


 そろそろ帰りたいと思っていたし、丁度良かったと思いながら席を立とうとしたとこで。


「丁度良い。

 ……そなたにもいずれ、紹介したいと思っていたところだ」


「……っ、」


 俺が帰ることの許可はおりず、逆に視線で椅子に再び座るように促されて。


 俺は大人しくテレーゼ様の『此処に呼んで良い』と、侍女長に伝えるその言葉を聞きながら、椅子に戻った。